小さな神様、育てます

アオツキ

第1話 拾ったゴミは小さな神様

大学入学を機に田舎を出て都会で一人暮らしを始めた九城悠真くじょうゆうま。入学したての頃はバイトと勉強の両立に四苦八苦しながらもどうにか日々過ごしていた悠真だが、半年を過ぎるとその生活にも慣れていた。枯れ木が多くなって来たこの季節、あと数ヶ月もすれば1年が終わり新しい年がまた始まる。ぼんやりと星空を眺めながら寒い寒いとコートのポケットに手を突っ込み歩いていた彼は、ふと視界の端に真っ白な塊を捉えた


「…ん?」


普段であれば特に気に留める事でもない。だがこの時は何故かその塊が頭に引っかかり足を止める。薄暗い公園の、点滅している街灯の下…枯葉が落ちた草むらの中にポツンと落ちている真っ白な塊、ゴミの様なもの。ポイ捨てだろうか?ティッシュのようでもあるが、わた毛のようにも見える


「ったく、誰だよ。ゴミは持ち帰って捨てろっての」


何れにせよゴミである事に変わりは無い、そう思った悠真はブツブツと文句を言いながらも無造作に掴んだ白い塊をそのままコートのポケットに入れ再び足を進め始めた。授業とバイトで疲れた身体を一刻も早く風呂で労りたい彼は先程よりも早足で帰路を歩き、借りているアパートへと辿り着いた。少し錆び付いたドアノブに差した鍵を回し、解錠した扉から部屋へと入る。施錠をすると同時に靴を脱ぎ、背負っていた鞄と着ていたコートを座敷へと放り投げた彼は冷蔵庫の中を漁り始めた


「あー、卵の消費期限近いな…んー、米も炊いてから2日くらい経ってるし…今日はチャーハン…いや、オムライスでも作るか」


夕飯のメニューを決めた悠真が次に向かうのは風呂場、大学へ行く前に掃除は済ませてあるので後はお湯を張るだ。蛇口から出るお湯の温度を確かめたら湯船を張り始める。風呂が貯まるまで凡そ20分程度、タイマーをセットした悠真はコートに入れていたゴミの存在を思い出し、ポケットへと手を突っ込んだ


「…マジで何よこれ」


明るい部屋の中で改めて見ると、不思議な塊だ。球状のそれは綿毛の様な見た目ではあるが、ふわふわとはしていない。所々に折り目がついていてくしゃくしゃに丸められたティッシュのようでもある。だが触った感触は弾力があり、見た目に反し重みがあった


「未確認生物?…いやでも、生き物では無さそうだし…スーパーボールか?でもこんな見た目してねぇよな」


うーん、と謎の塊とにらめっこする事数分。どの道ゴミである事に変わりはないと考えた悠真は部屋の端にあるゴミ箱に塊を捨てようと足を踏み出した


「…えっ?」


然しその瞬間、手元の塊から放たれた眩い光が部屋全体を包み込む。目が痛くなる程の眩しさに悠真は

思わず持っていた塊を落とし目元を覆い隠した。やはり未確認生物だったのだろうか、SF展開ならばこの後自分は謎の生物に改造されるか殺されるかしてしまうのだろう…。光が収まるまで一体どれくらいの時間を要しただろうか、数秒の出来事だったようにも思えるし、数分かかったようにも思える。ともかく光が収まった頃、うっすらと目を開けた悠真の前には彼の考えていた様な異形の存在の姿はなかった



「…おたすけくださり、ありがとうございます」



「は?」



そこにあったのは、真っ白な着物に身を包んだ小さな小さな男の子。全長は30cm程だろうか、着物と同じ白い髪の毛はぴょこんと耳のように小さく跳ねており、此方を見上げる瞳は美しい琥珀色だった



「だ、誰だ!?どこから入った!…じゃない、どこから入っちゃったのかな!?」


「あなたが、ここにつれてきたです。ぼくには名前があるじゃないです」



鈴を転がした様な声で話される不自然な日本語。人間の様で明らかに人間ではない姿、ここに連れて来たのは自分だという少年の言葉に悠真は眉間を抑え天井を見上げた


「…うん、これはあれだ、夢だ。そうに違いない。捨てようと思ってた変なゴミがこんな30センチ程度の子供になる訳が無い」


「しつれいな、ですよ。あれは、カラにこもってただけです。下界のケモノはやばんです。たべられちゃうっておもいました」


「なんかちょっと変な日本語話してるけどそれも夢だ。夢なら覚めろ、目を覚ませ俺」


「ユメじゃないです!」


「いいか夢の中の俺よ。会話をするな、したら魂が抜かれるぞ。田舎のばあちゃんが言ってたろ…」


「ぼくのお話きけ下さい!」


「早く目を覚ませ俺!!」


ブツブツと独り言を繰り返す悠真に訴えかける少年だが、悠真は聞こえぬフリを決め込み独り言を言い続ける。ぐぬぬと怒りに震えながら悠真に叫び続けていた少年は痺れを切らし、彼の足の小指を思い切り踏みつけた



「いっっっ…でぇええ!!」


「タンスの角にこゆびぶつけて死にやがれください!」


「っざけんなクソガキ!…小指をジャストに狙うんじゃねえ!」


「ぼくのお話ききやがれください!」


「分かった、分かりました!聞く!聞くからポコスカ叩くのやめろ!なんかすげぇチクチクして痛い!」


しゃがみこんだ悠真の頭をポカポカと叩いていた少年は悠真が叫ぶとピタッと叩く事を止めた。素直に言うこと聞くもんだな、と悠真が顔を上げればしゃがみこんだ自分とほぼ同位置にある少年の瞳と視線が交わった


「えっと…お話聞く前に1つだけ確認してもいいか」


「いいです」


「キミは、何者なのかな」


1番聞かなければならない事はそれだ…言葉の通じる人間のようで人では無い生き物。悠真が問いかければ少年は両手を広げ屈託のない笑顔を浮かべた




「ぼく、ぼくは、天界てんかいの子!……あなたにすくわれた、天界の子!」



「…天界の子…とどのつまり、神様の子供のようなもの?」



「そう!下界のみんなは、天界のみんなを神さまっていうます!」








エッヘン、と効果音でもつきそうな程胸を張り答えた少年の言葉に悠真はガクッと項垂れ「今すぐに目を覚ませ俺…」と小さく声を漏らすのだった

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