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 秋也は人なつこくて可愛げがあり、一緒に過ごす人を飽きさせない。すっかり彼を気に入った康代が、夜ごはんも食べていって、と言うから、早めの夕食を食べて帰路に着いた。


 家族以外の誰かと一緒に食事をするなんていつぶりだろうと思うぐらい久しぶりの出来事で、ほんの少し気持ちがたかぶる中、奈江は秋也と並んで駅へ向かう。


「お仕事、大丈夫でしたか?」

「修理はたまにしかないからな。本業の方はこれから帰ってやるよ。早坂さんもこのまま帰る?」

「はい。ナス、たくさんもらったから、何か作らなきゃ」

「料理、よくするの?」

「得意じゃないんですけど。一人暮らしだからやらないといけないぐらいで」


 正直、料理は好きじゃない。どちらかというと、強制されなきゃやらない方だ。社内で、美味しそうなお弁当を持参する女の子を見ると、自分は女性としての魅力が欠けている、そんなふうに後ろめたく思うこともある。


「すみません……なんか」


 不得意なことなんて口にする必要なかった。秋也にどう思われたか気になって口ごもる。


「まあ、得意である必要はないよな」

「え……」

「俺は得意だけどな」


 にかっと笑う彼にはやはり、嫌味がない。なんだか救われたような気分になる。


 秋也は魅力的な人だ。自分の中に、彼に対する好意的な感情が浮かぶのを感じる。


 彼は老若男女問わずモテるだろう。恋人だっているかもしれない。こうやって付き合ってくれるのは優しい人だからだ。勘違いしちゃいけない。かつて、恋人のいる遥希が自分に優しくしてくれたように、秋也も親切をしているだけだ。


 彼岸橋に差し掛かると、秋也がみね子のしゃがみ込んでいた交差点へと目を向け、足を止める。


「どうして与野さんが紺色の御守りを持っていたか、わからなかったですね」


 奈江が言う。


「仕方ないさ。与野さんの御守りが探してたものかどうかもわからないしね」

「ですよね。与野さんに直接は聞けない気がするし」


 舞花ちゃんの話を聞いたら、癒されているかもしれない心の傷をふたたび深くしてしまうかもしれない。


「まだ探したい?」


 秋也がひょこっと顔をのぞき込んでくる。


 どうだろう。当時、御守りを探していたのは、困っているおじさんの役に立ちたいというただそれだけのもので、流れに身を任せていたのはある。遥希と同じ時間を過ごす口実だった気も。


 奈江はおそるおそる秋也と目を合わせる。にこっとしてくれる彼だって、御守りの件がなければ、こうして一緒にはいてくれないだろう。


 もう御守りは探さない。そう言ったら、秋也はこのまま帰ってしまう。それは嫌だ。もう少し一緒にいられないだろうか。


 どういうわけか、そんな欲が出て戸惑う。さっき、思ったばかりじゃないか。彼が一緒にいてくれるのは、ただの親切だって。


「猪川さんも探したいですか?」


 動揺を隠すように、早口に尋ねてしまう。


「俺は……、どうかなぁ。困ってる人がいるなら助けたいし、遥希のやり残したことがあるなら、やってやりたいとも思う」


 そうなのか。それで、今日は彼岸橋まで来ていたのか。彼の原動力はやはり、親切心なのだろう。


「私も、まだ探してみます。やっぱり、与野さんの御守りが気になるから」

「そうだな。そうするか」

「でも、与野さんには聞けないから……」

「御守りを探してたおじさんが誰なのかわかれば、当時の状況がもう少しわかるんだけどな」


 秋也が歩き出したとき、奈江は騒がしい音に気づいて耳を澄ます。名前を連呼する、拡張器から発せられる声が徐々に近づいてくる。


「選挙カー?」

「ああ、市長選が近いんだ」


 秋也もうぐいす嬢の声に気づいてそう言ったとき、交差点に選挙カーが現れた。


 選挙カーに取り付けられた看板を見て、奈江は「あっ!」と、声をあげる。


「どうした?」

「あの人ですっ」


 奈江は選挙カーを指差す。


「あの人が、御守りを探してたおじさんです」

「本当か?」

「間違いないです。あのおじさんです」

「あれは、現職の越智おち正行まさゆき市長だよ。……じゃあ、ここで事故に遭った息子って、賢太けんたか」

「賢太?」

「ああ、越智賢太。市長の息子だよ」

「お知り合いなんですか?」

「時々、らんぷやに来るよ」


 どうやら、らんぷやのお客さんのようだ。


「どうする?」

「どうするって?」

「賢太となら連絡取れるよ。会ってみる?」

「えっ!」


 急な話だ。困惑しているうちに、秋也はどんどん話を進めてしまう。


「御守りの件、こうなったら、本人に聞いてみるのが一番だよな。じゃあ、こうしよう。俺が賢太に連絡取るから、会える日が決まったら、早坂さんに電話いれるよ」

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