童貞卒業のチャンスを奪われたと勘違いした人間に道連れにされた神様、異世界転生を果たす。〜元神は裸一貫、0の状態から成り上がる〜

@mapi-mapi2002

不思議な見習い冒険者

第1話 門神、転生の穴へ落とされる

 異世界へと続く門、というより穴に近いものだが。

 それを管理し、死せりし者を導く神――門神ヨグ=ソトース。


『門にして鍵』『全にして一、一にして全なる者』『戸口にひそむ者』など、数多くの異名を持つ存在。


 そんな神は今日も死せり魂を異世界へと導いていた。


「……暇だ」


 俺は刺激に飢えている。

 母なる存在に産み落とされた瞬間からいつも同じことの繰り返しだ。


 同じ説明をし、一度は死んだ魂に「幸運を」と祈る。

 ばかばかしい。一度死んでいるのに幸運もクソもあるのか。


 日々――いや、ここでは時間の概念すらない。ただ心で愚痴を言いながら過ごす。

 生命が生きる上で必要な〝水〟も〝食べ物〟も、俺にとっては不必要なものだ。


 誰か、俺に刺激をくれる魂はないのだろうか。

 真の意味で〝生きる〟という経験をさせてくれる魂は――――


「……来たか」


 また現れた死せる魂。

 俺は感情など一切こもっていない顔で出迎え、お決まりの言葉を述べる。


魂魄こんぱくの間へようこそ、死せり魂よ」


「…………? 僕は死んだのか」


「ええ、あなたは前世で死にました。なのでこれから転生をしていただきます」


「……お前が、殺したのか?」


 俺はその言葉に静かな怒気がこもっているのを肌で感じ取る。

 もっとも、事実無根。勘違いも甚だしいので、ノーと答える。


「じゃあ、誰が殺したんだよ!? もう少しで、できたのにッ」


「何度も言いますが、ワタシに生殺与奪権はありません。さあ、こちらへ――転生の門を開きます」


 門と言っても穴だが。大抵は転生と聞くと喜ぶのだが……この魂はどこか違う。

 精神状態が不安定だ。


「…………その門って、どこ?」


 顔は暗く、声に力はなかったが、転生してくれるみたいで良かった。


「あちらです。まあ、門というより穴なんですがね」


「…………」


 黙って何も話さなくなってしまった。そんなに転生が嫌なのか?

 俺に心のうちを読むなんて力備わってないからな。せいぜい、世界と世界を繋ぐ門を開け閉めできるくらいだ。


 1分ほど歩くと、真っ白な空間に似つかない異様に真っ黒な穴が見えてきた。

 あれが転生の門だ。あそこへ落ちると、異世界への転生が完了する。


「さあ、何も心配せずあの穴へ飛び込んでください。――汝の魂に幸運を」


「…………なあ、あれ何?」


 ふと、死せり魂が真反対を指さしながら言った。

 俺は何の疑問も持たずその方向へ身体の向きを変える。だが、そこには何もない。ただ真っ白な景色が広がっているだけだ。


「……? 何が――」


 俺が首を傾げながら振り向くと――


「――うあああああ!!」


 絶叫しながら死せり魂が飛び掛かってきた。

 胸倉をつかまれ、押し出される。すぐ後ろには転生の穴が広がっている。


「な、何をする!? 血迷ったか」


「フゥー、フゥー、お前のせいで、お前が俺のを奪ったんだぁッ」


 俺の頭は真っ白になる。

 死せり魂の両目は充血しており、鼻と口の息は両方とも荒い。


 ……ッ、完全に興奮状態になっている。


 ジリ、ジリと追い込まれていく。


「こ、こうなったら道連れだああああ!!」


 半ばやけくそ気味で叫んだ死せり魂は、暴挙に出た。


「!! ぉおお……」


 刹那の出来事、一瞬の隙を突かれた俺は死せり魂の力に負け、そのまま密着した状態で転生の穴へ落ちた。

 

 だが不思議と落ちている、という感覚はない。


 あの真っ白い空間には地面――下がなく、俺は浮いているような状態だった。

 ふむ……おそらくそのせいだろう。


 まいったな、門神が転生の穴に落ちたらどうなるんだ?

 俺はいたって冷静に考えていた。


 そしてそのまま暴徒化した一人の死せり魂と共に、どこまでも暗い穴へ落ちていった。



 ◇◇◇



「――ハッ」


 俺は目覚めた。といっても意識の中だが、まだ眼を開けることはできない。音もない。

 それにしても、あれからどうなったのだろうか?


