↓第47話 音をたてて崩れる世界

 扉の奥からゆららが現れる。

 端末に鑑識からの報告を表示させ、アンヘルが「黒」だということを迷子に伝えた。


「どうです教授。これでもまだ言い逃れするつもりですか?」


 アンヘル――もといダリー教授は、「ぐぐ……」と口の端を歪ませ迷子を睨む。

 一方でソルは思わず立ち上がり、車椅子のところへ駆け寄った。


「ビリー! ビリーなのか!? 本物なのか!?」


「ごめんなさい親方。心配かけちゃって……」


 ソルはビリーの脚を見ると、


「なにもいうな。幽霊じゃない、それだけで充分だ……」


 彼女の手を固く握った。


「どういうことじゃ!? ほんとに生き返ったのか!?」カミールは状況が呑み込めていないようで、混乱する。


 他のみんなも、似たような反応をみせた。


「なんで……どうしておまえが……」


 ダリーは信じられないといった表情で後退る。

 無理もない。自分が葬った相手が目の前にいるのだから。


「さきほど言ったように、ビリーさんは保険を用意しておいたんです。教授が殺人ウイルスを開発しているのなら、それに対抗する抗体が必要だと。エリーザさんの力を借り、密かにアンチウイルスの開発を進めていたんです」


 車椅子からゆっくり立ち上がり、ビリーがポケットから赤い液体の入ったアンプルを取り出す。


「これがエリーザに運んでもらったサンプルです。まだ試験段階ですが、それなりの効果が期待できます。あらかじめ手を打っておいて正解でした」


「バカな……私の研究は完璧な……ハズ」


 ダリーは否定するように首を振る。もう諦めたのか、自分が犯人であることを隠すつもりはないらしい。

 自分のつくった殺人兵器が、教え子の手によって阻止された瞬間だ。


「ダリー教授、あなたの計画は失敗です。一族の意志にとらわれないで、おとなしく自首してください!」


 迷子の言葉に、しかしダリーは不敵な笑みを浮かべる。


「クックックッ……」


「どうしました? まだ悪あがきをするつもりですか?」


「メイコさん、あなたは一つだけ間違っている。私は羊を処分するためにミイラをばら撒いたのではありません。『人々の恐怖を生み出す』ためにバラ撒いたんですよ」


「恐怖?」


「計画はもう、最終段階ですッ!」


 窓が風でガタガタ揺れる。

 灰色の雲が星を隠す。ダリーの背後で雷鳴が轟き、空に閃光が走った。


「ご存知でしょう、吸血鬼の伝説を。『400年の時を経て、暁月の夜に王がよみがえる』と。今夜です。今夜、吸血鬼の王がよみがえるのですッ!」


 ダリーはなにかに取り憑かれたように、上半身がゆらゆら揺れる。


「この大地には『わるいもの』がはびこっています。それが強大な力を得て、大地に災いをもたらすのですッ! 人々の恐怖が、それをさらに強大なものへと昇華させるのですよッ!」


 その様子を見ていたウェルモンドが、なにかを察したように立ち上がり、立てかけてあった棺桶サイズの工具箱を手に取る。

 ダリーの首がだらんと垂れて、操り人形のように身体がカクカクと揺れていた。


「クックックッ、時間ですッ! さぁ、『わるいもの』よ! 再び私に力を与えるのですッ!」


 するとダリーの身体から、不穏なオーラのようなものが出る。

 黒い燐光の波は、彼を侵食するかのように全身にまとわりついた。


「――みんな、離れろッ!」


 と、咄嗟にウェルモンドが工具箱から取り出した銀の杭を投げる。

 それは確実にダリーの心臓を狙っていたが、彼は霧のように消えてしまう。

 みんなが視線をさまよわせていると、踊り場に立つダリーを発見した。

 ステンドグラスを背に、勝ち誇ったような笑みを湛える。


「クックックッ。さぁ、新たな時代のはじまりですッ! 人間が滅び、吸血鬼が世界を席巻するときがきたのですッ!」


 両腕を広げた彼の背中からは、禍々しい悪魔のような羽が生えた。

 漆黒の闇が身体を包み、顔や身体の形を変えていく。

 その姿はアンヘルでもダリーでもない。

 かつて謀反を起こし、ブラッディティアーで人間を滅ぼそうとした張本人、『ゼノ・ザーフィル』その人だった。


「ワシは……夢を見ているのか?」


 目を擦るソルの横で、「ああ。悪夢だがな」と奥歯を軋ませるウェルモンド。

 眉間にシワを寄せ、再び銀の杭を投擲とうてきする。

 しかしダリー――もといゼノは、ステンドグラスをぶち破り、雷鳴とどろく漆黒の空へと飛翔した。

 その羽をはばたかせ、高笑いと共に上空へと舞い上がる。


「逃がすかッ!!」


 ウェルモンドは首に下げていたアクセサリを外すと、工具箱の溝にはめ込む。

 すると蒸気のような煙が噴出され、箱の底からなにかが飛び出した。


「……あれは――」


 カミールは見覚えがあった。

 彼の背丈を越える巨大な銀の刀身。

 その実態は、強力な光線を放つことができる未知の銃器。


『シルバーソード』。


 夢で見た戦士――『ダリウス・ウェルモンド』の愛器。

 ヴァンパイアハンターの血を受け継ぐトリガー・ウェルモンドは、軽々と相棒を手に取ると、一目散に逃げたゼノを追いかける。


 迷子たちも遅れまいと、急いで夜の闇へと飛び込んだ――

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