第71話 課題の事は任せた
しんと静まり返った大ホール。ここは俺の通う大学の施設であり、ちょうど講義終了時刻になると、壇上に立つ先生がマイクを握った。
「最後にコメントペーパー提出した人から退出して大丈夫です。今日もお疲れ様でした」
教室となっていた大ホールからは講義中では考えられない程の賑やかさとなり、次々と学生が退出していく。
「……先生の言い方と、資料の提示の仕方から考えるに、今回の講義で特に伝えたかった箇所はここだから––」
授業資料に赤ペンで丸印をつけながらぶつぶつと独り言。言葉にするとより鮮明に思考できる気がしているので、つい声に出してしまう。
この授業資料も、大学専用サイトに掲示されているものなのでパソコンやスマホで見れるのだが、やはり直接書き込めた方が個人的に頭に入るため、プリントしたものを使用している。
でもこれに関しては半々な気がする。俺の他にもプリントを持ち込んでる人いたし。
「主張に賛同しつつ違う視点の考察を入れて…。後はあの先生質問する学生への評価高いし––」
「––今日もぶつぶつやってんね」
「うおっ、びっくりしたぁ…」
コメントペーパーを半分まで書き終えたタイミングで、少し離れた席に座っていたはずのコスケが話しかけてきた。
「もう皆んな教室から出てっちゃったよ?」
「良いんだよ、この講義の先生は待っててくれるから」
そう言って壇上の先生に目を向ける。荷物をまとめて教室を出る準備をゆっくり進めていた。この後に講義がないので、俺が提出するまで待ってくれるのだ。
「にしても遅いよ」
「俺はお前と違うの。講義が全部終わってからじゃないと書けないの」
退屈そうに俺の隣に座るコスケは、俺が講義終わりに考察するような事を講義中にやってのけるのだ。
だから講義が終わる前には俺と同等か、それより高いレベルのコメントペーパーが書けてるし、余った時間を別の事に割ける。これだから地頭が良いやつはズルい。
「桜庭くん、今日のコメペも期待してるよ」
「ありがとうございます」
大ホールに他の学生がいなくなったタイミングで、先生が俺たちの所にやって来た。悪く捉えればコメントペーパーの催促。良く捉えれば学生と交流する良い先生。
後者であって欲しい。
「大鳥くんも、前回の考察興味深かった。今回も期待しちゃうからねぇ!」
「あはは、期待に答えちゃいますよ。どうぞ」
なぜかテンションの高い先生に、会話のついででコメントペーパーを渡す。予習もしてあるので、次回の内容を軽く踏まえた良い感じのものに仕上げられたはずだ。
「お、ありがとう。それじゃあ二人ともお疲れ様」
「「お疲れ様です」」
先生の後ろ姿を見送りながら、俺も帰りの支度を始める。隣のコスケは何か言いたげな表情で、自身のスマホ画面を見せてきた。
「…なんだよ」
「ヨルの偽物だってさ。どうするの?」
「別に、どうもしないよ」
ショルダーバッグを肩にかけながらそう言うと、コスケは驚いたような顔をしてスマホをポケットにしまう。
「そんなに意外か?」
「意外だよ。俺の知ってるヨルはこの状況に首を突っ込まないはずがない」
「なんだと思ってんだ…」
二人でそんな会話をしながら教室を出る。この講義の後はなにも無いので比較的ゆっくり歩いて帰路に着く。
「俺この後バイトだけど、ヨルはどうするの?」
「うーん、したらちょっと課題やってこうかな」
「そっか。じゃあまた明日」
コスケはそう言って大学の出入り口となる門から外へ出て行った。それを確認して大学内の図書館へ向かう。
家で課題をやろうと思っても、気付いたらVR機器頭につけちゃうから集中できんのよね。
図書館に入り、そのまま3階に上がる。ここには個人的に作業のできる机が多数用意されているので、まず確実に座れる。四限終わりという事もあり、人はまあまあ少ない。
「さてと…」
バッグからパソコンを取り出し、机の上に置く。起動するまでの間に教科書を取り出し、イヤホンを耳につけ、クラシック音楽を流す。
別にクラシックが好きってわけじゃないが、集中するなら歌詞無い方が良いよって、高校生の頃にコスケから聞いて、それを信じてる。
レポート作成シートを画面に表示し、キーボードに手を添えたところで、コスケの言葉が脳裏を過ぎる。
「……」
そりゃ俺の偽物が出たなんて言われたら気になる。気になりすぎて昨日フクロウってワードでエゴサーチしちゃったもん。今日朝起きて恥ずかしかったよ、その事実が。
「……んなぁ〜」
レポート作成シートを消し、RSFの掲示板、各SNSツールを広げる。
「すまん、未来の俺。課題の事は任せた」
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