4. 買い出しも大事

 東京に来てからも、しばしば霜月をウェストポーチに入れて外出した。それは戦うためではなく、用心のためだった。


 けれど、今夜はなにかがあるかも知れない。そんな密かな覚悟とともに、僕は夏の湿った夜風の中に出た。いつもの夜道が、異質なものに感じられた。


 集中するため夕食は摂らず、あとで軽いものを食べようと考えていた。


 桂木さんのアパートは世田谷区にあった。駅を出てからスマートフォンの地図アプリに従って、しばらく歩いた。


 アプリのアイコンは待ち合わせ場所の、アパート近くのコンビニを示していた。


 コンビニの前で待っていたのは、スーツ姿の短髪の男性だった。精悍でさわやかな印象だった。それが少し、僕のうんざりした気持ちを軽減してくれた。


 その男性――桂木さんは言った。


「わざわざきていただいて、すみません。それにしても、お若いというか……」


 そうして桂木さんは、僕の姿を見て口ごもった。


「あ、いえ、失礼しました。若い方だって、電話の、高木さんもおっしゃっていましたので。それに、退魔師として必要な修行は、しっかりと積んでおられる、って。ええ」


 そう言いながら、やはり不安そうだ。


 すみません、と僕は頭を下げた。


「こんな、若造みたいなので、がっかりですよね」

「いえ、そ、そんなことは。とにかく今夜は、私の部屋で待機して、見ていただけるってことで。それでいいんですよね?」

「え? あ、はい。そうです。そうなんです」


 そんな具合に、なにかの小芝居のようなやりとりを経て、話が進んでいった。




「ちょっと先に、コンビニに寄っていいですか?」


 と僕が言うと「ぜひ、はい。もちろんです」と桂木さんは答えた。


 夜を乗り切るために、アイテムを揃える必要があった。そこで桂木さんは身を乗り出してきた。


「あ、なんなら、必要なものとか、食べ物とか、そういうお金は出しますので。なにぶん、助けていただく身ですから……」

「いえ、そういうわけにはいきませんよ。仕事なので」

「いえいえ……。大丈夫ですよ。それくらいは、やらせてください」


 僕はその申し出に、思わず笑みをこぼさずにいられなかった。


 カップのバニラアイス。スナック菓子。エナジードリンク。インスタントコーヒー。菓子パン。サイダー。そんなものをひと抱えは買い込んだ。ここぞとばかりに。

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