第2話 騎士団での聴取

 ギザギザ頭の黒髪がジルで、さらりとした茶髪がエバンだな。分かりやすい特徴で助かる。


 ジルが馬の手綱を操り、馬車が暗闇の森林を駆ける。


 俺とエバンは互いに向き合って座っていた。


「えっと、ユグさん」


「さん、なんて付けなくていいぞ。ユグでいい」


「そっか。じゃあユグで。早速で申し訳ないんだけど、どうしてあんな所に?」


 もっともな質問だな。誰かに攫われたならまだしも、あの場にいたのは俺だけだった。


 だが、縄で縛られていたのはなぜだ?


 あの場に誰かいたということだろうか。

 うーむ……考えても仕方ないか。


「質問で返すようで悪いが、エバン達はなぜあの場に?」


「そうだね。普通はこんな夜にクエストが出ることなんてないんだけど、ギルドから緊急で出てね。山奥の調査なのに、報酬が相場よりも高かったから、それで来てみたら燃えていて、ユグがいたって感じかな」


「そうか……」


 ふむ……エバンの話に嘘はなさそうだ。

 となると、俺のことをどう説明するかだ。


 多少疑われても致し方なし、そうたかをくくろう。


「俺の方だが、分からないんだ。目を覚ますとあの場で縛られていたんだ」


「……目を覚ます前のことは?」


「すまない……それも記憶がない。どっかで生まれて生きてきたのは分かるんだが」


 そんな当たり前のことを言って何になると、自分でも思うが、これが精一杯の解答だ。もとが神なんだからな。


「……正直怪しいところは否めないけど、何も悪いことをしていたわけじゃない。どっちかと言うと被害者だからね。そこについてはこれ以上追求しないよ」


「……ありがとう、そうしてくれると助かる」


 そうこう会話を続けていると、御者を務めるジルが前を向いたまま口を開く。


「そろそろ都市が見えてくるぜ。にしてもユグさぁ、身分証は持ってんの?」


「あ、そうだ。そうだよユグ、職業登録済みの身分証ないと都市には入れないかもしれない」


「え、それは困るな」


「持ってないんだよね?」


「ああ。職業登録やら身分証やらさっぱり分からん」


 そう言うと、エバンは頭を抱える。

 この様子から察するに、だいぶ深刻だな。


 さて、どうするか……?


「ちなみに、入都できない以外に何かペナルティとかはあるのか?」


「……いや、いきなり牢屋にぶち込まれることはないと思う。ただ、騎士団の判断次第ではどうなるか……」


「仕方ない、もともと怪しさだらけなんだ。即刻牢屋行きの可能性が低いなら、こっちも安心できる」


 今の俺は自衛手段がない。せいぜい下の布切れを取っ払って、目を背けさせることしかできない。理不尽な対応をされるよりも、規則に則った対応をしてくれる方がいい。

 

 俺の言葉を聞いて、エバンは若干歯痒い表情になったが、俺の意思を尊重してくれた。

 それから少しして馬車の揺れがだんだん小刻みになってきた。どうやら、山道から整備された道に入ったようだ。


 そこからは早く、あっという間に都市の入出門へ辿りついた。


 門の両脇を金属製の全身鎧を着けた騎士が固め、都市に入ろうとする者をチェックしている。

 エバンやジルの言っていたとおり、簡単に入都できる感じじゃない。


「次の者!! 」


 エバンとジルは馬車から下り、近付いてきた騎士に身分証と思われるプレートを見せていた。一人数十秒ほどで確認が終わり、俺の番がやってきた。


「よし。次……ってあんた、追剥にでもあったのか?」


「いや、生まれた時からこの姿だ。大事なところは隠されているはずなんだが、この格好じゃ入れないか?」


「いや、入れないわけじゃないが……変わってんな。まあいい。身分証を見せてくれ」


 と、重要な身分証問題になった時、すぐさまエバンが助け船を出してくれた。

 騎士の男に耳打ちで何やら伝えてくれている。


「……それは本当、なんだな?」


 その疑問の行く先と目線は俺に向けられていたので、黙って一度首肯した。

 

