Sid.118 状況が変化したワンココア

 二人だけの秘密、とは行かないのが我が家だ。絢佳さんは知っているし、心愛も知っているわけで。どっちも軽々口にすることは無いとは思う。ただ、心愛は若干の危険性があるかもしれない。口止めしておくに越したことはない、と思っていたが「嫌われることはしないんです」だって。

 ライバルを排除したつもりが、俺に嫌われたら意味が無い。それもそうか。

 そのくらいは理解しているようで何よりだ。


 事に及んだ翌日、朱音さんを駅まで送り届けるが「いつでも待ってます」だそうだ。

 すっかり期待されてるわけで。親父もこうしてドツボに嵌まったのかもしれん。


「翔真さんはお父さんによく似てます」

「いやだなあ」

「いいじゃないですか。地力が付けばモテますよ」


 見た目はいいらしい。一度足りとて自覚したことはなかった。中学から高三に至るまで女子に好かれたことが無かったからな。

 まあでも最初は心愛が。そして絢佳さんに朱音さんだ。短期間で三人から好かれればモテ男と言えるのか。

 背の高さもある。まあそれはあれだ、親父が高身長だからな。俺もそれを引き継いでる。


「勉強もできるんですよ」


 できる、ではなくみんなの指導の賜物だ。バカでもやればできる。懇切丁寧に指導してくれたから、成績向上を成せたとも言える。家庭教師の先生には感謝だな。

 そして絢佳さん。地頭のいい人ってのは、くどくど説教をしない。同じ目線に立って教え諭すからな。

 学校の教員が指導下手でバカだと思うのは、その点でだ。上から目線で指導した気になってる。自己満足でしかない。進学校ってのは、そもそも自ら取り組む意欲のある奴が来る。それを自分の指導の賜物、なんて勘違いしてるから横柄になるんだよ。

 あいつらは放っておいても勝手にやる。


「浮気性でなければパーフェクトでしたね」


 ごめん。

 何ら申し開きできん。直した方がいいんだよな。いずれ火遊びの代償を払うことになりかねないし。


「では、抱きに来てくださいね」


 そう言って改札を抜け、見えなくなるまで笑顔で手を振る朱音さんだった。

 他の男にも笑顔を見せれば、もっと好かれると思う。どうして無表情なのか。勿体無いと思うけどなあ。

 ドジっ娘でデカ尻だぜ。いいもの持ってるのに。


 いよいよ冬休みが近い。期末考査の結果も出た。前回より更に伸びたようだ。

 結果を見て顔が綻ぶ感覚を得る。確実にクラスの奴らに追い付いているのだろう。ついにバカが追い付いたぞ。お前らもっと努力した方がいい。

 授業が終わり心愛も待ってることから、さっさと帰ろうとしたら、またも担任に呼び出しを食らう。


「笠岡。あとで進路指導室に来い」


 今度はなんだ?

 元の第一志望校にしろとか言うのかもしれん。でもな、そこに史学科は無いぞ。だから行く意味が無い。総合的に学ぶ、じゃなく専門的に学びに行きたいんだからな。

 とりあえず先に昇降口に行き、待ってる心愛に声を掛けておく。


「先に帰っててもいいぞ」

「翔真先輩。先に帰る選択肢はないんです」


 心愛に先に帰るよう促しても意味はなかった。昇降口で待ってるそうだ。

 終わり次第一緒に帰ると言うか、俺の家に来るんだろう。一度家に帰って、それから来ればいいのにと思うんだがな。


「じゃあ、すぐ終わらせてくるからな」

「待ってますぅ」


 笑顔で見送られる俺だ。

 進路指導室の前に来てドアをノックすると「入って」と言われ入る。

 以前はふんぞり返っていたが、今日は前のめりな感じで、テーブルに両手を置いてる。


「着席して」


 テーブルを挟んで教員の前に腰掛けると「元の第一志望校だけどな」と。


「史学科が無いです」

「だから、次点で史学科のある大学を」

「偏差値六十五ですよね」

「今の笠岡なら問題無く入れる」


 俺が狙っているのは偏差値で六十。当初は五十五程度の大学と思っていたが。


「でも決めてるんで」

「少しでも上を目指してくれるとな」


 なまじ高偏差値の大学に行くと他で苦労するんだよ。人間関係もあるだろうし。そもそも高偏差値の大学だと、この学校の生徒と同じような、選民意識の塊と遭遇しかねない。授業に付いて行くだけで苦労していたら、歴史研究どころじゃなくなるし。だったらランクを落として、やりたいことに専念できる環境がいい。


