21 「古城」
目的の足跡は古い時計塔の足元に見えていた。他の二人とはぐれてしまわないくらいの速さでニハマチは走った。
時計塔に着くと、石造りの塔には上へ登る梯子のある内部があった。四角形のその空洞を見渡すと、地下へ降りていけるらしき穴が隅っこにあり、そこにも錆びついた梯子があった。
ニハマチは合流した二人と頷き合うと、先頭に立ってその穴を降りていった。
思ったほどの深さはなく、すぐに青い光が見えた。
「みんな、足跡だ!」
足が着くと青い光の続く彼方を見た。地下空間は真っ暗だったが、足跡の光のおかげで先を見通せた。光にほのかに照らされた天井はアーチ状で、足元には水気がある。
「ここ、地下水路みたいだね」
「そうみてえだなあ……」
先の見えないずっと向こうまで続く足跡はとても間隔が広く、つまりかなりの歩幅があった。
(……地面を飛ぶように駆けている。相当な速さで進んでいるぞ。しかも足跡は大人のものしかない。さっきの女の子を抱えながら走っているってことだ。――待てよ。走っているから形が違うのかと思ったけど、これ、そもそもマレーの足跡じゃない!)
「どうした、ニハマチ? 何か見つけたか?」
「ううん。先を急ごう!」
地下水路にはかなりの長さがあり。ひたすら三人は走り続けた。
……やがて、だんだんと何かの構造物に石造りの水路が滑らかに繋がっていく感じがあった。
足元の水気が少なくなった地下を進んでいくと、やっとのことで、目の前に螺旋階段が現れた。
するとテリオンは、相当の年季がありそうな螺旋階段の材質を確かめるように手で触れながら、静かな声で言った。
「おい。これ、多分、古城だぜ……」
「そうなの? 古城って、昔の城のことだよね」
「ああ。私らが進んでた方角からして間違いねえ。これは古城にある階段じゃねえかな。こんな階段、普通見ることねえからな」
「古き時代の城……何があるか分からないわ。気を付けていきましょう」
三人で慎重に階段を上っていく。足跡の歩幅は普通の間隔に戻っており、マレーではない何者かの足跡と、その後ろを歩く別の足跡があった。それはメイと思われる足跡で間違いなかった。
階段を上りきった先の出口を抜けると、そこには確かに、城の中としか思えない高い天井の、厳かな建造物の内部らしき通路があった。
「お城の中……ですね」
「ニハマチ、この足跡が二人ので間違いねえんだろうな」
「うん。でも……大人の方の足跡が、マレーのものじゃなくなってるんだ。小さい方はメイのだけど」
「あんだと? きな臭えな……」
ひやりとした空気が漂う通路を進んでいくと、遠くから子供の声が聞こえてきた。しかも、一人ではない、かなりの大人数の声だ。
「おい、この声」
「ああ!」
声を頼りに城の中を進む。近づくに連れ、喋っている内容や声音もはっきり聞き取れるようになっていく。
「聞いたことのある声だ――リックの声もするよ!」
三人は狭い通路のあるところに辿り着いた。そこは、両側に鉄格子のはめられた牢屋らしき部屋が壁を隔てられて続いている通路だった。リックの声は通路の奥から聞こえてきた。
牢屋の中が見えるところまで行くと、中には複数人の子供たちがいた。子供たちは一瞬警戒するように三人を見たあと、何故か驚いた表情をした。
疲弊しているらしき子供の一人が言った。
「……あれ、君たちは、あいつと一緒じゃないの?」
「あいつ……?」
すると、その反対側の一つ向こうの牢屋から、聞き覚えのある声がこう言った。
「おい、ニハマチたちだぜ!」
見ると、そこには鉄格子を両手で掴んで顔を出そうとしているリックの姿があった。
「リック!」
駆け寄ると、リックは表情を崩し、瞳に涙を浮かべた。
「ニハマチぃ……! 来てくれたのかよ……!」
「な、なんだ!? 何があったの!?」
