スタートライン

YUTO.N-H

第1話

 中学校へ入学をして二ヶ月が経った。


 「中学校生活を新たな気持ちで頑張りたい。」と思ってスタートした新生活も月日が経てば、やっぱり慣れるもの。真新しさでワクワクした気持ちで見ていた「数学」と書かれた教科書も「Ⅰ am Risa」と書かれていただけなのに、意味が分かるのかと不安になった「英語」の教科書も慣れ親しんだもんだと思う。


 授業中、雲が少し多めの青空の景色を窓から見ながら、ふと、そんな気持ちを思い出す。よく話が脱線するこの国語の授業もそうだ。「主人公の気持ちを考えよう。」「作者が伝えたかったことは?」という話題だったのが、いつのまにか、先生の小学校の時の話になっていたり、今人気のユーチューバーの面白かった動画の話になっていたりする。「本当に大丈夫かな?」と思っていたのも今は昔。今では慣れて、そんな不安もなく、私の中で日常として成り立っている。


 少しは、きちんと話を聞かないとなと思い、黒板のある方に振り向いたとき、三つ離れた前の席に座っている颯斗と目が合った。まただ、と思う。颯斗は、中学校に入ってから仲良くなった友達だ。見た目とは裏腹に意外と人見知りな私に気さくに声をかけてくれ、仲良くなった。彼の部活は、サッカー部で小学校から続けているらしく、遠目から体育の授業で五十メートル走や走り幅跳びをしている姿は、まさにスポーツを続けてきたのは本当だと思えた。そんな彼を私が気になりだし、好きなるのは早かった。


 小学校の頃もそうだった。あれは確か、五年生の頃の話。社会の授業中にいきなり先生に指名されたとき。この先生は少し意地悪で話を聞いていないなと思われたとき、すぐに指名をしてくる人だった。そんな先生だったので、いわずもがな、読むところが分からなくて、あたふたとしている私。どうしよう、どうしようと焦る中、助け船を出してくれたのが、いつもぶっきらぼうにしている隣に座っている男の子だった。サッと、先生に見えないように指をさり気なく指し、「ここだよ」と言わんばかりに、目配せをしてくれたのだ。その行動が意外過ぎて、彼のことをその後、目で追うようになった。ひょんなことからすぐに人を好きになる。軽いとか思われるかもしれないけれど、恋なんてそんなもんかなとも思う。何がきっかけで好きになるかは、いつも分からないし、いつも違う。決まりなんてない。そんな風に、六年生になる頃には、考えるようになるぐらい大人びた私だが、恋を行動に移すことは苦手だ。結局、この男の子とは何もなかった。好きな気持ちはずっと、もっていたが恥ずかしくて近づけない、席や距離が近くになったら緊張する、どうしようもなくて、どうにもならなかった。そして彼は、小学校卒業後、私とは違う学校に行ってしまった。後悔をしている自分がいるのが、よくわかる。気持ちの中にその塊がずっとずっとある。


 颯斗を見ると、そんな不甲斐ない過去の自分と悔しい気持ちを思い出す。そうとは知らず、そんな颯斗とは、なぜか最近よく目が合う。この授業中のようにだ。私のバレー部と彼のサッカー部がすれ違ったとき、理科のてこの実験中に吊り下げるのを失敗して、重りを落としそうになったとき、給食の準備中にトイレから教室に帰ってくる彼とすれ違ったときなどなど。そして今、この授業中。好きな人と目が合っている状況に、告白などはできない性格、恥ずかしがりやな私。ドキドキしないはずがない。新生活には慣れても、恋のドキドキには時間がいくら経っても慣れない。本当に恋愛は不思議なものだと思う。


 「はい、楠木華南さん。今言ったところを読んでみて。」


 ふいに例の国語の先生から指名をされた。いつの間にか、先生の趣味の話から授業内容に戻っており、ぼーっとしていた私は答えられるわけもなく、そして前みたいに都合よく助けてくれる男の子もいない。


「先生、すみません。もう一度教えてください。」


 反省の気持ちをしっかり込めて言い、難なくその場は乗り切った。ふと颯斗の方を見て見ると、少し笑っているように見えて、私は少し、恥ずかしい気持ちになった。

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