Sid.117 下衆野郎と受け入れる女性

 しっかり頂いたあと、ベッドの上で「翔真さん、狡いですね」とか言われた。

 なんで、と思ったら「好きになってしまったじゃないですか」と。


「以前は玄関先で見送りでした」

「そう、ですね」

「今は駅まで送ってくれます」

「まあ、何かそうなったって言うか」


 自分のような不愛想な相手に、興味を抱いてくれて内心嬉しかった。

 どうしたって気持ちが揺らいでしまうと。ましてや恋愛経験に乏しく、男女の機微にも疎いわけで、

 俺の一挙手一投足が気になりだしていたそうだ。


「来るのが楽しくなっていて、翔真さんに会うのが嬉しくて」


 下着も頑張ってエロくして、俺の視線を愉しんでって、変態じゃねえか。

 でも、相手が居るから自分とはこれでお仕舞、と言ってる。

 心愛のことだよな。婚約まですることになってるし。


「寂しいとは思いますが、元々は家庭教師として合格に導くのが仕事」


 その役割を終えれば、また他の生徒の元で指導をする。いずれ大学院を出れば、どこかで研究職をしたいとも言ってる。


「いい思い出になりましたし、記念にもなりましたから」


 そう言うと抱き着いてきて「本当は」と口にするも、それ以上は何も言わなかった。

 何となくだが分かる。もっと俺と一緒に居たい。できれば付き合いをしたいと思ったかもしれない。好かれたわけで。でも心愛が居るってことで、身を引くしかない。

 なんか、辛い想いをさせてる。


「心愛とは来年です」

「言ってる意味が分かりません」

「それまでは」

「泣きますよ」


 もう少しだけ関係を維持していたい。朱音さんの本音はそれだった。

 それでもと。


「彼女に悪いですよ」

「その分、婚約後は他の女性は無しです」


 心愛だけを見て愛する。絢佳さんとも終わり。朱音さんとも。

 まあ、絢佳さんの場合は母親と言う役割がある。朱音さんは家庭教師を終えると、関係は無くなるんだよな。残念、と思う気持ちもあるけど。

 でも、俺が引き留めると苦しめることになる。だから引き際は肝心。

 だがしかしだな。


「残り僅かですけど、朱音さんと愉しみたいです」


 なんか本気で泣いてるし。

 女性を泣かせるなんて最低だな、俺。浮気野郎の血はしっかり引き継いでやがる。


「では、翔真さん。今度はうちに来てください」

「えっと」

「朝まで張り切りましょう」


 どうせ実らない恋であれば、せめて経験だけは積ませろと。

 この家だと絢佳さんも居るし、心愛も居るから落ち着けないそうだ。自宅であればひとり暮らしだから、遠慮なくできるとも。


「いつでも都合のいい時に来てください」


 住所を教えるから、暇を見て抱きに来て欲しいと。性欲処理くらい遠慮せずにすればいい、ってそうじゃないんだけどな。

 一番は絢佳さん。今は二番手の心愛。そして三番手ではあるが、なんか放っておけない朱音さん。それぞれに魅力がある。俺ってやっぱり気が多いや。

 三人とも好きだから。駄目だと分かってる。でも理性で抑えるにも、こうなるとなあ、無理が来るってもので。

 親父もそうなのかもしれない。あちこちに好きな人が居て、容易に切れない相手。


 とんだクソ野郎だし下衆だけど。

 そんな男に惚れる女性もまた居るんだよ。果たして男だけが悪いのか、それとも惚れる女が悪いのか。手を出す男が悪い、ってのが世間一般の認識だよな。

 じゃあやっぱり俺が一番最悪ってことで。下衆不倫野郎。

 仕方ない。そんな称号も甘んじて受け入れるしかない。


「あの、俺って下衆野郎ですよ」

「知ってます」

「あ、いや、あの」


 笑ってるし。


「受け入れたのは私です。好きになったのも」


 だから自分も同罪だそうだ。相手が居ると分かっていて惚れた。そして欲しいと思った。何より一緒に居ると楽しいし、充実した感じがしていたそうで。

 なんかほんと、申し訳ないと思う。三人に対して。特に心愛には悪いと思う。

 ああ、駄目だ俺。


「どうしたのですか?」

「いや、なんか、自分が嫌になりそうで」

「気にしなくていいのですよ」

「だって、心愛に悪いし」


 分かっていて迫ったし、分かっていて誘惑し続けた。謝って済む問題ではないが、今は心愛の海より深い情けに甘えさせてもらうそうだ。


「あとでしっかり謝罪しておきます」

「俺もだ」

「では二人で土下座ですね」


 話が済むと「帰りたくないですね」とか言ってるし。

 まさか泊まる気?