「さすがだぜ。さすがは予想を裏切る男、我らが麒麟児ニハマチだ……おい、そっちから牢屋を開けられないか? 俺たちを出してくれよ!」
「うるせえ! ちょっとは静かに出来ねえのかクソガキ」
「テリオン、お前もかよお……! お前がいるなら百人力だぜ……! テリオうん……!」
「てめ、気持ち悪いな。――隙間から手伸ばすんじゃねえ!」
ニハマチはテリオンをなだめてから、錠前も何のとっかかりもない鉄格子を開けるべく、力任せに手でねじ切ろうとしてみた。しかし、幾ら「力」を使っても、せいぜい少し歪ませられるのが限界だった。
「滅茶苦茶に硬いよ、これ……!」
「はっ。馬鹿が。生身じゃどうにも出来ねえだろ。さっさとどけ」
テリオンが剣を構える。すると、禍々しい気配が周囲に充満し、ニハマチ以外にも視えているかは分からないが、どす黒い瘴気が剣から滲み出て、刃にゆらゆらと纏われた。
「死にたくねえなら離れろや、リック」
「ひ、ひい!」
軽く一振りされた剣は、ニハマチの「力」でもびくともしなかった鉄格子をすっぱりと切り絶った。
「すごい……」
ニハマチは思わず感嘆の声を漏らした。
一目散に牢屋から出てきたリックは、更に向こうの牢屋を指差した。
「あっちにマレーもいるんだ!」
「マレー……?」
走っていったリックを追うと、彼が立ち止まった牢屋の中にマレーはいた。壁際に敷かれたシーツに、大きな体をなんとか収めて居心地悪そうにあぐらを掻いている。
啞然とする三人の顔をじろりと見回すマレー。かなり疲れている様子だった。
「あんたたち……」
養い所ではついぞ見ることのない憔悴ぶりに、三人は言葉を交わすまでもなく事態を悟った。
「はっ。……ほっとしたぜ」
心底肩の荷が下りたというようにテリオンが言った。ニハマチも、マレーを労わる目を向けつつ、安堵で笑みが広がった。
「あれは、本当のマレーじゃなかったってことだね」
すると、マレーは自虐めいた苦笑を浮かべた。
「私としたことが、このザマだよ」
「いや。あんたは悪くない。今斬ってやる」
鉄格子を剣で斬り断ち、三人でマレーに手を貸して立たせてやった。幸い、自分で立って歩く気力は残っていた。
「ふう……痛てて。ずっと同じ体勢は良くないね」
マレーは自分の太ももをさすった後、背筋を伸ばし、いつものきびきびとした調子に戻して言った。
「どうしてこの場所が分かったんだい?」
「テリオンが気付いたんだよ! 養い所にマレーのふりをした偽物がいてさ。普段のマレーと違うからって、その人をつけてきたんだ」
「なんだい……やるじゃないか、テリオン。さすがはお前さんだよ」
「はっ……まあ、でけえ貸しに思ってくれりゃあそれでいい」
「ふふ。素直じゃないやつだよ……」
顔を背けるテリオン。マレーがあまり見せることのない柔和な笑みが、彼女の見事な皺のある顔に浮かんだ。
ニハマチは二人の関係を微笑ましくも不思議に思いつつ、恐らくこの近くにいるであろう脅威に警戒を払った。周囲には今のところ、「力」の気配を感じとれるようなものはなかった。
「テリオン! 全部の牢屋を斬って回ろう! できるだけ速く!」
「言われるまでもねえ」
近い鉄格子から順番に斬って回る。子供のいる牢屋は全部で9つあり、全員で三十人ほどの子供たちがいた。
――六つ目の鉄格子を斬ったとき、こつん、と背後から音が響いた。
全身が逆立つ悪寒を感じ、ニハマチは来た方と逆の通路を振り返った。
「おや」と、老獪な声。
現れたのは一人の老人だった。清潔な黒いコートに瘦せた長身を包み、老いを感じる風貌ではあるが、一目で
整えられた白い髭に囲われた口が開き、綺麗で丈夫そうな歯が覗く。
「駄目じゃあ、ないか。勝手に抜け出しては」
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