「レベルの高い授業に振り回されると意味が無いです」


 腕組みして考え込んでる。なんでそこまで偏差値に拘るかなあ。だからこの学校の生徒がバカばっかりになるんだよ。偏差値だけで人を見てるから。

 クラスの連中が少しでも変わった、なんてのがあれば、また俺の認識も変わるだろうけど。相変わらずのシカト。一切俺に関与しようともしない。空気だぜ。高偏差値人間にろくでなししか居ないと証明してる。

 だから教員が薦めたい大学には行かない。


「そうか。残念だな」

「どうせ史学科じゃ就職は難しいですよね」

「そうでもないんだが」

「学芸員を目指してるので、一般企業の就職はどうでもいいんですけど」


 給料安いぞ、と言われた。別に給料で職業を選ぶわけじゃない。


「まだ願書提出まで多少の時間はある」


 よく考えてくれ、だそうだ。

 考えるも何も志望校の変更は今更無い。一応口コミも参考に選んだからな。

 教員から解放され心愛の待つ昇降口へ。


 昇降口に行くと女子三人くらいに囲まれる心愛が居る。なんだ?

 傍に行くと気付いた心愛が「翔真先輩が来たから帰る」と言ってる。もしかして同級生か?

 俺に視線が集まるが口々に「彼氏?」とか言われてるし。


「来年婚約するの」


 心愛のその言葉で驚く面々だが、俺を見て「本気なんですか?」なんて言ってきた。


「本気だが」


 あり得ない、とか言って騒ぐが「決めるの早すぎない」とか「これからもっといい人」とか「この学校の生徒って、つまんない人多くない?」と言ってる。最後の奴、それは正解だ。よく見てるな。

 こいつらって。


「心愛の友だちか?」

「最近、少し仲良くなったんです」


 心愛の言葉で仲良くさせてもらってます、だそうで。

 そうか。ぼっち卒業したんだ。俺は今もぼっちのままなんだがな。やっぱりあれか、コミュニケーション能力の高さがあるから、成績さえ何とかなれば友だちができやすい。

 俺とは違う。


「帰るぞ」

「あ、じゃあみんなまた明日」

「明日追究するからね」

「いつから付き合ってるのかとかね」


 要らんだろ。

 心愛がいつも通り腕と指を絡め、べったり寄り添うと「熱愛だ」とか聞こえた。

 電車内で、いつからの関係なのか聞くと。


「最近です」

「ぼっち卒業したんだな」

「勝手に話し掛けてきたんです」


 そうか。俺は今もガン無視されてるけどな。

 あれか、一年生だから、そこまで学校の色に染まって無いのかもな。とは言え、心愛も成績は良くなってる。結果、人が集まりだしたってことだろう。


「良かったな」

「何がです?」

「これで俺が卒業しても寂しくないだろ」

「寂しいです」


 友だちが居れば寂しくないだろ。話し相手が居て遊び相手にもなる。家と学校の往復だけの俺とは大違いだ。


「まあ、前にも思ったが」

「なんです?」

「俺より優れてる」

「そんなこと無いです」


 成績のことじゃない。人間力だ。一旦馴染んでしまえば、他人を惹きつける魅力がある。それに加えてのコミュニケーション能力。

 どうでもいい、なんて思ってた心愛を好きになれた。そういう子なんだよ。

 行動力もあるしな。いつまでも同じところで足踏みしないんだよ。

 俺とは雲泥の差があるじゃねえか。いつまで経っても成長しない俺と比べるべくもない。


 思わずため息が出そうになった。

 将来結婚したら確実に尻に敷かれる。家庭内で優位に立つのは心愛だな。やっぱ早まったと思う。


「あのさ」

「なんです?」

「勿体無いと思うんだが」

「何がです?」


 俺と将来を決めてしまうこと、と言うと怒ってるし。


「あたしには翔真先輩しか居ません」

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