↓第46話 いったいどういうことです?

 あたりは混乱に包まれる。

 迷子はアンヘルのことを、ダリー教授と言い切ったからだ。


「ん~……ダリーって?」うららが虚空を見上げながら考える。


「それって、ビリーがおった大学の先生じゃろ?」カミールが横から補足する。


「はい。ブラッディティアーの研究者で、現在は死亡しています」


 そう言う迷子に、


「じゃあおかしいじゃろ、幽霊じゃあるまし」


 カミールが当たり前のことを指摘した。

 続いてソルも、


「それに顔が違う。ワシはビリーからラボの映像を見せてもらったからな。教授はもっと老けてたぞ」


 そんなことをつけ加えた。


「整形したんです」という迷子の言葉に、周りの動揺がさらに広がる。


「ダリー教授が焼身自殺を図ったとき、橋の上から落ちたそうですね。ですが前日の雨で川は増水し、死体は発見されなかったそうです」


「でも迷子、その橋ってすっげぇ高いんだろ? 落ちたら助からないんじゃあ――」


「そうですうららん。なので影武者を使ったんです」


「身代わりを?」


「はい。当時教授は、実験の過程で思わぬ副産物を開発してしまいました。依存性の高いドラッグです。それを裏で売り捌き、お金を稼いでいたんです」


 みんなはその話に耳を傾けている。


「その中毒者に火を点け、橋の上で暴れさせたんです。目撃者はビリーさんと近くにいた人たち。混乱に乗じてその影武者を落としたあと、ビリーさんに「教授が死んだ」と供述させたのです」


「……」


「その時期は資金の援助が絶ち、大学でブラッディティアーの研究ができなくなっていました。さらにドラッグの噂が学生間で広まり、教授との関連性を疑われます。身を案じた彼は日本を去り、裏ルートで顔面と声帯の手術をほどこしたんです」


「はは……メイコさんは作り話が上手だ」アンヘルは口角を歪める。


「第二の人生をスタートさせた教授は、この地に移住します。前任の神父を殺したあと教会を乗っ取り、古書の記述をもとに、地下室で再びブラッディティアーの研究を再開したんです」


 するとソルが、「ほんとにそうなのか? にわかには信じられんが……そもそもなんでビリーは犯罪に協力する必要が?」疑問を投げる。


「ゆららんに調べてもらったところ、ビリーさんは幼いころに両親を亡くしているそうです。その後、施設に引き取られたんですが、ダリー教授が家族として迎え入れるかたちになっています」


「教授が育ての親? そんなことは一言も……」


「ソルさんにも話していなかったんですね。まぁ、デリケートな話題ですから。ちなみに籍は入れなかったようで、ビリーさんは「ブロートン」の性を名乗っていたようです」


「つまりアホ毛、教授に協力したのは恩を返すためだと?」


「いいえカミらん。おそらく脅されていたんだと思います」


「脅迫? なんでそんなことするんじゃ?」


「ダリー教授はビリーさんを育て、大学まで行かせました。ですがそこに愛情はありません。真の目的はブラッディティアーの研究をさせること。そしてビリーさんの実家にあった、『研究日誌』を奪うことです」


 ウェルモンドや執事たちは、黙って迷子の話を聞く。

 アンヘルは少しずつ、顔の表情が強張っているように見えた。


「ビリーさんのご先祖は、ウイルスを医療のために活かそうと研究していたんです。ゼノ・ザーフィルの日誌に出てくるお弟子さんが、おそらくそれでしょう」


 迷子は端末で写した画像を見せる。

『ハリー・ブロートン』の名前がそこにあった。

 ゼノ・ザーフィルの死後、土地を離れて独自に研究を続けていたと思われる。


「教授を裏切れば、ビリーさんは居場所を失います。場合によっては、周りの人に危害を加える可能性もあったでしょう。なにも言わなければ今まで通りの生活が送れるんです。なにより研究を続けることができたんですから」


「だが、そんな日常に耐えれなくなったんだな?」ソルの一言に迷子はうなずく。


「はい。だからすべて告白しようとしたんでしょう。みなさんにメッセージを送ったのはそのためかと。しかし、その思惑に気づいた教授は、ビリーさんの口を封じます。ウイルスを注射して、小川に運んだんです」


