希望は失わせない

“希望の地”計画は順調に進んでいた。

 ヨシアキが読んでいる宇宙船とカプセルに関する一連の報告書には、技術責任者の代理としてナツヒサの名前があった。

 先月には宇宙船のテスト飛行が行われた。その詳細なレポートが添えられているが、すべてに目を通すわけにはいかないので、結果とまとめだけをかいつまんで読んだ。

 宇宙船といっても、実際の船を飛ばすわけにはいかないので、代わりに10人乗り程度の小さなものが使われた。宇宙船の発射から宇宙空間への飛行、そして軌道修正といった一連の行程はすべて自動制御で行われた。この制御プログラムの設計にもナツヒサは関わっていた。ダミーのカプセルの放出も行われ、いずれも問題なく進んだ。この星の大気の層は、多くの宇宙船が利用されていた時に比べかなり薄くなっているので、惑星の重力から脱出するのに必要な燃料もかなり少なくてすむようだった。

 一度に多くの有益なデータが得られた。今回得られた情報から、実際の宇宙船の打ち上げに必要な諸々の数値を割り出すのは造作もないという結論に至っている。

「さすが、ナツヒサといったところだな」

 ヨシアキはさらに報告書を読み進めていった。

 宇宙船の発射場所も正式に決定した。候補はいくつかあったが、施設の状態や宇宙船を発射させる方角、その他諸々の事項が検討され、最終的に3ヵ所に絞り込まれた。ここから宇宙船をほぼ同時に打ち上げ、カプセルを放出する計画だ。

 また、宇宙船の打ち上げには地上の砂嵐が大きな支障となるが、砂嵐の発生には周期的な波があり、多く発生する時期、あまり発生しない時期があることがわかっている。そして今は近年まれにみるその極小期に入っているのだ。

 しかしその幸運がいつまでも続くわけではなく、この時期を逃せば次はいつ好機が訪れるかわからない。この意味でも、カプセルの打ち上げを急がなければならない。

 一方、選ばれたヒトたちは、遺伝情報を元にして単純なアルゴリズムにのっとったプログラムによって引き合わされたものだが、生物としての根底の部分で適合するものがあるらしく、それぞれの組み合わせの相性面でのトラブルは出ていないようだ。また、それなりの覚悟を決めて今回の計画へ応募してきたヒトがほとんどだったため、これまでのところ辞退者もひとりとして出ていない。今はそれぞれの家族や友人と、あるいはふたりきりで、思い思いの時間を過ごしているだろう。このあたりのことはハルから直接聞いた。それに星空を見せるとも言っていたっけな。

 このように計画の準備は着々と進んでいるが、気になるのは反対勢力の存在だった。いまだに抗議行動を続け、不穏な動きをみせているという情報もある。研究室から拉致されたユキトは無事に救出され、病床の彼の言葉から反対勢力の内情が少しずつわかってきた。それによると、当初は単なる市民レベルの反対活動だったものが、最近では反連邦政府に属する組織も絡んできているというのだ。ユキトを連れ去ったのも、やはり素人集団がなせるわざではなかった。

 彼らは宇宙船打ち上げの妨害を企てているといううわさもあり、そのためには破壊活動もいとわないだろうというのが大方の意見だ。

「そんなことさせてたまるか。ここまできたからには、失敗は許されない」

 ヨシアキはズボンのポケットから金色のネックレスを取り出し、その感触を確かめた。彼には似つかわしくない、細くてしなやかなネックレスだ。

 このネックレスの持ち主は、地上の調査隊員として働いていた数少ない女性のうちのひとりで、ヨシアキの妻だった。

 普段は作業着しか着ないような彼女だったので、たまに着るワンピースやスカートなどの服に似合うようにと、誕生日のプレゼントとしてヨシアキが贈ったものだった。そのため彼女が仕事中でもいつもそのネックレスをしていると知った時はとても意外だった。

 そんな彼女もまた、地上に行ったっきり帰ってこないヒトの一人となってしまった。連絡が突然途絶えたという。

 彼女らのチームの足跡を辿った調査隊員によると、防護服を含めた遺留品のみが道の脇の一箇所に散乱していて、周囲を捜索してもヒトの姿はどこにもなかったとの報告がなされた。さまざまな可能性が考えられたが、防護服が捨てられている理由が分からなかった。何らかの異変が起こったか、何者かに連れ去られたのか、隊員同士でいざこざが起こったのか、ネックレスの表面に刻まれたいくつもの細かい傷がそのことを物語っているのかもしれない。

 ヨシアキはまだ彼女の無事を信じていた。きっと生きている。何かトラブルに巻き込まれ帰れなくなった事情があり、安全な場所を探して今でも助けを待っているのではないか。もしくは反連邦政府勢力によって誘拐され、どこかに造られた活動拠点で協力させられているのではないか。実際に政府のやることに反発する者は数多くいる。彼女たちにミスがあったとは考えられない。やはりやつらの仕業としか思えない。バカバカしい考えだが、そう思うようにしていた。

 ヨシアキはネックレスを右手で包み込み、そして固く握りしめた。

「やつらの妨害を阻止して、なんとしても成功させてやる」

 唇を噛みしめ、そう心に誓った。


 *


「わたしたちあそこへ行くのね」

「うん、そうだね」

「どの星なんだろう…」

 ミノリとナオキ、そして他の何組かの若者たちは、ハルとナツヒサに連れられて、宇宙船の発射施設から地上と星空を眺めていた。

 そこには満天の星空が広がり、数えきれない星々が輝いていた。

「どう? 初めて見る星空は?」

 ハルはミノリとナオキに聞いた。

「とてもきれい!」

 ハルは瞳に映った星を輝かせながら答えた。

「あ! 今のって、流れ星? ねぇナオキ、見た?」

「うん、見た! 流れ星なんてほんとにあるんだな」

「あの薄緑色のはなに?」

「あれは、ラ・プリム銀河だよ。ここ《惑星スプラニーク》から一番近い銀河」

「ナオキさん、よく知ってるのね」

「はい、父さんに教えてもらいました」

「ナオキって物知りなんですよ」

 ミノリはハルにそう言うと、嬉しそうに笑った。

「父さんもこの星空を見てたのかな」

「きっとそうよ」

 そしてミノリはそっとナオキの手を握った。

 ハルはそんな仲睦まじいふたりの姿を見ていて、とても嬉しく、またうらやましいとさえ感じた。

 けれど同時に、生きて帰ることのできない計画へ参加させてしまったことに、胸が締め付けられそうで、

「ゆっくり見て行ってね」

 そう言うのが精一杯だった。

 星空を見せてあげたいだなんて、なんていう偽善者ぶりだろう。

 きっと喜ぶ? うぬぼれるのもいい加減にしてほしい。

 わたしはいったいどんな顔をして彼女らと話をしていたのか。

 ヒトに見せられないような、ひどい顔をしていたに違いないと思った。

 すぐにでもここから逃げ出したかった。

「そろそろ行きましょうか、ハルさん。ハルさん?」

「え? ああ、そうですね。もういい時間ですね」

 ナツヒサに呼びかけられ、ハルは救われたような気がしていつもの笑顔を取り戻した。

 これだって作り笑いじゃない。

 そんな自分にもまた嫌悪感を抱いたのだった。

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