希望を乗せるもの

「次はヒトを乗せて送り出すカプセルとそれを運ぶ宇宙船の話です。これは技術者のユキトさんからお話ししていただきます。ユキトさんお願いします」

「はい。ユキトです。初めましての方もいらっしゃるようですね。わたしは長らく技術者をやっています。今回の計画に技術責任者として協力することになりました。若い方たちの間にこんな老体が混じってよかったのか恐縮ですが、どうぞよろしくお願いします。おそれではさっそくですが、カプセルの話に入ります。技術的な話になるので、ごく簡単に説明します。まずは設計図をご覧ください」

 スクリーンにはまん丸な形のカプセルの設計図が、前、横、後ろの視点から描かれ、内部がわかるように外側を省略した図も描かれている。

「まず外観ですが、ご覧のようにほぼ完全な球体をしています。この形が一番壊れにくく、大気圏への突入、そして惑星表面への着陸の際にも合理的で都合がいいんです。地面が液体でも個体でも衝撃を最小限にできます。黒い窓のようなものがあるのが前方、ハッチの切れ込みのある方が後ろです。材質はこの惑星にごく普通に存在する金属のラニクストがメインになっています。これほど丈夫で加工しやすい金属は近隣の惑星を見回してみてもとても珍しいものなのですが、幸いこの星には埋蔵量が多く、まだまだたくさんありますので、カプセルの量産は可能です。ただ今回はあまり時間がありませんので、すでに精錬されたものを再加工して使っています。

 このようにカプセルはひじょうにシンプルな作りなので、見た目は多少ちゃちな感じを受けるかもしれませんが、設計上では、これまで作られたどんな宇宙船よりも安全で、壊れることはまずありえません。

 推進力は、頭頂部にひとつと、下部両脇にふたつある計3つのエンジンがすべてです。燃料は極力使わず、恒星の引力を利用して進みます。そのためスピードはあまり出ませんが、目的の惑星には間違いなくたどり着けるよう設計してあります。また万が一のために原子核の反応を応用したエンジン1基を予備で備え付けてあります。

 カプセル全体がレーダーやアンテナのような役割を果たし、その内部にもレーダーや各種観測機器、計測装置が取り付けられ、カプセルの外殻を通してここで得られるデータをもとに進路を補正しながら、すべて自動制御で目的地を探索しそこを目指します。また今回使用した各種プログラム、航行プログラム、姿勢制御プログラム、惑星探索プログラムなどはかなり原始的なものを使いますので、信頼性はとても高く、ソフト面でエラーが出ることはまずありません。

 カプセルの内部は計測機器が前方にまとめて配置され、後方にコールドスリープ用の冬眠装置がお互い向かい合うように左右に並べられます。またその下には植物の種を入れるポッドが置かれ、種は惑星への着陸時にばらまかれるようになっています

 カプセル内部の電力には、宇宙線から得られるエネルギーを変換して使います。そのため、エネルギー不足で計測機器が動かなくなったり、コールドスリープが停止してしまうということもありえません」

 ユキトはひと通り説明を終えると、みんなの方を向いて言った。

「カプセルの設計図はほぼ完成していますが、まだ多少の改良と修正が必要です。設計図を完成させ、原型プロトタイプさえできてしまえば、すぐにでも量産体制に入れます」

 ユキトは手元の端末を操作し、次の話に移った。

「さて、ここからはカプセルを運ぶ宇宙船の話に入ります。周知のことですが、過去の大戦以降、宇宙船はひとつも建造されていません。ましてや、かつてのように恒星間を移動する宇宙船を作るなどという余力も残っていません。ではどうするのか。みなさん、大戦までに使われていた宇宙船がいくつか残っているのをご存知でしょうか」

 誰も身動きせず、ユキトの次の言葉を待っている。

「大半のものは解体されて別のものに形を変えてしまいましたが、再利用する価値のなかったもの、例えばこの写真を見てください」

 スクリーンにはホコリをかぶってところどころ錆びついた一隻の宇宙船が映し出された。とても無骨でシンプルな作りをしているようにみえるが、前に立つヒトと比べるとその大きさがよくわかる。

「これは鉱物運搬用の宇宙船ですが、こういったものが思っていた以上に残されていました。その数ざっと30隻。解体されてパーツに分けられているものや、建造途中のようなものもありますが、もとの宇宙船の姿を保ったまま、しかもかなり丈夫に作られているものもいくつかあります。専用のロケットを作るという案も出ましたが、すでにあるこれらの宇宙船を再利用するのが最も合理的で、また今回は乗り心地などの快適性は求められないので、多少手を加えるだけで、カプセルを宇宙空間まで飛ばすくらいなんてことないでしょう。そしてすでに宇宙船のいくつかは改修作業を始めています」

 スクリーンには先ほどのものと同じように、錆びた宇宙船や、それらを改修している様子が映し出されていた。

「今の時代、宇宙船を実際に飛ばしたことはありませんが、過去のデータは残っていますし、極秘裏に観測用の人工衛星を打ち上げているので、その技術を応用すればほとんど問題ないでしょう。わたしからの説明はざっとこんなところです」

 ヨシアキが後ろを振り向き口を開いた。

「何か質問はありますか? どうですか? よろしいでしょうか。ユキトさん、有難うございました。それでは最後に、今日の話に関して、全体的に何か質問があればお願いします。はいどうぞ」

 縞柄のネクタイをした男が質問する。

「そもそもの話になりますが、いくら遺伝的に同じ種だといっても、今のわれわれとまったく違う姿かたちをした生物を別の惑星で生きながらえさせることに、意味があるのでしょうか」

 ヨシアキが答える。

「先ほどハルさんから話がありましたように、見た目は植物と動物、まったく違いますが、おっしゃるように生物としては同一の遺伝子をもったものです。そのため長い時間と偶然でふたたび今の我々と同じ姿になる可能性はあります。ならない可能性ももちろんあります。そちらのほうが確率としてはだんぜん高いでしょう。ただ、何をもって同じ生物とするかという話もあると思います。環境に適応した結果、そこで生きるのに最適な姿に進化し、その姿が今の我々とかけ離れているからといって、それははたして我々と違う生物なのでしょうか、同じ生物なのでしょうか。これは哲学的な話になってしまうのかもしれませんが、我々と同じ遺伝子をもった生物であり、しかも今の我々に進化する可能性があるなら、今回の計画を遂行する意味はあるのではないかと思っています。また、単に彼らが生きながらえるだけではなく、わたしたちはその先の繁栄まで願っています。ほかに質問があれば…」

 部屋の中は静まり返っていた。よどんだ空気と熱気だけが充満していた。

「ないようでしたら、このあたりで終わりにします。今後はそれぞれの分野の責任者の指示に従ってください。みなさん、今日は長い時間お疲れさまでした。これからそれぞれの現場でご苦労されることと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」

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