 すると騎士の男は深いため息を吐いた。


「はああ、分かった。とりあえず、あんたの身柄は騎士団で預かる。悪いが大人しく拘束されてくれ。なぁに、こちらから危害を加えることはない。いいな?」


「了解した。エバン、ジル助かった。ひとまず安心できた。また会ったらお礼をさせてくれ」


「別にいいさ。これも仕事の一つだからね。解放されたらギルドにでも来てくれ」


「分かった。解放されたら、な」


 俺が自嘲っぽくそう言うと、エバンはふっと笑みを浮かべた。

 去り際、騎士の男に「それじゃあマルクスさん。あとはよろしく」と言い残し、ジルと共に都市内部へ消えていった。


「じゃ、俺らも移動するか。おい新入り、閉門まで変わってくれ。騎士長のところへ行ってくる」


「了解で~~す」


 どうにも緩い返事だが、本当に大丈夫なのだろうか? おっといけない、今は他人の心配より自分の方だ。


 俺はマルクスという騎士に連れられ、正門近くの詰め所まで連れてこられた。

 聴取室と書かれた部屋に通され数分後、マルクスが金髪の騎士長を連れ戻ってきた。


「待たせたな。夜遅くに悪いが、聴取をさせてもらう。それとこの方は古都アルビオン在中の騎士長、ヨハネスきょうだ」


「紹介に預かったヨハネスだ。ちなみに騎士階級は上級ね。今から君にいくつか質問をするから、全部正直に答えてほしい。あ、あといきなり牢屋にぶち込むなんて真似はしないから安心してくれ」


「それは助かる。質問に関しては答えられなくても構わないか?」


「もちろんいいさ。っと……その前に君、何か着た方がいいね。マルクス、毛布を持ってくるんだ」


 暖かい毛布を身体に巻き付けた後、聴取が始まった。


「じゃ、始めよう。まず、名前は?」


「ユグだ」


「オーケー。家名はなし、でいいんだよね?」


「ああ」


「うん。じゃあ次、年齢と出身地は?」


「歳は正確には覚えていないが、概ね20歳前後だと思う。悪いが出身地に関しては記憶がない」


「……ふむ。年齢はまあいいとして、どこで生まれたのか。ひとかけらの記憶も残っていない?」


「ああ」


「そうか……」


 ヨハネス卿は初めて表情を曇らせる。

 対して俺は表情を変えずに、真実を述べていた。


「……ということは、以前何をしていたのか。それも全部記憶にないということかい?」


 この問いに対し、俺は初めて嘘をつくことを決めた。といっても少し盛る程度だが。


「断片的だが、多少剣を振っていた覚えはある」


「剣、ね……。(外見といい怪しさ満天だが、どうにも嘘をついているようには見えない。何かの事故に巻き込まれたか。それとも……〝異大陸〟からやって来た異人か。……こりゃ、当人への聴取だけじゃさっぱりだ。もっと時間をかけないといけない気がするな)」


 ヨハネス卿は顎に手を添え、しばらく考えにふけっていた。

 やがて、テーブルに聴取用の紙と筆を置くと、口を開く。


「……今のところ、君のことはさっぱりだ。このまま続けても埒が明かない。だから、とりあえず様子を見る。何かやってみたい職業とかってある?」


「職業か……それなら、エバンとジルがやってる〝冒険者〟に興味がある」


「冒険者か、いいね。剣を振ってたって言ってるし、ちょうどいいかもしれないね。――マルクス、になるのにかかる期間ってどのくらいが妥当かな?」


 話を振られたマルクスも思案顔になると、すぐに答えを出す。


「……個々人で違うので何とも言えませんが、早くて1ヵ月、遅くても半年以内には終わるでしょう。それ以上かかるなら、残念ながら適性がないと思われますな」


「ふむ……。ユグ君、自信はある?」


「もちろんだ。〝生きる〟ためなら努力を惜しむつもりはない」


 俺は毅然とした表情で、力強く伝えた。


「オーケー。君の覚悟は伝わった。それじゃあこうしよう。ユグ君には悪いけど、最大で1年間、騎士団の監視の下、生活してもらう。もちろん、最低限のプライバシーは守らせる。それと、何か思い出したらすぐに知らせること。以上二つの条件を呑んでくれるなら、君を解放するよ。どうする?」


 ヨハネス卿よ、俺の答えは決まってるさ。二つの条件も合理的で納得できる。


「二つの条件を呑む。迷惑をかけるが、これからよろしく頼む」


「よし、交渉成立。それじゃあ冒険者になれるよう頑張ってくれ」


「ああ。素晴らしい対応に感謝する、ヨハネス卿」


「ハハ、ユグ君は人をおだてるのが上手いね」


 何はさておき、無事人が住む都市へ入ることができた。

 翌日、大まかな説明を受けることになった。


 そしてその日は騎士団の詰め所で寝泊まりし、俺は人としての初めての一日を終えたのだった。

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