第70話 荒れてますよ!?





「時間経つのあっという間だな…」


 始まりの草原からスタットに帰還し、フクロウのマスクを取り外す。黒衣からNPC風衣装に着替え、闇医者モードからただの一般プレイヤーヨルへと身なりを変えた。


 サク達と別れた後もサバイバルエリアをぶらぶらと散歩しつつ、困ってそうな初心者を助けたり薬草を採取したりしていたのだが、案外すぐにコハルさんと約束していた夜になってしまった。


 服のしわを伸ばしつつ、コハルさんの待つであろうイツヒの家へと向かう。


 夜は夜で、街灯の明かりや建物から洩れる光でロマンチックな雰囲気を感じる。街を歩くだけで観光気分を味わえるのは、現実世界だと中々ないからな。


  お店に来てくれるとしたらサク達かな〜。後はなんか反応微妙だったし…。


 最近ピノーがいたり、ビルズがあったりで麻痺していたが、やはり闇医者ムーブに付き合ってくれるプレイヤーは少ない。


 ルナ並みの反応をしてくれるプレイヤーなんてもう二度現れないんじゃなかろうか。


 ビルズの夜明けによってフクロウの存在が広く知れ渡った事で、それなりに付き合ってくれるプレイヤーは増えたが、それでも全体で3割有れば良い方だ。


「まあサク達みたいな大当たりがあるからやめられないんだけどね〜」


 へらへらしながらそんな事を考えていると、すぐにイツヒの家にたどり着いた。相変わらず良い意味で老舗感のある雰囲気だ。


「戻りました〜」


「ヨルくん! おかえりなさい」


「あはは、ただいまです。待たせちゃった感じですか?」


 エプロン姿のコハルさんがとことこ駆け寄って来る。世の中の諸君、きっとコハルさんと結婚したら、仕事帰りはこんな感じで出迎えてくれるぞ。知らんけど。


「ううん。私もさっき料理の下準備が終わったとこだよ!」


「お疲れ様です」


 コハルさんの後ろにあるカウンターに目を向けると、そこからほのかに良い香りがしてくる。


「…あ、そうだ。これ、一応取って来たんですけど、要らないですかね」


 俺はサバイバルエリアで獲ってきたホーンラットの肉を、インベントリから取り出す。


 本来は回復薬やら何やらと闇医者ムーブ用のアイテムが入っているのだが、ゴールド事情的に今はすっからかんなので、その空いた枠にホーンラットを入れてきたのだ。


「わぁ、ありがとう! これもメニューに追加しちゃうね!」


「はい」


 良かった、喜んで貰えた…。


 厨房へと入っていくコハルさんは、途中で何かに気付いたのか、ホーンラットのお肉をしまい、身につけているエプロンと同じ物を片手に、もう一度俺の前に戻ってくる。


「これは?」


「ここの制服的なエプロン! お揃いだよ。ほら、着て着て」


 コハルさんに促されて、無地で紺色をした質素なデザインのエプロンを身につける。身につけてから気付いたのだが、前面に、さり気なくお花の刺繍がされていた。


「コハルさん、このお花って…」


「これはね月見草ってやつ! 来月頃から咲き始めるんだよ〜」


「はぇ〜」


 出来栄え的に刺繍スキルも相当高いな。裁縫スキルの派生だし、そっちも高レベルって考えて良さそうだ。今度闇医者用の黒衣作る時色々と相談してみようかな。


「ヨルくん、ちょっとヒモがよれちゃってる」


 コハルさんはそう言うと、俺との距離を詰め、エプロンの肩紐を調整してくれる。美人さんに近寄られると鼻呼吸になっちゃうの、直したいなぁ…。


「これでよしっ。それじゃあそろそろお店開けちゃおっか!」


「…そうですね」


 コハルさんはオープンキッチンとなっている厨房へ向かい、俺は机や椅子等に目立つ汚れが無いか最終確認をしつつ、openの看板をドアに掛ける。


「うわぁ、屋台の時とはまた違う緊張感…。お客さん来てくれるかな」


「沢山来ますよ」


 俺がチラシに書いておいた開店時間は…、お、ちょうどこの時間––。


 ––カランコロン


「開いてますか?」


 ドアベルが鳴り、入って来たのは屋台でお弁当を買ってくれた女性プレイヤーの二人組だった。


「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」




******************

************

******




「いや〜、やっぱり時間あけてからの開店にしといて良かったぁ」


 俺は満席になった店内を見ながらぼそりと呟く。テーブル席はもちろん、カウンター席も埋まっており、店の外では二組のプレイヤーが自分たちの番を待っている。


 これがもし屋台終了からすぐに開店となっていれば、混雑カオス必至だっただろう。流石はヨルの慧眼と言ったところ。これには自画自賛も許されるな。


「こちら野草の天ぷらです〜」


「あ、来たわよサク!」


「おお、テンション高いな…。ありがとうございます」


 結局啓蒙活動の成果はサク達だけだったな。まあ今となってはこれ以上来られると忙しすぎるから、結果オーライってやつだ。


「結構来るのが億劫だったんだが、料理も美味いし店内の雰囲気も良いし、来て良かったな」


「ね!」


「なんで来るのが億劫だったんすか?」


 コハルさんのお店に満足している様子のサク達に、話しかけてみる。やはりマスクが印象的だからか、俺の正体はバレていない。


「あーいや、闇医者って知ってますか?」


「あの、フクロウ? でしたっけ」


「それです。その闇医者に半ば脅される形で紹介されたもので…。って、なんか声が似てる気が––」


「––サク! この天ぷら美味しいわよ! ウーデなんか泣いちゃってるわ!!」


「泣いてないよ! でもめっちゃ美味しい」


「ははは、満足してもらえたようで良かったです。店長も喜びます」


 危ねえ…。脳筋魔法使いさんナイス話題逸らしだ。


 彼らがわちゃわちゃしている間に席から離れ、厨房に戻る。コハルさんには料理とカウンター席に座る客に集中してもらって、俺はその他の注文取りやら皿洗いやらを担当する。


 厨房から客席が見えるので、案外一人でも何とかやって行けてる。


 客層を見てみると、屋台の時に見かけたプレイヤーが大半を占めており、コハルさんに堕ちたであろう男性プレイヤーは分かりやすくコハルさんをチラチラ見ている。


 しかし意外だったのは、コハルさんと会話する事を目的としてカウンター席に座っているのは、女性プレイヤーだという事だ。


 キャラクリは性別の変更も可能だが、声は変えられないという仕様のため、多分間違いないはず…。


「コハルさん聞いてくださいよ〜、やっと二人でモンスター倒せたんです! ね!」


「そうなんですよ! 褒めてください!」


「ええ、凄い! 頑張ったね!」


「「えへへ〜」」


 お酒も良い感じに入っているせいか、カウンター席だけ空気が緩い。女子会的な雰囲気は、男の子の僕にはあまり経験が無いので居心地が悪いでやんす。


「あれ、ルナからメッセージ来てる」


 皿洗いを終わらせ、注意を視界の端に向けると、フレンドからのメッセージとしてルナのアイコンが表示されている。


 何事かと思い開くと、そこには短く、それでいて危機感を煽る文言が書かれていた。


『ヨルさん掲示板が荒れてますよ!? 何したんですか!?』


「……うぇ?」

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