A03 アルカディア大陸
アルカディア大陸。
周囲を海で囲まれた巨大な大陸で、多数の種族が住み、様々な国がある。
俺の良く知るゲームに、似た世界だ。
この世界には、魔王がいる。
魔王は何千年も前からこの世界に君臨し、"魔族領域"と呼ばれるアルカディア大陸の西側全土を支配している。魔王は多数の魔族を束ねて
人族はそれに抗うために国家間で団結し、大陸中央で魔族による侵攻を押しとどめているらしい。
そして、長年かけて魔族領域について調べ、
人族のあらゆる英傑が集い、この戦いで魔王に王手をかけんと挑んだのだ。
俺はそのときまだ赤子だったので詳細は分からないが、城にある書物によると、人族最強と謳われるような存在が勢ぞろいしてのまさに決戦だったという。
だが、その戦いは結局、人族側の大敗で終わる。
それもただの負けではなく、圧倒的な実力差による虐殺だ。
「12年前の決戦で、連盟軍が
「
リュアレが言う。
そう、人族による大規模侵攻は、多少なりとも押し進められていた戦線の数十万の兵士をたった一撃で消し炭にされたことで止められた。
その時の魔王による攻撃、真っ青で巨大な炎の爆発は、"青い太陽"などと呼ばれて今でも語られているとか。
「あの時、我々人族にもたらされた被害は甚大では表せないほどのものだった。それこそ、自国の軍を維持できなくなる国が出るほどにな。
……だが、魔族はその攻撃以降、連盟軍に対する攻撃をやめ、それどころかまともな侵攻行為すらしなくなった。あれだけ多大な被害を与えたというのに、追い打ちをかけなかったのだ」
「……魔族側にも甚大な被害を与えたから逆侵攻はされなかったと本にはありましたが…」
「あぁ、ヤマトのやつが敵将を一体討ち取っていたな、確か。」
「……」
それって今の俺たちが聞いていい話なのか?
国家機密なのでは?
「なぜ魔王軍は連盟軍を壊滅させるにとどめて追撃してこなかったのか、その仔細な理由は未だ分からん。だが、理由のひとつだと考えられる情報はある」
「……あの、父上。それは俺たちが聞いても良いものなのですか?」
「なんだ、誰かに伝え聞かせるつもりか?」
「そんなつもりはありませんが…」
「ならいいだろう。それに、これはさほど重要なものでもない」
まぁ、ならいいんだろうけど…。
いや、いいのか?王族ならなんだって教えてもらえるもんだとはさすがに思えないぞ?
……まぁ、聞けるっていうなら聞いたほうがいい、か?
「12年前、魔族領域の首都ではクーデターが起きていた。魔族軍の一部による、魔王暗殺を狙ったクーデターがな。
クーデターそのものはすぐに鎮圧されたらしいが、当時の大規模侵攻はその情報を事前に察知し、クーデターによって魔王が首都に釘付けになっているところを狙ったものだった」
「!?」
「…当時、魔王は最前線にいたのでは?」
リュアレの言葉に、俺も同じ疑問を抱いて父上を見る。
魔王は、数千年もの間魔族を統治する存在だ。その実力は計り知れない。
そんな存在に対して魔族領域で暗殺未遂が起きていたことも驚きだが、それ以上に、当時のことを記した本には魔王は最前線にいたと書いてあったはずだ。
所詮は国が編纂した作り物ということか。
「本にはそう書いてあるだろうが、事実は違う。
魔王がやったとされているあの青い太陽も、実際は
そもそもあんな無茶苦茶な攻撃、魔王がやったことにせねば周りが納得せん。
確証もある。当時の連盟の暗部がほぼ全滅してでも掴んだ情報だからな」
「それは……」
数十万の兵士を一瞬で消し炭にできる攻撃。
そんな規模の攻撃を放つことができる存在が、魔王以外にもいる。
人族と魔族は長きにわたって戦争を続けてきた。それは逆に言えば人族と魔族の戦力差が拮抗しているという意味であると思っていたのだが……。
もしかして、そうではないのだろうか。
「俺はな。この12年間で、いや、あるいは12年前の時点ですでに、魔族はこれまでにはない"何か"を手に入れたのではないかと思っている」
「何か……」
「うむ。そしてこの12年間は、この時のための準備期間だったのやもしれん」
魔族が手に入れた何か。
普通に考えれば、強力な味方とかだろうか。
だが、父上は当時クーデターが起きていたと言っていた。魔王の暗殺を企てるとは、それほどまでに民に嫌われるような政治をしているのだろうか。
王城にある魔王に関する資料はどれも言いたい放題で悪魔のように書かれているが、ゲームにおける魔王のことを知っている俺はあまり信じていない。
アルカディア・オンラインでの魔王は、人族の殲滅こそ掲げていたものの、支配下にある存在に対してはかなり優しく手厚い政策を行っていた。魔族領域は、魔王におる独裁であることを除けばかなり平和的な統治が為されていたはずだ。
まぁオープンワールドのゲーム内で圧政のディストピアを作るのは難しいという一面もあったのかもしれないが。
異世界なのだし、こちらの魔王はそうではないのかもしれないが、まぁ、こういう敵が勝手に作った書物はプロパガンダが多分に含まれているものだし、信じないほうがいいだろう。
ただ、だからと言って魔王を持ち上げるような考えをする気もない。
だって、俺も人族だし。真実はどうあれ、死にたくないからな。
「次に魔王軍が攻めてくるのがいつかは、まだわからん。
だが近い将来、数年もしないうちに"くる"と俺は予想している」
「そんなにも早く、ですか?」
「あぁ。そんなに早くだ。
これだけの期間を開けたんだ。もうとっくに準備万端だったとしてもおかしくはないだろう。
……内も、外も含めてな」
リュアレの問いに、父上が頷く。
内も、外も。
……魔族以外の準備ってことか?
