049 出会い

 自分がいる位置からそう遠くない位置。

 他と同じく植物に覆われている何の変哲もない壁の奥に、その気配はあった。

 反応は既にかなり大きなものになっていて、これまでの経験からしても間違いなく魔物の気配だ。


 私はその、今までにない異様な気配に、思わず後退り距離をとった。


 ……な、なに?なになに??

 モグラの魔物…?いや虫しかいないからワームとか?

 土を掘って潜る虫ってなんだっけ…??

 あぁ〜虫への知識が浅いぃ〜!!


 鑑定で調べたいところだが、鑑定はハッキリ目視できていないと使えない。

 実際に壁から出てくるまでは鑑定はできないのだ。

 これが透視でも使えれば話は違ったのかもしれないが、ないものねだりをしても意味は無い。


 ここの死骸に釣られて来た…?

 でもなんか、近付いてきたっていうよりそこにいきなり生まれたみたいな感じだったけど…。

 いや、でもとにかく魔物の反応だし、警戒はしないと!


 そうこうしている間にも気配は大きくなっていて、魔力感知で感じる手応え的には私と同程度の大きさのようにも思える。

 一体どこまで大きくなるのかと若干不安になった瞬間、動きはあった。


 魔力の気配の成長がピタリと止んだのだ。

 しかし、その代わりのように、気配のする壁の植物にピシリとヒビがはいる。

 ヒビは、壁を覆う木や枝、草葉に蔓などを無視して、まるで植物の壁を描いた絵に黒い線でも引いたかのようにして一直線に走った。


 その異様すぎる様子に硬直する私だったが、そのヒビはそれだけに留まらず、そのままビシリビシリと範囲を広げ、私がすっぽり収まるのではと言うくらいにまでその大きさを広げると、次の瞬間、まるで口を開くように、あるいは瞼が開くようにしてガパリと穴を開けた。


 ヒビなのに割れずに穴が空くというのはなんとも奇妙なものだったが、問題はそこではない。

 というか私は、そんな事を考えていられる余裕もなかった。

 なぜなら空間そのものに空いたような穴の中にいるに、釘付けになっていたから。


 大きさは、私と同程度。

 まるで子宮の中にいる赤子のように丸まった身体は、僅かに紫色をおびる黒い毛に覆われている。

 両脚には鋭い爪が生え、後ろ足の上からはフサフサと毛の生えた太い尾が伸びる。

 口は長く、閉じられているために牙は見えないが、それ以上に特徴的な尖った耳が目を引いた。


 そう、それは、一匹の獣だった。

 全身を黒い体毛で覆われた、私と同程度の獣。

 ただその、あまりにも見覚えがあるその姿とその登場の仕方に、私は固まっていた。


 ────誰がどう見ても、それは狐だった。






『《シャドウヴァルプス Lv.1

 ステータス

 名前:なし

 魔力:126/126

 体力:322/322

 基礎攻撃力:171

 基礎魔法力:169

 基礎防御力:114

 基礎抵抗力:97

 基礎敏捷力:258

 スキル

 〈魔力感知Lv.1〉〈魔力操作Lv.1〉〈嗅覚強化Lv.3〉〈暗視Lv.2〉〈気配抑制Lv.2〉〈気配察知Lv.1〉〈第六感Lv.1〉〈魔力補充Lv.1〉〈体力回復Lv.1〉〈尖牙Lv.1〉〈尖爪Lv.1〉〈闇魔法Lv.1〉》』


 オイオイマジかよ………。

 …………いや………マジかよ………?


 壁のそば、地面に横たわる黒い狐を見る。

 見た目が似てるだけの別物か、そういう虫の魔物かとも思ったが、あいにくと鑑定結果はそれを全て否定してくれた。


 なんということでしょう、ついに同族発見です。

 ……いや出会い方!!

