ロマンシエ

138億年から来た人間

執筆業への理解

「夢なんか見る年じゃないだろう?29歳にもなって、お前は馬鹿か。親のすねばかりかじりやがって。田舎もんが小説だと?お前はほんとにどら息子だ。」


「お父さん、紅而こうじを責めないで。私がちゃんと分からせるから。ね、紅而も謝りなさい。そして一生懸命に働きますと言いなさい。」


紅而の両親は、次男の彼に手を焼いていた。長男は建設会社の課長、長女は歯科医、末っ子の次女は老舗デパートの社員。

たった一人取り残されたように生きている紅而は土木工事のアルバイトで週2日から多くて4日勤務し後は小説の創作を続けている。


「父さん、何と言われようとも僕は小説を辞めない。それが気に入らなければ追い出せばいい。一向に構わない。でもね父さん、僕は夢を追いかけてはいない。小説は僕の生涯学習だから。ある人が言ってた。人間が学習を辞めたら成長が止まってしまうと。成長が止まると人間はもがき苦しむことになると。」


その言葉に両親は絶句し「精神科にでも連れて行こうか」と考えていた。




朝、6時に起床し、軽くストレッチ、洗顔などを済ませ朝食を摂る。

バイトのない日は朝食の前にジョグ。

シャワーのあと小説執筆。

きちんと12時に昼食を軽く摂り1時から再び執筆。

休憩は昼の1時間のみで夕方5時までみっちりかける。

滅多に夜は執筆はしないが降りてきたときは書きたさに負ける。

殆ど夕食後は小説以外のことに当てている。

そんな紅而の日常を間近に見ている両親だからこそ、普通に働けることが手に取るようにわかるのだ。


「入っていい?」と母が部屋をノックした。

母は、ソファに座り手に入れたドストエフスキー「罪と罰」の原写単行本を呼んでいる紅而に考え直す事を勧めた。


「このままだと、あなたが駄目になるとお父さんも私も思うの。小説を書けるくらいあなたは頭がいいんだから絶対今からでも立派な会社員に成れるから。ね、お願い。普通にすればいいの。御近所の手前もあるから、お父さんに恥をかかさないで。それがあなたの為なの。」


そう泣きながら懇願する母に、紅而はきっぱりとこう言った。


「小説を執筆することが罪ならば僕は死刑になってもいい。」と・・・






こうして走っていると自分の体力が日に日に上がっている事に気付いてしまう。

同時に母の言う普通の会社に就職してという言葉が身にしみてくる。


「ふうー、10キロ32分、昨日より45秒上がった。」


何時もの生活習慣のジョギングをランニングに切り替えてより厳しく鍛えることで小説への体力向上を図る紅而。

シャワー、そして文句を言いながらも美味しい朝ご飯を作ってくれる母にどう感謝すればいいのか?と悩みながら家の新聞受けにある新聞を何気なく外で広げてみた。


政治面に目を通し一枚目を捲るとそこには紅而の好きな小説新刊の広告。その左隅にかっこされた一文が目に入ってきた。

「日本の小説フランス語で翻訳される。」とある。

「フランスか。」文学発祥の地フランス。

作家や芸術作品にとっての頂点。


「俺の作品、フランス語だとどんな感じになるのか?」


紅而は、新聞を畳み父親の元へ届けた。


クンデラ、マキーヌ、クリストフ。フランス人では無いフランス文学の有名作家。

彼らは共に今いる場所で苦しんだ作家だ。

フランスに疑問を感じ、母国に思いを馳せた。

然しフランス文学には全ての人を魅了する美しさがあった。

フランスで携帯本を出せば一流と呼ばれた時代に生きた作品が紅而にとってのフランス文学だった。


「俺はロマンシエフランスの小説家になれるだろうか?」






紅而はクラッシック、オペラを好んで聞く。

中でもヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが好きだ。

「神に愛でされし者」という名前の由来に感動さへ憶えた。


「フランス文学にチャレンジしてみようか?でもそこに俺は何を求めるのか?」


彼の不屈の魂が部屋の中で響く【魔笛-序曲】と共に音を奏でる・・・。






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