建て続けられる塔

ラーさん

第1話

 土地のガイドの話だと、この荒野に機械によって建て続けられている塔があるという。


「雲が晴れて、塔が見えてきましたね」


 車を運転するガイドがフロントガラスの向こうを指差して言った。後部座席から乗り出すようにその指差す先へと目を凝らすと、荒野に走る一本道のハイウェイの遥か先、地平線に低く立ち込めていた灰色の雲がゆっくりと動いている。この雲の切れ間から降る白い陽射しの中に、私たちの目指す目的地の姿が見えた。


「おお……、壮観だな」


 塔だ。雲よりも遥かに高く空へと伸びる塔だ。陽光の反射にキラキラと白く煌びやかに輝くこの塔は、ハイウェイ以外に目につくものといえば砂礫と灌木と点々と転がる鉄屑のようなスクラップ片ぐらいしかない無人の荒野に異質の存在感でもって聳えていた。


「世界最古の文献にも記録のある塔です。ある学者の説によれば数万年前から存在していた可能性もあるとか」

「壮観な上に壮大な話だ」


 ガイドの説明を聞きながら、私はこの塔の古さ以上に特筆する特質性に思いを馳せていた。


「建設もその頃から?」

「そう唱える学者もいれば、機械が後からやって来たと主張する学者もいます」


 ガイドは私の質問に笑ってそう答えた。つまり「わからない」ということだ。私は「ふむ」と鼻を鳴らし、目をすがめて地平線にキラキラと光る塔を見据えた。


「まったく謎の塔だな」

「まったくですが、その謎が人を惹きつけ人を集める。私たちにとってはありがたい謎です」


 この塔は、およそ有史以来、現在に至るまで延々と建設中であり、そしてその建設作業が、どこから現れたかいつから存在するかもわからない謎の自動機械群の手によって続けられていることで有名な塔だった。ヒト型、クモ型、ムカデ型、クラゲ型等々、様々な形状を持つ建設作業用自動機械群は、なんでも保守機能を持つ多腕ヒト型自動機械のメンテナンスを受けて、部品交換などの修理により、最低でも文献記録が残る五千年前より以前から延々と稼働し続けているらしい。

 建設作業用の自動機械どころか二足歩行のヒト型機械すら実用化されていない現代の技術水準から見ても明らかにオーバーテクノロジーなこの機械群が、古代から連綿と存在し続けていることも謎であったが、それよりも大きな謎とされるのがこの塔の存在そのものであった。

 誰が建て始めたものなのか、なぜ建設が最低でも五千年、もしかすれば数万年間、断念されずに続いているのか、そもそも完成するものなのか、完成したらどうなるのか――どこから何を考えてみても謎しか出てこない、ただ存在するから存在するというトートロジー的説明以外に存在の説明ができない絶対的な謎であった。この謎の究明に人類は自らの歴史の始まりとともに挑戦し、幾多の人々が数多の推論から数々の神話、伝説を生み出した。その探求はときには神秘と崇敬に結び付いて信仰の対象となって宗教を生み出し、またあるときは理解できないものに対する畏怖と排除に結び付き、危険性を唱えられて破壊の対象となった時代もあったという。

 そして現代では学術の研究対象とされ、自動機械群に特に人間に対する脅威のないことが証明されると、この塔の壮観な風景と浪漫ある謎は、不毛な荒野が広がる経済的に貧しいこの地方に、外から私のような物見遊山の観光客を惹き付ける貴重な観光資源として活用されるようになったのだった。


「塔は見えたが、あとどのくらいかかるのかね?」

「あと二時間くらいでしょうかね。ひと眠りすればちょうどいいくらいですよ」

「うむ。悪いが少し眠らせてもらうよ」


 私はそう告げて座席にもたれ、目を瞑って車の振動に身を委ねる。ここまでの長旅の疲れにうつらうつらとし始めた頃、平坦で単調な道の運転に話す相手もなく無聊だったのだろうガイドが付けたラジオから流れる曲が耳に届いた。


  ――どこまでも続く

  その道はいつまでもひとつ

  変わらない場所へと続く

  それは日の下の労働のときでも

  それは月の下の休息のときでも

  夢をトンネルのように抜けて

  あの場所へと続く――


 この地方の音楽か、歌詞は現地の言葉で意味はところどころしかわからないが、どこか郷愁を感じさせる独特のテンポの音律を持つ歌だった。


  ――永遠の営みがあるのなら

  人生もそのひとつなのだろうか

  僕たちは生まれた

  どれだけ怠惰にゆっくりと歩こうと

  どこまで勤勉に必死になって走ろうと

  景色はエンドロールのように流れ

  あの場所へと辿り着く――


 男性の低く少し掠れた歌声は、どこか後ろ髪を引くような哀切の響きを奏でるギターの音とともに走っていく。


  ――教えてくれ意味を

  人生は無駄でなかったと

  教えておくれ

  誰にもこうしろと言われずに生まれた

  僕たちの自由な人生に

  見つけ出した輝きに

  意味があったと教えておくれ――


 それは魂が叫ぶような歌声で、


  ――互いを知らない僕と君が生まれて

  互いを知らない僕と君が出会い

  同じ道を歩いたことに

  意味があったと教えておくれ――


 それは祈りのような歌声で、


  ――人が生まれ死に

  永遠に繰り返されるこの営みに

  どこまでも続くこの道に

  意味があると教えておくれ――


 それは神に願うような歌声だった。


  ――教えてくれ意味を

  人生は無駄でなかったと

  教えておくれ――


 この土地の言葉はいくつかわかる程度でしかない私には、何かを「教えて」と繰り返している程度にしか歌詞の意味を聞き取れなかったが、この何度も重ねられるフレーズは私の耳に切々と、けれど健やかに響き、ゆっくりと私を心地よい眠りへと誘っていった。


  ――教えてくれ意味を

  教えておくれ

  教えてくれ意味を

  教えておくれ――


 目覚めれば塔へ着く。まどろみにそう思いながら、私の意識は眠りの淵へと沈んでいった。


  ――教えておくれ――

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