 ………まさか壁から出てくるとはなぁ…。


 壁に走ったヒビが開いたあと、シャドウヴァルプスというらしい私と同じこの狐の魔物は、固定されていた何かから剥がれるようにずるりと地面に落ちた。


 その後、壁に空いた穴は役目を終えたとばかりに塞がっていき、今ではもう何事も無かったかのように元通りだ。

 目視でも臭いでも魔力感知でも、そこに穴が開いていたような痕跡は感じられなかった。


 シャドウヴァルプスの方はと言うと、穴から落ちて地面に横たわったまま、目を覚まさない。

 鑑定でステータスが表示される辺り死んではいないはずだし、実際呼吸もしているので意識がないだけのようだ。


 ……暖かい…。

 それにしても、壁の穴か。


 黒毛の同族を見つつ、ふと思う。

 最初は戸惑ったが、私はなんとなくこの状況に覚えがあった。

 それというのも、このシャドウヴァルプスちゃんである。


 魔物が壁から出てくる。

 これがモグラなら、まだ壁を掘って進んで来たというので納得できるだろう。まぁヒビの入り方とか色々訳の分からない点はあるが。

 ただ、出てきたのは土魔法すら持っていないレベル1の狐の魔物だ。

 とても、この地下樹海の壁を掘り進めてきたとは考えにくい。


 となると残る可能性は、魔力感知でもそういうふうに感じた通りの、、になるだろう。


 魔物が壁から生まれ出てくる。

 ……まぁ、それほど不思議な事じゃない。というか前世のライトノベルだとポピュラーですらあった。

 ダンジョンの壁から、地面から、魔物が産まれてくる。

 理由は色々だろうが、大抵は魔力から生まれるとかそんなところ。


 これも同じなのではないだろうか。

 壁の開き方もかなりおかしかったし、魔力感知で感じたのは、掘り進めてきたと言うよりも、いきなりその場に生まれたという感じだったし。


 ………で、だ。

 これのどこに覚えがあるのかというと、それは私自身だ。


 あの時は全てにおいて訳が分からなかったのと、特別に不都合というわけでもなかったのでそのまま流してしまっていたが、私は最初この世界で目が覚めたとき、何も無い小さな空間に一人でいた。

 それも、既に成長した姿で。


 普通、転生するなら赤子じゃなかろうか。

 成長してから前世の記憶が蘇ったというのなら、それまでの記憶は消えてしまったのか。

 そうだったとして普通こういうのって綺麗さっぱり消えるものか?

 それに、目が覚める直前、私は落ちるような感覚と衝撃を受けたことを覚えている。


 そのため色々考えた末に結局分からず、その時私が出した結論は"成長してからいきなり記憶が蘇って、その拍子かなにかにそれまでの記憶が消えた"というものだった。

 落下したような感覚に関しては気の所為ということで無視した。


 だが、ことはもっと単純だったのだ。

 その場で生まれて、目が覚めただけ。


 周囲の壁に穴も何もなかったのは、目の前で見た通り。

 落下したような感覚は、穴から出たときのものだった。


 ……つまり、コイツは偶然たまたまこのタイミングでこの場所に生まれて、偶然たまたま私と同じ狐の魔物だったと。

 なんか、親近感湧くなぁ。

 ………渡り者のスキル無いし、同じ転生者とかではないよね?


 魔力から生まれる、ということを仮定して考えれば、ここにある大量の死骸がこの場所の魔力量に何かしら影響を及ぼして……とかそういう可能性も考えられるが、それがどうであれ同じ狐の魔物が生まれたのは間違いなく偶然だと思う。

 凄い奇跡だ。


 この血なまぐさい真っ暗闇の中でようやく会えた同種。

 それを実感する毎に、私の胸に宿る親近感と嬉しさはどんどん大きくなる。

 目が覚めてからこれまで、クソみたいだった前世とおさらばしてファンタジー溢れる新世界で冒険しているこの状況への楽しさと、事ある毎に死にかけることへの必死さであまり気になっていなかったが、実際にこうして間違いなく味方だと思える同種に会えると自分は寂しかったんだなと自覚してしまう。

 これからは二匹で魔物を狩って、一緒に飯が食えると。


 ………嫌われたりしないよね…?

 ご飯ぶんどられたりとか……いや。いや、大丈夫。大丈夫だ。狐だし、転生でもなさそうなんだから人間じゃないし。

 というか私の方が強いし。いじめられたら分からせてやればいいんだ。

 ……なんかそういうのも嫌だな…普通に仲良くしたい……。


 よし、そうなるとあれだな。

 最初の挨拶が肝心だな。相手への印象は第一印象でほぼほぼ決まるって言うし、最初の挨拶はにこやかに、フレンドリーにいこう。


 やっほー☆

 目が覚めた!??

 私あなたと同じ狐のフレアヴァルプス!

 こっちはさっき殺したヘビ。


 ……うーん、なんか違う。

 ちょっとキャピりすぎたか…?

 うーん………。


 ……っていうか、全然目を覚まさないなこの子。

 私はすぐに目が覚めたような気がするんだけど……もしかして、そういう気がしてるだけで私も結構経ってから目が覚めてたのかな。

 この子が遅いだけ?


 ……まぁいいか。

 待ってればそのうち目覚ますでしょ。


 ……あ、そうだ。それだったらこの辺軽く燃やしたり埋めたりして掃除しとくか。目覚めて最初に見るのがこんな腐った死骸の山とか嫌だよねきっと。

 よ〜しそうと決まればちゃっちゃとやっちゃうか〜!!


 決めるが早いがやるが早いか。

 私はそう判断した瞬間には、既に火玉ファイアボールをいくつか生み出して周りに放っていた。

 盛大に燃えても仕方がないので、威力抑えめで、少しずつ燃やす算段である。

 それに加えて土魔法を発動し、死骸を地面に埋めていく。

 どれもこれも、シャドウヴァルプスちゃんが目覚めた時に不快な思いをしないように。

 臭いもどうにかしたいのだが、それは現在考え中である。


 ───このときの私は、突如現れ初めて出会った同種のことで頭がいっぱいだった。

 故に、失念していた。

 少し前まで考えていたことだったのにも関わらず。


 これだけ大量の魔物の死骸がある場所に長く留まることの、危険性を。

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