花のつぼみ

 ナツヒサからカプセルがほぼ完成したとの連絡を受け、ハルとヨシアキは町工場の立ち並ぶ裏通りを足早に歩いていた。

 ナツヒサは工場の前に座り込んで考え事をしていたようだが、ふたりの姿を認めると立ち上がり声をかけた。

「ずいぶん遅かったな、何かあったのか?」

「わるいわるい、遅れてしまって。こいつ歩くの遅くてさ」

「ちょっと待ってよ。遅れたのはヨシアキさんのせいでしょ」

「相変わらずだなヨシアキは。ハルさんもよく来てくれました。ま、どうぞ」

 ナツヒサはふたりを部屋の奥へと招き入れた。

 そこには新しく部屋が作られ、扉には頑丈なロックが取り付けられていた。暗証番号を入れると扉はガチャリと重い音を立てて開き、中には銀色に鈍い金属光沢を放つ球状のカプセルが置かれていた。

 工具や金属の切れ端などが雑然と置かれ、その真ん中にあるこのまん丸な球体は、ここにあること自体が強烈な違和感を感じさせ、こんなところにあってはいけないもののような感じすら与える。ハルはそれを肌で感じ取っていたが、ヨシアキはとくに気にしない様子だった。

「お、これか! とうとう出来たんだな。前に耐久性が足りないとかなんとか言ってたのは、あれは解決したのか?」

「もちろんだ。こっちへ来てくれ」

 ナツヒサはカプセルに歩み寄り、ヨシアキとハルもそれに続いた。

「ハルさん、これ、わかりますか?」

 設計図の段階ではカプセルの表面にはさまざまな凹凸があった覚えがあるが、今ハルが目にしているものの表面はとてもなめらかだった。ナツヒサはおもむろにその表面に指を入れたかと思うと、パリッと音を立てて薄い皮を剥がした、ように見えた。

「カプセルのまわりに何層か殻をかぶせることにしたんだ。一枚一枚はこんな薄いただの金属の膜のように見えるけど、この合金は熱に対して、カプセル本体の半分の耐久性がある。表面の殻が燃え尽きたら次の殻。それが燃え尽きたら次の殻と、これでカプセルが大気圏突入時の摩擦熱で溶けることもなくなり、より確実に地表まで到達することができるというわけだ」

「逆に大気が薄い場合はどうなるんだ? カプセルが開く時の邪魔にはならないのか?」

 ヨシアキが横から割って入ってきた。

「今見せたように、熱に対する耐久性はあるけれど、とても軽いし内側から簡単に外れるように設計したから、その点は問題ない。持ってみるか?」

 ヨシアキがその殻を持ってみると、さらにパリッという音がしてカプセルから完全に外れた。曲線の形は保ったままで、そしてとても軽い。

「カプセルは前方から大気圏に突入する予定だから、前から後ろにかけて、ちょうどカプセルを包むようにこの殻を何枚かはめ込んで覆う予定だ」

 床に置かれたその殻を見てハルが言った。

「こうやって見ると、なんだか花びらが落ちているみたいね。バラの花とかハスの花とか。ねえナツヒサさん、これに色を付けることはできないの? ほんとの花びらみたいにしたらきれいじゃない?」

「色を付けるくらいなら簡単にできますよ。でもぼくにはそんなセンスないから、どんな感じにすればいいかアイデアをもらえませんか? ただ、重量が変わらない程度にする必要があるから淡い色でしか表現できないと思いますけど」

「任せてください。とびっきりきれいなのを考えてくるわ」

「お願いします。えーっと、続けて、この上と下についているのが推進力となるエンジンです。そして、前のこのあたり、黒くなっているところの中にレーダーなどの観測装置が入っています。そんなところかな。他にはとくに面白いものはないから、じゃあ次は中をお見せしましょう。ちょっと危ないのでよけてくださいね」

 ナツヒサはカプセルの後ろに回り、下の方に手をかけると、ハッチをひょいっと持ち上げた。カプセルの内部の3分の1ほどがあらわになった。両側にひとつずつ流線型を描く冬眠装置がある。

「これが冬眠装置です。これはユキトさんがほとんど完成させていました。ここに入っている間は、生命活動は完全に停止するので、いつまででも歳をとることなく眠っていられます。実際には眠るというのともちょっと違うけど、まぁそんなところです。その下には植物の種、そして植物用の栄養が固形の形で詰め込んであります。そして前方にあるごちゃごちゃしたのは各種の計測機器などです」

 ハルとヨシアキはカプセルの中を興味深く覗き込んでいる。

「惑星に着いたらカプセルのハッチを開いて、続けて冬眠装置を解除して蓋を開ける、というところまでプログラムしたけど、ここまででいいんだよな?」

「ああそうだ。あとは冬眠装置から出て来たふたりがひとつになって、植物として生長していくだけだ」

「ふたりがひとつになるって何だ? 植物って言ったか?」

「あれ、話してなかったっけ?」

「カプセルを作れって頼まれただけだから、計画の話はほとんど知らない」

「そうだよな、おれが話さないと知るわけないか。かいつまんで話すと、我々の先祖は植物で、なんと先祖返りできることがわかった。それで、その植物になって新しい星で一からやり直そうという計画だ」

「よくわからないが、そんな計画だとは初耳だ…それでカプセルはああいう作りになってたんだな。そうか…。ん? カプセルに詰め込んだ栄養って、ひょっとして、植物の種のためじゃなくて、ヒトのためなのか?」

