其の四・・・あさき夢見し

第18話 それぞれの流儀

 時は流れ、やがて、タケルの作る焼き物や木彫りは椀にしろ湯呑みにしろ、皿から小鉢に至るまで手に馴染んで何とも使い心地がいい、という評判も立つようになりました。そして茶碗や皿の絵付けも、若い娘っ子たちの心をくすぐるようなものをたくさん繰り出すようになり・・・

 そろそろのぞかせ始めた容貌の美しさの片鱗も相まって、タケルは十代半ばにしてもはや村の千両役者とまで噂されるようになっていました。

 タケも美しさにおいては負けていません。なるほど兄妹だと皆思います。二人がそっくりだというわけではないのですが、『美しさ』では同じ程に美しいと思えるのです。書物から学んだ歴史や逸話をもとに、星々にまつわる物語を自分なりに解釈して、タケは言葉に出して語り始めました。文庫の部屋や村の色々な場所で、いつでも気が向けば一人でタケは両手を大きく広げ、天を仰いで語り始めます。タケの語りが始まると、みんな知らせ合って集まってきます。そうして途中から輪に入った誰もが物語が終わると「もう一度始めから」とせがむのです。タケは望まれるまま何度でも繰り返し語りました。語るうち少しずつ物語が変わったり広がっていったりします。それも人々が聞き飽きることのない所以になりました。美しい表情で語るタケは、まさに『お天道様の語り部』とまで噂されました。

 長じるにつれ、タケルはタケの語る星々の物語を器の絵柄に描き出すようになりました。タケはタケで新たに書物を元にしない独自の物語を紡ぎ出すようになり、自分の語る物語を形に残そうと書物に書き上げるようになりました。そしてそれらはタケルのその物語を表した一連の器と共に文庫の部屋に飾られることにもなりました。

 やりたいことは別々ながら、器と書物で一つの形を創り上げることが多くなった二人は、窯場の小屋や文庫の部屋に互いに行き来するようになり、何をする上でもかけがえのない相方になっていきました。もはや『兄妹』だからというのではなく、二人でいるのが当たり前のような感覚になっていました。

 ともあれ、文庫の飾り棚の展示物となったそれらを読み、眺め、手に取ってみたり、タケの語りに夢中になったりして村の子たちはさらに想像の翼を広げていくのでしょう。


 「あに様」

 ある日突然、タケはタケルをそう呼びました。

 「何じゃそれ? いきなり何じゃ? そんなん聞いたこともないぞ」

 タケルは仰天して目を白黒させました。さっきのさっきまで「タケル」と呼び捨てされていたのです。

 「あに様はあに様じゃ。なんか間違うとるか?」 照れもなくいつもの口調で言います。

 タケは気づいていました。いつの間にか自分がタケルを見上げていることに。

 まわりからはずっと兄と妹として扱われてきましたが、特に一緒に作品を作り上げていくようになってタケにとってはそういう位置づけのようなものはあまりピンと来なくなっていました。それなのに、自分がタケルを見上げているというだけで今になってなぜかそう口をついて出てしまったのです。

 「なんか・・・気色わる! 柴刈ってくるわ」

 タケルはブルっと身震いすると外へ出て行きました。柴刈りの道具を取りに家の裏へまわり、カゴを背負ってそのまま山の方へ歩いて行きます。それを見つけた近所の娘っ子が二人、三人と井戸端や近場の小さい畑での用事を放り出してタケルのそばへ寄って行きました。キャッキャと笑い声を立てながらタケルと一緒に歩いて行きます。お見送りをするようです。タケは戸口でそれを見つめていました。

 「今日は・・・鶏鍋じゃ」 そう言うと、囲炉裏のそばで竹カゴを編んでいるおかあを振り返りました。「トリ絞めてくるわ」

 今はもう家のことはほとんどタケとタケルの二人で仕切っています。おとうは「年寄り扱いするな」と言っては一人でだったり近所の村人と連れだったりして渓流へ魚をとりに行きます。今も魚とりに行っているのに、鶏鍋というのも・・・

 「今日は豪勢になるな」 おかあはそれだけ言ってカゴ編みを続けました。

 おかあだけが気づいていました。タケがタケルに『兄』以上の気持ちを持っていることに。『あに様』なんて呼ぶずっと前から。おかあは思っていました。ずっと一緒に育ってきても、つながりのない『血』がそうさせるのか・・・。

 でもまだタケがつながりがないことは知らせていません。双子の兄弟のことも。村の人たちも、何の思い出も関わりもなく去ってしまった者のことをことさらに言おうとはしないし、わざわざ他の者に伝えるようなこともしません。『タケルノカミ』の墓が移されたのも『タケが来た』から、そして二人を兄と妹としたからこそのことでした。今や、村の誰にとっても、タケとタケル自身にとってもふたりは厳然たる兄妹なのです。

 そして、ふたりが思いのほか美しく成長したことも心配のタネでした。長身で体格もそれなりに育ったタケルは、小さいときのまま大きくなったような人柄も相まって、まして小粋な絵皿を作り出すようになって『千両役者』と言われる通り、外を歩けば村の娘っ子達が輪を作ってついてくるという事態になっていました。

 タケはタケで、その『語り部』を演じるときの美しさが圧巻で、若い男たちに散々言い寄られる、という事態になっていました。しかしタケはそんな村の若い衆など鼻にもかけない、まるで兄妹の仲の良さを理由に「タケル一筋」を公言でもしているような蹴散らしぶりでした。それでも「断るための方便じゃ」とばかりに自分がその心を溶かすのだ、とますます熱が上がります。そして歯の浮くような言葉を繰り出してくるのです。タケは二言三言までは黙って聞いていますが、四言目には大抵投げ飛ばします。困ったことに投げ方がうまいらしく、投げられたくて寄ってくる者もいるのです。タケに腕をつかまれるだけでも嬉しいのだとか。金太郎に投げられるクマとはこういう気分か、と。

 ふたりが泣き虫のタケルと斧を振り回すばかりの金太郎タケだったことなど忘れてしまったかのようです。

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