才城迷子のカタルシス☆帳 ~暁月の吸血姫~

水原蔵人

↓第1話 こよいのあかつき(プロローグ1)

 ぜんぶ燃えた。真っ赤に燃えた。

 草も木も森も。大蛇のように暴れる炎が、街や村を飲み込こんで灰に変えていく。

 逃げ惑う人々。

 飛び交う悲鳴。

 そんな中、吸血鬼の女性が瀕死の男を抱きかかえて呼びかけた。


「おい! しっかりしろ! おい!」


「メリーダ……僕はもう……」


「あきらめるな! 夢をかなえるんだろ!?」


「……メリーダ……」


 彼は彼女の恋人だった。

 男は薄く微笑むと、最後の力を振り絞り、彼女の頬をそっと撫でる。


「……――」


 そして冷たくなった手が、だらんと垂れて静かになる。

 メリーダと呼ばれた女性は、何度も彼の名を叫び続けた。


「これはメリーダ様。ここにおいででしたか」


 そんな彼女の背後から、聞き覚えのある声がする。

 ローブをめくり顔をあらわにしたのは、吸血鬼の男性だ。

 片眼鏡(モノクル)の奥の瞳が、鈍い輝きを放っている。

 さらに大剣を持った従者の影が、その後ろにわらわらと揺らめいていた。


「ゼノ! 今までなにをしていたッ!」


「これはこれは、住人を避難させていたのですよ」


「ウソをつけッ! この火事も全部おまえの仕業だな!」


「人聞きの悪い。なにを根拠にそのようなことを」


「これを見てもまだシラを切るつもりかッ!」


 恋人を抱えたまま、メリーダは一枚の紙切れを出す。

 そこには放火を指示する旨の密命が記されていた。

 まぎれもないゼノの筆致。

 これは彼が裏で謀反を企てていた何よりの証拠だった。


「クックックッなるほど、さすがはメリーダ様。すべてお見通しというわけですね」


「人間は……われたちは共存できたハズだ! それを……それを……ッ!」


 語気を強めるメリーダに、しかしゼノは落ち着いた様子で喋りはじめた。


「ムダなのですよ」


「!?」


「我々は違う生き物。共に生きることはできません」


 ゼノの後ろに整列した従者たちが、一斉に剣を抜く。

 メリーダは奥歯を噛み締めた。


「キっ……キサマぁ……ッッ!」


「クックックッ、ご安心ください。吸血鬼の王は名誉の死を遂げるのです。『ブラッディティアー』を完成させたあかつきには、かならず一族を繁栄させることを誓いますので」


 その言葉を合図に、従者たちはゆっくりと前進する。

 まわりは炎に囲まれて、逃げ場は……ない。


「それではごきげんよう。生まれ変わったら、また、どこかで」


 ゼノがスッっと手を振り下ろすと、従者たちがメリーダの周りを囲み、一斉に大剣を振り下ろした。


 ――が、次の瞬間。


 その刃先から炎がほとばしる。

 業火は獣のように喰らいつき、悶える従者たちを離さない。


「なっ……なにィ……ッ!?」


 次々と灰になる従者たちを前に、ゼノはたじろぎ息を呑む。

 ふと向けた視線の先で、メリーダがゆっくりと立ち上がった。

 その赤く光る双眸そうぼうが、こちらを向いている。


「おまえは一線を越えてしまった――」


 そう言って細い指先を掲げるメリーダ。

 すると周囲で、燃え盛る炎が咆哮を轟かせるように火柱をあげた。


「血の涙を流すがいいッ!!」


 その言葉と同時、彼女は指先を突き出す。

 途端、ゼノは瞬く間に炎に包まれ、灼熱の地獄にさらされた。


「グアあああァァァアアアああぁぁぁァァッッ!!」


 必死に炎を振り払おうともがくが、逃れることはできない。

 激痛と苦しみを味わいながら、彼の身体は徐々に動かなくなっていった。


「ここで……ここで終わってなるものかァ……ッ!!」


 炭になる指先を眺めながら、なんとか言葉を振り絞るゼノ。

 やがて目から血の涙を流すと、


「わ、私はッ……私は……か、な、ら、ず、よ、み、が、え……るッ……ッッ!!」


 顔を苦痛に歪めて消えていった。


「…………」


 炎は依然として燃え続けたが、あたりは水を打ったように静かだった。

 メリーダは冷たくなった恋人の前でしゃがみ、夜空に浮かぶ暁月を眺める。

 そっと自分のお腹を撫で、一筋の流れ星に手を伸ばした。


、我は……我は間違っていたのか?」


 城の外壁が崩れはじめたのは、それからまもなくしてのことだった。

 村や街が全焼したのはそれから3日後のことで、雨が降ったあとの濃い霧が、あたり一面に立ち込めた。


「…………」


 このとき。

 事の一部始終を見ていた『一人の青年』が、分厚い研究日誌を持ってこの地を離れる。


 同時にその様子を静観していた二羽のカラスが、夜空に昇る大きな暁月に飛び立った――

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