「帰らないといけません」

「部屋、ひとりなんですよね」

「そうですよ」

「じゃあ今夜くらい」


 だから、これが駄目なんだっての。

 だが口から出た同情は取り消しができないようだ。すっかり泊まる気で「お風呂借りても」なんて言ってるし。

 結局、二人で風呂に入って、またも一発。

 一階に居る絢佳さんにも断っておくが「もう。翔真君。大祐さんと一緒」と、頬を膨らませて、それでも「私も同罪だから」と。心愛が居ても体の関係を持ってるからな。


「倫理って何なのかな」

「崩壊してますよね」

「でもね、倫理って時代によって変化してるから」


 制度に無理が来てる頃じゃないのかと。少子化が加速度的に進んでいても、一夫一婦制は揺るがず不倫だなんだと世間は騒ぐ。

 結婚したくない若者が増えても、制度だけは硬直化して婚姻でしか、家族を構成できない。

 価値観の多様化があっても、法は法。従って生きてるうちに、人口減少でいずれ消滅するかもね、だそうだ。


「新しい形を模索してもいいと思うけど」

「無理ですね。人は変わらないです」


 変わりたくない意思があるんだと思う。先々のことを心配しても、それを自分のこととして捉えられない。将来困るかもしれないが、自分が困らなければ変える必要性まで見出さない。だから変わらない。

 ずっとこんな状態で緩やかに終焉を迎えるのだろう。いいんじゃないのか。それも多くの人が選んだ道だ。

 俺も知ったこっちゃないけどな。


「じゃあ、朱音さんが待ってるんで」

「おやすみ。やり過ぎないようにね」


 すでに二回してる。今夜は打ち止めだけど明日は分からんな。

 自室に戻るとベッドで愛らしく、俺を見つめる朱音さんが居るし。


「何を話してたのですか?」

「崩壊した倫理ですね」

「確かに、崩壊していますね」


 こんなの、他人に自慢気に語れるものじゃないと。

 多夫多妻制にでもなれば、と思うも、それもまた大変だろうと思う。どうやって各々に愛を注ぐのか。嫉妬心ってのがあるからな。難しい問題だ。

 稼ぎの問題もあるし。親父くらい稼いでいれば、数人は囲えるだろうけど。


 それにしても。


「前も意外とあるんですね」

「前?」

「胸」

「ああ、そうですね」


 心愛より膨らみは大きい。尻はこれでもかと主張する。絢佳さんに次いで完璧じゃないか。どうして世の男どもは、朱音さんを好きになれないのか不思議だ。魅力あると思うけどなあ。


「私と結婚しますか?」

「え、いやあの」

「冗談です」


 本気と見た。

 でも心愛が居るから遠慮してるだけで。俺も心愛が居なかったら、朱音さんとなんて思ったかもしれない。

 知ればいい感じの人だって分かるから。

 今後、俺のような浮気性の男じゃなく、一途に愛してくれる人が現れることを祈ろう。きっといい人との出会いがある。


 なんか知らんが、弄られながら寝る羽目に。

 俺も遠慮なく弄ってみたが。


 朝になり目覚めると「翔真さん。寝顔が可愛いですね」と言われた。

 朱音さんも、と言いたかったが、見てないんだよ。


「私は不細工ですから寝顔は見ない方がいいです」

「そんなことないと思いますけど」

「いえ。本当に潰れた蛙みたいなので」


 なぜ謙遜って言うか卑下してるのか。

 あれか、俺と同様、自信が無いんだ。見た目で判断する男には事欠かない。だから自信を持てないんだろうな。第一印象だけで「無し」なんて思われたらな。


「翔真さん。家庭教師協会には内緒ですよ」


 即座にクビにされるそうだ。教え子に手を出したなんて、洒落にならんと。

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