「あんたが……ビリーを……」


 ソルの手が震えるが、ウェルモンドが冷静に手で制する。

 そしてまばたき一つせず、アンヘルをじっと睨みつけていた。


「まってくださいメイコさん。羊の次は殺人ですか? ドラッグに整形やら、私がそのダリー教授だと? すべてあなたの妄想ですよね?」


「その呼び方ですよ」


「は?」


「ビリーさんの部屋で大学時代の映像を観ました。教授は生徒のことを「くん付け」で呼んでいたんです」


「君……」


「日本の大学では見かける光景ですね。あなたはわたしのことを「メイコさん」と呼びますが、ビリーさんのことは「ビリー君」と呼びます。だからラボの癖が抜けていないんだと予想したんです」


「でも迷子、ビリーっちは男だぜ? 「君」で呼ぶのはあたりまえじゃあ――」


「うららん、ビリーさんは女性ですよ」


「!!?」


「わたしもゆららんから聞くまで気付きませんでした。彼女は中性的なルックスで、自分のことをボクと呼びますし」


「え……みんな知ってたの?」


 うららが周りを見ると、「もちろん知っていた」というような表情が返ってくる。

 気付いていなかったのは、迷子とゆらら、そしてうららの三人だけだったようだ。


「そんな些細なきっかけから、教授とビリーさんの繋がりを辿っていったんです。そして殺害については、「とある違和感」をもとに教授に当たりをつけました」


「私に、違和感?」


「城でカミらんを捜したときを思い出してください。ニオイがしたんですよ。教授の近くを通り過ぎたときに、煙のようなニオイが。あれは動物よけの忌避剤によるものですね。森によく行く教授なら、持っていても不思議じゃありません」


「だからなんだというんです?」


「ビリーさんの近くには羊のダンがいます。ニオイを覚えられると犯行の邪魔になりますから、殺害を円滑に進めるために、あらかじめ服に仕込んでおいたんです」


 迷子はさらにこう続けた。


「そのあとカミらんを捜すていで城のキッチンに行き、香辛料を触ったんです。ニンニクの成分なども忌避剤に使われますし、こうして服のニオイをごまかしつつ、ダンの嗅覚を欺くことに成功したんです」


「そういや夕食の準備が途中だったな……」うららは思い出す。キッチンには確かに香辛料が置かれてあった。


「ははは、ニオイだけで私を疑うのですか? 殺害したというのなら、もっと明確な証拠を見せてくださいよ」


「そうですね。なら、これならどうです?」


 迷子は食堂の入り口まで移動して、大きな扉の前で立ち止まる。


「この件に関しては、ビリーさんが保険を用意していました。犯罪に加担している以上、自分の身になにが起こるかわかりません。教授に関する資料や身代わり殺人の記録、そして『自分が殺されるところを隠し撮りした映像』を残していたんです」


「は?」


「ばっちり映ってましたよ。小屋に端末を仕掛けておいたみたいで、『ビリーさんが死んだあとで』わたしに教えてくれました」


「死んだあとって……頭がおかしくなりましたか? じゃあ、あなたは幽霊と話しをしたとでも? ふざけるのもいいかげんにしてください!」


「ふざけてなんかいませんよ? 幽霊というよりミイラというほうが正しいでしょうか? だってブラッディティアーを打たれたんですから」


「メイコさん、あなたはさっきからなにを言って――」


「本人に直接聞いてみたらどうです? それが一番の証拠でしょうから」


 そう言って迷子は、真鍮しんちゅうのハンドルにゆっくり手をかける。

 食堂の入り口が、ギギギと音を立てた。


「……おまえは……」


 アンヘルの目が丸く見開かれる。

 そこには二人の人物がいた。

 誰も見間違えるはずがない。

 一人はだらんと垂れた前髪。もう一人は腰の下まで伸びた赤髪を結った女性。

 

 車椅子に座ったビリーと、静かに寄り添うエリーザがそこに佇んでいた――

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