無人島サバイバル

二村 三

第1話 漂着

 砂浜に白波を立てながら打ち付ける波、曇り空からさす太陽の光は白い砂の海岸を照らした。青い透き通る海に、カモメが鳴き声をあげて滑空し、水面を魚が飛び跳ねた。波が引くと巣穴に篭っていたカニが出てくる。右手の大きなハサミを使って砂を口に取り込み、そして横に歩きながら、打ち上げられた少女の前を通った。



 「うぅ〜ん」



 うつ伏せになった少女は目に少し力を入れて眉をしかめる。金糸のようなハチミツブロンドのウェーブがかかるような癖っ毛が、顔の動きとともに海水を少し持ち上げた。

 身につけている衣服はドリス式キトンと呼ばれるものだ。大きな一枚の白い布地の上縁の5分の1を折り込んで身体を包み込み、両肩を金のブローチで繋ぎ止め、腰をベルトを巻いて解けないようにした古代ローマの女性がよく着るような服装である。



 潮風に肌を撫でられ少女はうっすらと目を開けた。縁が黒くぼやけた視界に小さな砂丘が目に入り、両腕を使って身体を起こした。視線は下を向き、身体が陽光を遮り日陰にな砂地を見る。

 すると、そこに小さなカニが横切った。

 少女はそのカニを捕まえようと手を伸ばした。しかし、カニは足早に交わして逃げ、手の届かないところへ行く。



「……お腹すいた」



 海水を吸って服が肌に張り付いて重い。髪からは水滴が垂れて、ポタポタと砂に落ちる。周りを見渡すと青い空と白い雲、目の前にはヤシの木に、そしてその奥には鬱蒼と茂った緑が目に入る。少女は見たことのない景色にポカンと口を開けた。そして青い瞳に世界を映した。



「どこ……ここ?」



 少女は立ちあがって状況を確認しようとした。すると頭にズキンっと強い痛みが響く。まるで頭の中に針を突き刺すような痛みだ。同時に忘れていた記憶を思い出す。

 雷鳴の閃光が轟く嵐の中、大粒の雨が身体全体に打ち付ける。暗い海の波飛沫を割るように進む帆船の先端、船首に縄で括り付けられた少女は、必死に両手首に縛られた縄を解こうともがいていた。口には布を噛まされ、泣き叫んでも助けは来ない。船乗りたちが祈りの声をあげる中、少女の背後で一人、また一人と船乗り達は長い触手で海へと引きづり込まれて行った。

 天を割る大きな光が帆船のマストに当たり、地を割る轟音が船体を真っ二つに引き裂いた。少女は海に投げ出され、船首とともに海中を沈んでいく。少女は縄を解こうともがいた。しかし、縄は解けなかった。

 その時、天を駆ける雷鳴の光とともに目の前にナイフが落ちてきた。少女はそれを両手で掴み、船首と身体を縛っていたロープに差し込むと縄を引きちぎるように解いた。しかしその時、緑色に発光する少女の身体ほどある巨大な目が横を通る。船員たちを海に引きずり込んだ何本もある手に帆船を抱えて少女の脇を通り過ぎた。

 少女は空気を求めて海面に上がり、漂流する船板に掴まった。そして意識が途切れる。



「わたし……生きてる」



 少女は自分の手を見た。身体をペタペタと触る。幸い怪我はしていないようだ。しかし、ひどく喉が渇いて空腹だ。髪をまとめて捩って水分を落とすと、服は着たまま雑巾のように絞り水分を出す。

 まずは食べるものと水分が欲しい。



「よし……」



 少女は砂浜を歩き始める。鬱蒼と生い茂る緑の森の中には何か食糧があるかもしれない。空腹であまり足に力が入らない。意識は朦朧としている。足を取る砂地が歩きづらい。空は太陽の光が容赦なく彼女を照らし、体力を奪っていった。手に持っているものは何もない。持ち物は着ている衣服だけ。頼れる親も、親切な隣人もいない。あるのは己の身一つだ。

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