16 「人攫い」

 それから三日ほどが経ち、仕事から帰ったニハマチが大寝室に戻ると、何やら子供たちがざわざわと話をしていた。ざわざわしているのは普段と変わりないが、何となく不穏な空気で、やけにひそひそと話をしているのだ。


「なあ、みんな何の話をしてるんだ?」


 察しの良いニハマチが床に座る子供たちの輪に入ってからそう聞くと、皆が彼の方を振り向き、この寝室のまとめ役、丸眼鏡のロイが一番先に言った。


「ニハマチ、お疲れさま! こっちだ。君も混ざるといい」

「うん」ニハマチが彼の傍に座ると、ロイは続けた。 

「単刀直入に話すぞ。バルサムとリックの二人が、昨日から帰っていないんだ」


 バルサムとリックは共に大寝室の仲間だ。前者は物静かな読書好き、後者は庭で遊ぶのが好きな、マレーをやけに慕っている愛嬌のある子供だった。ニハマチは二人の姿を思い浮かべた。


「この古都で起こっている不気味な噂は知っているよな?」


(噂……?)


 噂と聞いて、ニハマチにもすぐ思い当たる節があった。


「ああ、人攫いのことかな」  


 その件に関して、ニハマチは少しだけ知っていた。古都で2・3ヶ月ほど前から増えているという子供の失踪、それが人為的なものではないのか、つまり人攫いではないかという話だ。


「そうそう。それで 、あの二人がその人攫いに合ったんじゃないかってことだよ」

「それは大変だ! すぐ助けに行かなきゃ!」

「まあ、まあ。焦るなニハマチ。あの二人はどっちも、仕事や養い所の仲間をほっぽり出してどこかに行くようなやつじゃないからな。マレーも言っていたが、人攫いの可能性があるということだ」

「うん」

「これは都市伝説の類じゃなくて、本当に起きてることだから、俺たちもみんなで気を付けるべきだという話をしていたんだよ。あと、怪しいやつを見ていないかという共有をするべきだ」

「俺、怪しいやつなら見たよ!」


 と、ベッドの二段目から聞こえた声はジェイミーだ。ジェイミーはやんちゃ仲間のリックと仲が良いので、いつもらしくない、そわそわと不安げな様子でいた。


「前、グリトルの酒場の近くで見たのさ。こんなに大きくて、頭が禿げあがっていて、それで目だけぎょろぎょろとしてて怖いやつだよ! あいつ、俺と目が合うとじろじろと睨んできたんだ……!」


 身振り手振りで話すジェイミーは、体をぶるぶると震わせた。

 ロイは若干困り気味に咳をした。


「確かに怪しいやつだな。しかし、ただ図体のでかい人なんじゃないか? 君が特に心配する気持ちは分かるが、焦って一人で行動するなよ、ジェイミー。君までいなくなったら、ここが一気に静かになってしまう」


 ロイのその言い方には、二人ががもしかしたら戻ってこないのではないかという、漠然とした不安の響きがあった。


「うん、分かったよ」 


 ジェイミーが素直に頷く。大寝室はいつもの騒ぎが噓みたいに水を打ったかのようにしんとした。


「……二人の行方を知っている人はいないみたいだな。なら、無事に戻ってくるのを祈るしかないだろう。――俺は古都の噂を知ったときから、俺たちで自警団を作らないかと考えはしたんだが、やはりやめた方がいいな。子供の俺たちだけで行動するべきじゃない。……そういうわけで、これから仕事に行く時も、ある程度複数人で固まった方がいいと思うんだ。それも、年長者とペアを組むべきだ。今からマレーのところに行って、俺から話し合ってみる」


 大寝室の子供たちは、一様に頷き合ったり、ロイを称賛する声を漏らした。ニハマチも、この件については自分からも何か動くべきだろうと、真剣な面持ちになって考えを巡らせた。

 次の日になっても、件の二人が帰ってくることはなかった。

 マレーとロイ、そして年長者と使用人を集めた話し合いがあったのち、それからの仕事は、年長者を含めて三人以上で固まって行動するという決まりになった。

 古都の住人たちも神経を尖らせているようで、暗くなってから外をうろついている子供の姿が減り、子供の手を引いて歩く家族の姿が増えた。子供の失踪が頻発しているという現実的で不気味な出来事は、古都に言い知れぬ不安感を蔓延させていた。養い所に自分の子供がいないかと、当事者の親がマレーの元にきたことさえあった。

