6

「え……、亡くなった?」


 全身がぶるっと震え、奈江はぼう然とする。にわかには信じられなかった。


「もう、5年になるよ。朝起きてこなくてさ、店長が部屋を見に行ったら……。本当に突然のことで、俺もわけがわからなかったな。遥希がいなくなって、店長も体調を崩して、去年、亡くなられたんだ」

「……そう、だったんですか」


 奈江の記憶に生きる遥希の笑顔が浮かぶ。高校時代の彼だけでなく、彼自身がもうこの世にいないと思うと、その事実を受け入れがたいというより、現実味がないものなのだと思う。


「じゃあ、今はあなたがひとりでこのお店を?」


 店主を失ったらんぷやを彼が引き継いでいるのは、遥希もいないからだ。そう気づいて問うと、青年は憂いを帯びた目をする。


「吉沢らんぷでアルバイトしてた縁でね、店長の奥さんから頼まれて、修理だけやってる」

「遥希さんのお母さんはお元気なんですね」


 ほっと息をつく。伯母は何も言わないから、遥希の母親と今でも交流があるかわからないが、元気だとわかれば安心するだろう。


「近くのマンションに住んでるよ。一人で退屈だって言って、たまにここに顔出すよ」

「お一人って、奥さんとは離れて暮らしてるんですか?」

「奥さんって?」

「遥希さんのです。結婚されてましたよね?」

「遥希は結婚してないよ」


 あたりまえのように、彼はさらりと言う。


「本当ですか? 伯母の家で、遥希さんの結婚式の招待状を見たことがあるんです」

「ああ、招待状ね。俺ももらったよ。あ、俺、遥希とは中学の同級生で、ずっと仲良くしててさ」

「そうだったんですか」


 遥希とは長い付き合いなのだ。あまり遥希とは共通項のなさそうな風貌の彼だから、意外な気もするけれど、何か馬の合うところがあったのだろう。


「遥希さ、友梨ゆりとは別れたんだよ」


 友梨……ああ、そうだ。招待状に書かれた岩倉いわくら友梨という名前が鮮明に浮かぶ。間違いない。青年の話はうそでも勘違いでもないだろう。


「招待状出してからの破局だからさ、まあ、いろいろ大変……なんて話、余分だよな。早坂さんは遥希といつからの知り合い?」


 言い過ぎたと思ったのか、彼はそう尋ねてくる。


「私は高校一年の夏休みに初めてお会いしました」

「高校一年って、遥希も?」

「遥希さんは三年生でした。マメ……犬の散歩中に出会って」

「犬の散歩……? ああ、シェードか」


 少し考えるようなしぐさをした彼だが、すぐに思い出したようだ。


「そう。シェードです。シェードは元気ですか?」


 10年前、シェードはまだ子どもだった。元気にしているとうれしい。


「元気だと思うよ。シェードは友梨にもらわれて、どうしてるかは知らないんだ」

「そうなんですか。でも、知らせがないのは元気な証拠ですよね?」

「そうだな。そう思うよ」


 力強くうなずいてくれる彼を見ていると、元気に友梨と暮らしていると信じられる。


「遥希とは、それだけ?」

「そうなんです。一緒に犬の散歩をしたぐらいで、知り合いって言っていいのかどうか……」

「そうなのか」


 そう言ったきり、青年は何か考え込む。そうしてしばらくすると、急に口を開く。


「高三の夏休みって言えばさ、俺はもうここでアルバイトしてたわけなんだけど、ちらっと遥希から変な話聞いたことあるよ」

「変な話って?」

「御守りが見つからないとかなんとか」

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