「そうだ」

「すみません、今度ちゃんとお話しますね」

「いえいえ、ハルさんが謝らなくてもいいんです。ヒトの食料はどうするんだろうとか、移住計画にしてはいろいろおかしいと思っていたので、これで合点がいきました。でも、なんだかすごい話ですね。それほんとにヒトの話なんですよね?」

「にわかには信じられないでしょうけど。じゃあ話のついでに、でもあんまりヒト前で話すことじゃないんだけど…。栄養は多ければ多いほどいいんだけど、あの…、ヒトが作った栄養よりも、溶けたヒトの方がだんぜんいい栄養になるみたいなんです」

「美人のハルちゃんがそんなこわいことをいうと、どういう反応をしていいのか、なんだか複雑だなぁ」

「ちゃかさないでよ、まじめに言ってるんだから。量もそうだけど、質のいい栄養で早く生長してもらえれば、それだけみんなの生き延びられる可能性が高くなるでしょ。どんな惑星にたどり着くかわからないんだし」

「どうやら栄養もぎりぎりまでカプセルに積み込めるように改良したほうがよさそうですね」

「え? もしできるのならお願いします。あと、植物になるっていうのは選ばれたみんなにはちゃんと伝えてあります。それでもいいというヒトだけが残っているので、決して騙したりはしてません…」

「騙すだなんて、そんなことひとつも疑ってませんよ」

 ハルは過去の嫌な記憶を思い出し、少し取り乱している自分を感じて話題を変えた。

「ところで、カプセルはどの惑星に向けて送り出すの?」

「あ、えっと、過去の探査で惑星の位置はすべて把握しています。といってもたかが半径百光年の範囲ですけどね。惑星の数は全部で1,000万ほどありますが、その中から、砂や岩石があり、水と空気があり、適当な表面温度の惑星を選びました。その結果、今回の計画に適した環境にあるのは、たった数十個にすぎませんでした」

「そんなに少ないの?」

「そうなんです。いかに生命の存在できる惑星が奇跡的かわかりますよね。それで、それぞれのカプセルには、そのピックアップした惑星の座標と公転周期、そしてどういった惑星なのか、例えば空気の組成とか岩石の構成比とか、その他もろもろの情報をインプットしてあります。惑星の近くに行きさえすれば、あとはセンサーを使って自動で目的地に向かってくれるので、間違いなくたどり着くはずです。それぞれの“希望の地”に」

「ただ、そのデータが古いのが難点なんだよな…」

「たまに痛いところを突くなぁ。でも恒星の位置や惑星の軌道が突然変わることはないし、それらの動きを学習し予測するプログラムが入っているから問題ないとは思うけど、何が起きてもおかしくないのが宇宙での常識だっていうからな。けど、予想外のことが起こるのは地上でも同じだ。そこで、いくつかのカプセルはより遠い宇宙に行く計画にもなっているんだよな」

「そうだ。それにあれこれ言ってるとキリがないしな。ところでさっきから気になってたんだが、このエンジンは本物か? 動くのか?」

「もちろん本物だ。燃料を入れさえすれば動くけど、見たいって言ってもここじゃ無理な話だ」

「そりゃそうだ。予備のエンジンもあるのか?」

「ああ、当然だ。だがそっちはもっと危険だ」

「そうだな。他に何か聞いておくことは…と。ハル、何かあるか?」

「わたしはもう大丈夫」

「それじゃ、おれも仕事が残ってるからそろそろ帰るとするか。ナツヒサ、このカプセルはもう取りに越させてもいいのか?」

「さっきの栄養の件もあるし、まだ多少の手直しが必要だから、それが終わったら連絡する」

「わかった、なるべく早めにな。それから…」

 ヨシアキはあらたまった態度になって言った。

「今回はお前のおかげで助かった。ユキトさんが連れ去られて、お前に断られたら、正直なところカプセルはもうできないかと半分諦めていたところだったんだ。計画もそこで頓挫していたかもしれない」

 ハルが意外だという顔をしてヨシアキを見た。

「誰にでも作れるって言ってたのは嘘だったの?」

「そんなこと言ったか? 誰にでもというのは嘘だな。ここまで仕上げられるのはおれが知っている限りでは何人かしかいないだろう。とにかくこうやって完成まで持ってこられて助かった。まだちょっと早いが礼を言っとく。ありがとな」

「お前が礼を言うなんて、らしくないな」

「ま、たまにはいいもんだろ」

「そうだな、言われて悪い気はしないな」

 ヨシアキとナツヒサはお互いしがらみのない学生時代に戻ったように笑い合った。

「わたしからもお礼を言います。ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそやりがいのある仕事ができて光栄です」

「それじゃ、長居するのも悪いし、そろそろ帰るとするか。仕上げ頼んだぞ」

「はいはい。さて、じゃあおれももうひと頑張りするか」

「ナツヒサさん、引き続きよろしくお願いします」

「あ、はい。ハルさんも体に気をつけて頑張ってください」


 ふたりが出ていくと、代わりに近所の工場で金属を加工する音が耳に響いてきた。

『そうだ、おれは物心ついたときから、おやじが金属を叩いて奏でるこの音が好きだったんだ。そして何もないところからいろんなものが出来上がるのを見るのが楽しかった。ただそれだけだったんだな…』

 ナツヒサは自分の息子のように感じ始めたカプセルを見て、そこにハルの描く模様をまとった姿を想像してみた。

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