 そんなある日、ニハマチは二日連続でキツツキが大寝室にいないことに気づいた。全員で食事をする時間になっても、食堂に彼の姿が見当たらない。

 敷地内を一通り探し回っても彼がいないことを確認してから、ニハマチは急ぎマレーの部屋に向かった。素早く扉を開けたために大きな音がして、マレーはペンを持ったままニハマチをぎろりと見た。


「なんだい、騒がしいね」


 不機嫌そうに咎められたのを気にせず、ニハマチは大声で言った。


「キツツキがいないんだ! マレー、何か知ってる!?」


 すると、意外にもマレーはニハマチが慌てている様子に合点がいったと言うような嘆息を零した。


「ああ。伝え遅れていたね。キツツキは、この屋敷を出ていったよ」

「……え?」


 ニハマチは一瞬、その言葉が聞き間違いなのではないかと思った。


「すまないね。私も色々と忙しくてね、あとでお前さんたちには話そうと思っていたんだが、余計な心配をさせたみたいだ。あの子については心配はいらないよ。……旅に出るとか言って急に居なくなっちまっただけさね」

「……キツツキ、旅に出ちゃったのか……」

「まあ、実際のところ何をしに行ったのかは分からないがね。あの子は飄々と自分の世界にいるようで、常に周りに気を配れる稀有な子だよ。もしかしたら、クーパーのとこで何かきっかけになることがあったのかもしれないね」

「そうなんだ……ねえ、マレー。キツツキは何て言ってた?」

「特に伝言はなかった。『やることがある』と言ってただけさね。それで、すぐ旅に出るとか抜かしやがったよ。ちゃんとした別れの言葉もなしに、『世話になった』だとよ。ったく、大人びているようでまだ子供だね」

「そうか……うん。ありがとう、マレー」


 ニハマチは仄かな寂しさを感じたが、仕方ないと割り切ることにした。

 パントマはクーパー家と別れて養い所に行き、代わりにグラスが残った。そして、キツツキは一人旅に出た。ニハマチ自身も近いうちに養い所を出ようと考えていたし、それからも旅を続けるだろうと分かっていた。


(生きていれば、誰かと出会い、別れがある。キツツキの決断は、かねてから決めていたことなんだろう)


 なぜかキツツキには運命的なものを感じていたし、運命の星の元に出会ったのだと信じていたが、しかし、運命というのは自身の選択で積み上げていくものだと、ニハマチは穏やかな表情と済んだ目をしながら、ぼうっとそういう風なことに思いを馳せた。

 大寝室に戻って時間を過ごしたが、ニハマチはすぐに眠ることはしなかった。久しぶりに夜空でも眺めていたい気分だった。

 地下の寝室から階段を上って建物の二階に行くと、良さそうな位置の窓を見つけて無理やり屋根へよじ登った。

 体を投げ出すように仰向けになり、空を仰ぐ。彼は、キツツキのことというよりは、自身のこれからについて考えていた。


(養い所はいいところだ。色んなことを学べるしね。……でも、何か違うんだよな。俺は、空の上の世界に行かなくちゃだから。オストワールとのこともあるし、本格的にどこかで修行をしておきたい。ただ、この場所では色んな人を知ることができた。やみくもに生活していたら、こんな風に人とは出会えなかったよね。……えっと、誰だったっけ。俺を拾ってくれたあの人には感謝しなきゃ。

 ……そうだな。俺は人との出会いを求めていたんだろう。この世界にきて、最初に自分が決める道に迷わないように)


 ニハマチは、そのことは考えまいと努めることに決めたのだが、やはりキツツキの顔が頭に浮かんでくるのだった。

 彼の雰囲気と喋ることが、ニハマチはとても気に入っていた。他の人が知らない何かを知っていそうなところも、彼を尊敬できる部分であった。

 ニハマチは旅に出た彼のことをどうしても残念に思ってしまうこの気持ちの、人生で初めて味わった感情の名前を知っていた。


(……これが未練か。何だか、苦しいというか、やるせないというんだろうか。自分の行動に後悔が残るという感じだ。俺、養い所にいる間に、ここの暖かさに甘えてしまっていたんだろうな。もっと早く、行動するべきだった……)


 何だか体の興奮が収まらなくて、ニハマチは両足を交互に上げては下げてを繰り返した。屋根に踵落としをしているので音は響いているだろうが、そんなことは意識の中に入らないぐらい、頭の中がもやもやに囚われていた。 


(うーん。寝れないのって、すごくいやな感じがするんだな……)


 しばらくして、ニハマチはようやく眠りに着くことができた。

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