第10話 誰かがフクロウを探してる



「今日こそ闇医者したいけど、ルナの時みたく上手くいくかな〜」


 宿屋から外を見渡すと、日曜ということもあり、昨日と同じく人で溢れかえっていた。


 宿屋の料金は場所を選ばなければ、ほぼ無料の場所から、高いところだと現実世界の高級旅館並みの値段になったりと、上下が激しい。


 しかし、不要な持ち物を置いたり、ログアウトするのに必要な施設ではあるので、ほとんどのプレイヤーが宿屋を利用している。


 例外があるとしたら、部屋を借りたりマイハウスを買ったりして自分の家を持っている富豪プレイヤーか、指名手配されて街に入れず、サバイバルエリアで寝泊まりをしている荒くれプレイヤーくらいだ。


「あ、先生のとこに薬届けないとか。こっちの時間で一週間経ってるしな」


 宿屋に付属されているアイテムボックスから、作成した回復薬を、箱いっぱいに詰め込む。


 この回復薬は市販の物とほとんど効果が変わらない。何なら治療スキルの補正がないと回復量にムラが出てしまう。


 宿屋を出て、始まりの草原へ出る大きな門(たしか【始まりの大門】)とは逆方向に歩いていく。


 しばらく歩くと、NPCの方がプレイヤーより多くなり、彼らの居住区に出た事がわかった。


「おやヨルくん、おはよう」


「おはざす」


 一時期診察スキルを獲得するため、この道を毎日通っていたため、見知ったNPCが時折挨拶をしてくれる。


 俺が目指している場所は、スタットにある医療施設だ。ルルカルという先生が経営している小さな病院で、プレイヤーよりもNPCの方が患者として多くやってくる。


「久しぶりです〜。ルルカル先生います?」


「あらヨルくん。先生なら今は暇だからって奥の休憩室にいるわよ」


 ルルカル先生の奥さんで、看護師のエルデさんに促され、箱を持ったまま進んでいく。


 待合室にはNPCの他に、怪我のしていないプレイヤーが数人いた。診察を受けに来たと言うよりは、お手伝いクエストに来たのだろうか。報酬も少ないし、あまりメリットはなさそうだけど…。診察スキル目当てかな?


「ルルカル先生〜、薬届けに来ましたよ」


「おおヨルくん! いつも助かるよ」


 白髪の目立つ頭に、丸ぶちのメガネ。白衣を身につけ、手にはタバコを持っている。


「先生、エルデさんに叱られますよ」


「タバコの事は言わないで、ヨルくん…」


 空いてる机に薬の入った箱を置き、手頃な椅子に腰掛ける。窓からはスタットの外に広がる自然が遠くに見え、優しく吹く風が心地いい。


「薬、いつもありがとね。ヨルくんで売っちゃえば良いのに」


「ああ、良いんすよ。多分売れないんで」


 ルルカル先生の言うように、売れればその分ゴールドが手に入る。ただし、回復薬を黒字で売ろうとすれば、市販の物の劣化になりかねず、どうせ赤字覚悟で安く売るなら、必要としてる身近な人にそのまま渡したい。


 それに、先生たちからの好感度も高いまま維持していたいしね。決して善意100%と言うわけではない。ルルカル先生めっちゃ良い人だから、嫌われたくないし。


「…あぁ、そうだ。他の探索者に聞かれたんだけどね、フクロウって知ってるかい?」


「え、鳥の?」


「あはは、僕と同じ反応だ。鳥じゃなくて、探索者の名前らしいよ。フクロウの仮面と黒い白衣? を身につけているんだってさ」


「へぇ〜……」


 完全に俺の事だな。自分がフクロウである事は、もちろんルルカル先生達には言ってない。ミステリアスな方が闇医者っぽいから。


 まあルナには即バレしたんだけど……。


「どうやらそのフクロウを探しているらしくてね。もしかしたらヨルくんは知ってるかもと思ったんだ」


「知らないっすね〜。なんで探してるんですかね?」


「うーんそこまで深くは聞かなかったなぁ。まあでも、暴力沙汰じゃなければ良いね。医者って職業だけど、怪我とか病気とかは少ない方が良いんだから」


 ルルカル先生はそう言うと、タバコを吸った。吐いた煙は窓の外へと流れていく。


「あなた、患者さんが…ってまたタバコ!」


「あっ、ごめんって……」


「あははは」


「ヨルくんも見かけたら言ってちょうだい」


「あはい、ごめんなさい」


 ルルカル先生は立ち上がり、エルデさんの後ろをついて行く。叱られた子どものような背中は、彼の落ち込み具合を感じさせた。


「先生、フクロウについて聞いてきた探索者って、どんな人でした?」


「ん? まあ、スタットにいるような駆け出しの探索者って感じではなかったね。上等な防具に、良く手入れされた武器を持っていたよ。僕がフクロウについて知らないとわかった途端、すぐに行ってしまったけどね」


「なるほど…」


「どうしてだい?」


「いや、特に意味はないんすけどね。それじゃあ俺は行きますね。回復薬、ここ置いときます」


 先生たちと別れて、病院を出る。プレイヤーが少ないってだけで、スタットがこうも静かになるのか。


「誰かがフクロウを探してる」


 1人なのか複数人なのかも分からんが、ルルカル先生から聞くには、俺を探してるプレイヤーが急いでる感じも見受けられる。


 何か捜索されるような事したっけか?


 フクロウと名乗ってからは、ルナの配信に映り込んだくらいだぞ?


「……虫取り、なわけねぇか。虫取りしたせいで捜索されるとか意味わかんないわ」


 フクロウの名が広まるのは、幸か不幸か。


 闇医者ムーブが認知されて、乗っかってくれるプレイヤーが増えてくれると、ルナのときみたいにやりやすくなるのか。


 それとも逆にやり難くなるのか。


「どっちに転がるかな」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る