第22話 死体検分

「何だったんですかね、この魔物は?」

「銀が効いてたからな、不死者であることは間違いないと思うが……」


 アイラとサイラスは頭部を失った道化師の死体を調べていた。服を剥ぎ取ると胴体は無数の肉腫で覆われており、人の指や昆虫の足、何かの眼球や翅などが出鱈目に生えている。


「骸の王との関係も気になります。『最遠にして最近』なんて言ってましたけど、どんな意味なんでしょう?」

「わからんな。というかあの支離滅裂な口振りだ。そのまま信じていいかもわからん」


 手帳に死体をスケッチしながら、「だが」とサイラスは続ける。


「冒険者を唆してゾンビを買い集めるようなこともしている。狂気に呑まれていただけ……とも考えにくいな。あるいは、こいつの他に黒幕がいるのかもしれん」

「骸の王の復活というのも気になりますよね……」

「それもわからん。ま、材料が足りなすぎるな。とりあえずの問題はこっちだ」


 サイラスの視線の先には緑の氷塊があった。ゴゴロガの戦斧でもオドゥオールの魔術でもびくともしなかった。今はツバキが火を焚いて溶かそうとしているが、それでも氷塊に変化は見られない。


「氷のように冷たいですが、樹脂のようでもあります。一体何で出来ているのでしょうか。いや、そもそもあの花びらの魔術の時点で……」


 オドゥオールは氷塊の表面に手を当てて観察していた。魔力を帯びていることだけはわかるが、それ以上がわからない。王都の学院で学んだこともあるオドゥオールでも、類似の魔術すら思い浮かばなかった。


「エンバーさん、このまま凍ったままになっちゃうんでしょうか……」

「封印できたと喜ぶやつもいそうだがな」

「そんな……」


 アイラとサイラスも氷塊のそばに立つ。魔祓いの聖句を唱えたり、聖水をかけてみたりもするがやはり変化はない。


「あれ、いまちょっと動きませんでした?」

「光の加減じゃないか?」


 アイラの言葉にサイラスは目を凝らす。氷塊の中で赤い光が揺らめいている。そのせいでエンバーが動いたように見えたのだろう。


「って、炎!? やべえ、全員離れろ!」


 サイラスの顔が青くなり、アイラを抱えて背後に飛ぶ。冒険者たちも咄嗟に氷塊から距離を取った。


 その直後、爆音と共に氷塊が爆発した。熱風が吹き荒れ、アイラをかばって伏せたサイラスの後ろ髪がちりちりと焦げる。熱波が過ぎ去り、サイラスは恐る恐る振り返る。


 その視界に映ったのは、業火の中に立つエンバーの姿だった。黒い棺から噴き出す炎に白い裸身が照らされている。灰色の瞳がサイラスの方を向き、薄桃色の唇が言葉を紡ぐ。


「遅い」

「遅っ……!?」


 サイラスは思わず絶句する。お前が勝手に暴走するからだとか、こっちは必死で探してたんだとか、様々な思いが脳裏をよぎるが言いたいことが多すぎて言葉にならず、ぱくぱくと口を動かすのが精一杯だった。


「あの、遅いってことは……エンバーさんは私たちを待ってたんですか?」

「待ってはいない。手がかりは残した」

「手がかり……?」


 アイラは首を傾げる。手がかりとは何のことだろうか。


「あーっ! ひょっとして罠をぶっ壊したり、鍵もかかってない扉をぶち破ってたのって!」


 ツバキが上げた素っ頓狂な声に、エンバーは小さくうなずく。無闇に見えた破壊は追跡を容易にするために残したものだったのだ。


「それなら水路のとこでも何か残しておいて欲しかったけど。二択が当たったからいいけどさあ」

「棺を引きずった」

「ヒントは水中!? っていうか、あんた水の中を歩いていったの!?」

「そうだ」


 エンバーの返答にツバキはあんぐりと口を開ける。オドゥオールは「<水中呼吸>? そんな高位の魔術を扱えるとは……いや、しかしだからこそ氷漬けの中でも……」と呟いている。二人はエンバーが不死者であることを知らないのだ。


 そしてエンバーは生者の常識に疎い。人間が水中を歩けないなどとは思いもしなかったし、おそらく今もまだわかっていない。人間社会の常識はサイラスが教えていたのだが、残念ながら「人間は水中で呼吸できない」なんてことを伝える機会はなかった。


 ちなみに、二十年以上に渡って見た目が変わらないことも、長命種の血を引いているということにして(サイラスが)誤魔化している。いつも棺を背負ってろくにしゃべりもしないエンバーには積極的に近づく者もいないため、今のところ正体は発覚していない。


 ゴゴロガはエンバーの正体に感づいているが、わざわざ口に出しはしない。不死者は人間の敵だ。教会の組織内に不死者がいるなど表沙汰にできるわけがない。サイラスたちから明かさない限りは秘密にするべきだろう。


 そのゴゴロガがごしごしと顎髭をしごいて口を開く。


「そんなことより、いい加減エンバーに服を着せてやったらどうだ?」


 その一言に、一行は「あっ」という顔になった。

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