VR

@me262

第1話

 ゲーム製作の仕事をしている大学時代からの友人が、最近流行りのVR対応ゲームの開発モニターを頼んできた。

 ゲームなど、仕事に追われてここ数年はやっていない。何故そんな自分にモニターを依頼するのか?その疑問に、今回は渾身の自信作なので一般人にも販売を拡げたい。是非ともお前の様な素人の感想を聞きたいと彼は答えた。次回に会う時の飲み代と引き換えに私は承諾した。

 その後、私のアパートにゲーム機と共にテストディスクとマニュアル、VR用のゴーグル、イヤホンとスティックが送られて来た。見慣れない機器を珍しげに手に取り、私は次の休日にモニターをやる事にした。

 果たして当日。外では結構な雨が降り、家でゲームをやるには丁度良い。私は昼食後、マニュアル通りにゲーム機へデバイスを接続した。ディスクを起動してゴーグルを頭部に装着、スティックを両手に握るとゲームが始まる。

 眼前に広がる、緑溢れる草原を見て、私は息を飲んだ。近頃のゲーム画面の質の高さは驚異的で、まるで本物だ。

 確かオープンワールドの探索型RPGの筈。ソファーに座った私はスティックを使って片っ端からゲーム世界を移動した。宝を守るモンスターを剣や魔法で倒し、財宝を手に入れる内に少年の様に夢中になっていく。

 なかなか面白いじゃないか。

 そう思った時、ゲームのBGMに紛れて雷鳴の様な音が聞こえた。その瞬間、画面が大きく乱れてデジタルノイズで一杯になる。少し慌てたが、直ぐに復帰した。

 その画面を見て私は面食らった。

 先程までの草原が、一面赤い砂漠に変わっている。BGMも消えていた。

 これはバグだな。あいつに報告しないと。

 そう思いながら進んでいると、前方に洞窟が見えてきた。中に何か居る。この場所特有のモンスターだろう。待ち構える私の前にそいつらは現れた。

 人間よりも小柄な体躯の、痩せたコアラみたいな頭を持つ奴らが数匹、洞窟を出ると何かに警戒する様な仕草で辺りを見渡し、そして私に気付いた。

 それは今まで登場したファンタジー色の強いモンスター達と比べると地味で、小さく、ひ弱そうで、ゲームの雰囲気には全く合わない姿だったが、妙に生々しく、何とも言えない嫌悪感を抱かせた。

 コアラもどき達はゆっくりとこちらに近付いてくる。さっさと片付けようと思いながら、私は先頭のモンスターを剣で凪払った。

 効かなかった。

 剣先は陽炎の様に薄くなり、相手の身体を手応えなくすり抜ける。今までとは違う反応に私はぎくりとしながら再三剣を振るうが無駄だった。縦長の瞳孔をぎらつかせたコアラもどきが獰猛な唸り声と共に汚く細い、しかし明らかに鋭利な爪先を持つ手を私の喉元に伸ばしてきた。

「うわあっ!」

 余りにも現実的で緊迫した状況のせいで、私は咄嗟にスティックを離した両手でゴーグルを取り外し、投げ捨てた。

 アパートの部屋の中だった。ソファーの上で荒い息を吐きながら、私の心臓は早鐘を打っている。額には大量の汗が浮かんでいた。外は既に夜になっている。そんなに長くゲームをやっていた覚えはなかった。

 部屋の片隅に転がっているゴーグルをそのままに、モニター作業を止め、シャワーを浴びて早々に眠った。

 翌日、時間を見計らって会社に居る友人へ電話をかけた。

「モニターの結果だ。文句も兼ねている。途中で酷いバグがあった。あれを直さないと売り物にはならないぞ。まるでホラーゲームだ」

 私が経験した詳細を伝えると、友人はしきりに不思議がっていた。

『おかしいな。そんな初歩的なバグが残っているなんて。お前の言う攻撃が効かないモンスターも俺は知らない。誰かがイタズラで隠しステージを入れたのかな。とにかくありがとう。夜遅くまでモニターしてくれたんだから、次に飲む時はおごるよ』

「いや、モニターは昼過ぎから始めた。いつの間にか夜になっていたが、そんなに遅い時間じゃない」

 相手の声が訝しくなる。

『昼間?お前、予備電源持っているのか?』

「え、そんな物はないけど」

『昨日お前の家の近くで落雷があって、その辺りは昼間から夜まで停電だったぞ。ニュース見ていないのか?』


 私は借り物一式を友人に送り返した。数ヶ月後に例のゲームは発売され、かなりの反響だ。友人が初ロットの製品をプレゼントしてくれたが、私は一度も使っていない。今後ゲームはやらないだろう。VR物は絶対にやらない。

 あの時、遠雷の音が聞こえてから停電したのなら、私はどうしてゲームを続けていられたのだろう。私が見た、あの砂漠と、そこに棲むコアラもどき達は一体何だったのか。あの時は動転していたので気付かなかったが、今更思い出した事がある。

 あのコアラもどきが私に近寄って、汚れた手で掴みかかろうとした時、獣独特の生臭い息を感じた。

 いくら最新のVRと言えども、あの嫌な臭いまで再現出来る訳がない。元々そんな仕様のゲームではないのだ。まして、私の頬に相手の息が当たる感触まで。ゴーグルもイヤホンも、そんな所を覆ってはいないのだから。

 最近は誰かの視線を頻繁に感じる。自分だけの部屋に居ても何かに見られている気がする。

 どうしてこんな事になってしまったのか。落雷の瞬間、あのVRは、それを使っていた私の脳は、ここではない何処かに繋がってしまったのか。そしてその繋がりは今も続いているというのか。

 今夜も眠らなければならない。私は鋭い目付きで辺りの様子を窺いながら、護身用のナイフを握り締めてベッドに入るのだった。あの生臭い、獣独特の息が、いつ蘇って来るのかわからないからだ。

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