…魔王軍のスパイがいるってこと?…いや、まぁ、そりゃいるか。
こっちだってスパイ使ってみるみたいだし、そうだよな。
大丈夫なんだろうか。
「この12年で、青い太陽による被害はおおかた回復できた。
だが、次の戦いはこれまでとは違う規模のものになるだろう」
「ですがお父上、この国は魔族領域から最も遠い場所にあります。
王族として実力を身に着けることに疑問はないのですが、12年前の決戦でも連盟軍の一部として出兵させたのみと聞いていますし、
そう。リュアレの言う通り、俺が王子として生まれたこのアルトリア王国は、大陸の最東端に領土を持つ。領土は広大だが、それでも魔王軍がこの国に到達するまでにはいくつもの国が存在している。
「……そうだな。確かに、
グランバルト帝国、ヤマト帝国。
それぞれがセントラル大山脈を挟んで大陸の北と南に領土を持ち、魔王軍からの侵攻を食い止めるべく戦っている戦争の最前線にある国だ。
「だが、今後はそうとも限らん」
「今後は…?」
「それに、自衛のためにも戦いにおける実力を伸ばすことは大事だ。
アルトリア王家の者が"弱い"とあっては、周りに示しが付かん」
今、あからさまに話を逸らされた気がする。
まぁ、そもそもがなぜ話されているのかよく分からない話だ。
話せない部分があるなら、それは詮索すべきではないのだろう。
少し不安だが。
リュアレもそれを察したのか、今の言葉に対してそれ以上の追及はしなかった。
「お前たちは兄と似て文武どちらにも才がある。
アルトリウスのように強く立派になれるよう、励め」
アルトリウス・ルイス・アルトリア。
アルトリア王国第三王子で、俺の十歳上の兄だ。
武術、魔法ともに優秀で、顔も性格もいい生来のイケメン。
勇者になる資格を持っているとかで、今は他国で修行をしているそうなのだが、俺の憧れの人だ。
こう、なんというか、むず痒くなるくらい主人公って感じなんだよな。
優しいし、幼いときは良く遊んでもらった。
彼のようになれるかはちょっと俺には自信がないが……
でも、憧れで、目標でもある。
言われなくとも、励むつもりだ。
「はい。アル兄は俺の憧れです。そうなれるよう、全力を尽くします」
「私も全霊を尽くします」
「…よし。そろそろ出る時間だろう。行ってこい」
「はい、父上」「行ってまいります、お父上」
色々と不安の残る会話だったが、要するに学園で強くなれってことか。
父上に礼をし、リュアレを連れて部屋を出る。
正直、まだ戦争がどうとかは良く分からない。
いや、実感が湧かないというべきか。
画面越しの殺し合いなら飽きるほど見てきたが、実際に戦争に巻き込まれるかもしれない身になってみると……うん、良く分からないな。
状況は理解できるが、戦争のせの字も体験したことがない日本生まれ日本育ちには、状況を表面的に理解する以上の感覚は湧いてこないようだ。
だが、学園に入って、魔法を学び体を鍛えて強くなる。
これは、今までも思っていたことだし、言われるまでもない。
これまでも、英才教育というのだろうか?多少なりとも勉学の時間はあった。
だが、どうにも物足りなかった。
城の書庫で本を読み漁るほうがよほど有意義に学べる、と思えるほどに。
だから、そんなことは言われるまでもない。
言われずとも、俺は全力で勉強して、自分を鍛えて、強くなるとも。
なんたって俺は、剣と魔法の世界に転生した存在なのだから。
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