 落ち続けていた時の記憶まではあるが、それ以降がない。

 しばらく身体を動かさず、じっとしているとやがて音を感じ始めることができた。


 ――轟轟ごうごう


 分かり辛いな。やはり聴覚と視覚が揃って初めて状況が理解できる。

 さらに時間が経過すると、待っていた視覚も広がり始めた。


 一番に捉えたのは、赤色だった。


 完全に視覚が開くと、とんでもない状況であることが分かった。

 まず第一に、身体が熱いこと。周囲に燃え広がる炎の火の粉が容赦なく襲ってくる。


 そして、何やら両手両脚を縛られ、木の棒にくくりつけられているということ。

 他にも目や耳で分かることを含めて、導き出される答えは――


「――かなり危機的状況だ」


 そもそも神の身体で、熱さや息苦しさを感じるのはおかしい。

 もしや、神の身体ではなくなったのか。転生の穴に落ちた事実と合わせると――


「――やはり、俺も生命体として転生を果たしたということか」


 いや、待てよ。赤子ではないので転生ではなく転移に似た現象か。転生の穴が俺の肉体情報を正常に処理しきれなかったのかもしれん。


 ……まじ最高。


「フフフ、フハハ、フハハハハ……」


 笑いが止まらん。このままいくと、俺も真の意味で〝生きる〟を謳歌できるに違いない。まずはこの状況から脱出せんと……。下手したら丸焦げになりかねん。


 俺は助けを求めるべく、大きな声を張り上げる。


「誰かーーーー!! 助けてくださーーーーい!!」


 元神としてのプライドはないのかって? そんなものあるわけないだろう、この状況を打破できるのなら何でもしてやる。悪魔にでも魂を売ってやる。


 そんな俺の願いがどこかへ届いたのか、突然視覚外から声をかけられた。


「おーい、まだ生きてるか!?」


「はいぃぃぃ」


「よしっ、ちょっと待ってろ。今縄を斬ってやる」


 俺にとっての救いの女神は男だった。声に応じ、助けてくれた。なんと優しい人なのだろう。


 ――ブチッ。


 縄の斬れる音がすると、身体が一瞬ふわりと浮かぶ感覚を味わう。そして1秒もたたない間に地面へ背中から叩きつけられた。


 おお、これが〝痛み〟というやつか。


 立ち上がろうとすると、手を差し伸べられた。

 俺はその手を取り、立ち上がる。


 顔をあげると、端正な顔立ちの青年がそこにはいた。腰にぶら下がった剣に、胸や手の甲、すねの部分に鎧が装着してある。


「大丈夫か、あんた」


「ああ、おかげさまで。本当にありがとう。キミは命の恩人だ」


「どういたしまして……ってそんなことより早くここから逃げるぞ。ここ一帯炎に飲み込まれる」


「しょ、承知した」


 先導する青年に付いて、俺も後を追う。なんだか下の方がスース―するが、今は気にも留めない。

 

 あらかじめ脱出路を確保していた青年のおかげで、易々と安全地帯まで逃げてこれた。周囲を見渡すと、一面真っ暗な世界に、木々が生えている森林地帯であった。


 どうりでで火のまわりが早いわけだ。


「仲間が馬車で待ってる。ついてきてくれ」


「ああ」


 暗闇の中木々をかき分け進むと、オレンジ色の暖かな灯りが見えた。そのすぐそばに言っていた馬車も確認できる。


 すると、馬車近くに腰掛けていたもう一人がエバンに声をかける。


「エバン、遅いじゃないか」


「すまない。この人を助けていたんだ」


「おお、流石エバン、って……お前誰助けてんだよ。……あの、何で何ですか?」


「あ、ほんとだ」


 ん? どういうことだ? なぜ二人して目を背ける。

 確かに少しスースーするが、いたって普通の人間ボディのはずだ。


「あーもうっ、あんたこれ巻いとけ。そんな姿で都市に入ったら、即刻牢屋行きだぜ」


 なぜ牢屋なのかは分からないが、命の恩人の仲間の言うことだ。大人しく従っておこう。

 俺は薄い布切れをスースーする部分に巻き付けた。


 いつの間にか周囲の観察を終えていたエバンが、自己紹介をした。


「改めてオジサン。僕はエバン、コイツは相棒のジルだ。聞きたいことは山程あるけど、とりあえず都市まで送るよ。話はそのあとにでも」


「ああ。何から何までありがとう。俺は……、えっと……うーん……ユグだ。ただの人間のユグだ。よろしく」


 こうして転生の穴を管理する門神ヨグ=ソトースは、全裸で異世界への転生? 転移? を果たした。

 

 今この時より、全裸の異世界人ユグの〝生きる〟人生が幕を開けた。

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