Sid.108 初めての反抗と下級生の慰め

 文化祭前日。教室には準備のために居残る生徒が複数。

 帰ろうとしたら、すっかり遠ざかっていた奴が声を掛けてくる。以前は遠い友人枠なんて思っていたが、所詮はこの学校の生徒だ。夏休み明け以降は居ないものになっていたな。


「笠岡。この状況でなんで帰るんだよ」


 周りを見ればみんな一丸となって、文化祭を盛り上げるために準備してる、と言う。それなのに俺は知らん顔をして帰ろうとする。

 協力する気は無いのか、と。

 堪忍袋の緒って、あるんだな。ブチって音がして切れた気がする。


「知らねえよ」

「は?」

「知らねえって言ってんだよ。聞こえなかったのかよ」


 苛立ってるようだが、苛立ってるのは俺だっての。お前ら散々無視し捲っていて、こんな時だけ頼ろうなんて、お前らにとって俺はなんだっての。都合のいい奴隷か?

 普段居ないものとして、存在すら気に掛けることもなく、ずっと放置していて。


「俺はお前らの奴隷でも、小間使いでもないんだよ」


 教室内に響く俺の声だ。そうなると周囲の目が俺と、目の前に居る奴に集まるわけで。


「散々無視しておいて、何調子のいいこと言ってんだよ」

「無視なんて、してないだろ」

「誰かこうなる前に声を掛けたってのか?」


 クラス全てがシカト。誰ひとりとして気にも掛けず、その存在を抹消していた。

 人手が足りないからって、都合よく使おうとする、その下衆な根性。


「何様だっての。たかが学生の分際で偉ぶってんじゃねえよ」


 自分でも途中から、何を言ってるか分からなくなったが、大声で全部吐き出すと目の前の奴が離れて行く。それ見ろ。使えないと判断すれば即座に切り捨てる。

 胸糞悪い。

 さっさと教室を出て心愛の待つ昇降口へ向かう。

 途中苛々が収まらず、階段の壁を蹴ったりしたが、意味はないな。自分の足が痛いだけだ。


 昇降口で待ってる心愛と合流するが、今の表情はどんなだろうか。


「翔真先輩、顔、怖いです」

「悪い。ちょっと揉めた」


 気分を切り替えろ。心愛には怒りを見せるべきじゃない。


「翔真先輩も怒る時は怒るんです」


 ずっと溜め込んできたのだろうと。

 そっと抱き着くと「何があったか分からないです。でも、翔真先輩はもっと言っていいと思うんです」だそうだ。

 心愛もまた、この学校の生徒も教師もおかしいと。

 成績だけで人を判断し、成績が悪いと人として見ることもない。


「そんな人が社会に出ても、簡単に人を切って捨てるんです」


 自分より劣ると見れば関わりの一切を断つ。

 無駄にエリート意識だけが肥大化し、他人の痛みに気付けない。人として欠陥品しか居ないのが、この学校だからと。


「言っていいと思うんです」


 お前らなんて将来AIに取って代わられる存在でしかないと。

 機械的に処理するならAIの方が遥かに効率がいい。何ら迷いなく決断を下せる。人とAIの違いは何か。


「心の有無だと思うんです」


 人を思いやる心。辛い時に手を差し伸べる気持ち。AI如きが持ち得ないもの。一見すればAIにも感情があるように見える。でもそれは学習の結果得た模倣。心など存在するわけがない。所詮は世界中から掻き集めたデータの集合体。

 人を真剣に愛する気持ち、愛される心地良さ。


「この学校の生徒にそんなの無いです」


 学校の落ち零れだけが持つ感情。

 成績優秀者は何も無い。感情の欠落したロボットだそうだ。

 心愛に慰められるとは。


「そうだな」

「そうです」

「気にしても仕方ない」

「そうですよ」


 笑顔を見せる心愛だ。

 これなら心愛も、この学校でも耐えられるかもしれないな。それでも、精神的に参ることもあるだろう。そんな時に支えられるよう、俺ももっと大人にならないと。

 やっぱり、時々心愛の方が優れてると思うことがある。

 賢いんだよ。俺なんかよりずっと。


 学校を出ると寄り添う心愛が居て、今はそれが心地良い。


「明日だけどな」

「デートです」

「どこか行きたいところはあるか?」

「ネズミの国、って言いたいですけど」


 どこでもいいそうだ。前回たくさん金を使わせているから、金の掛からない代々木公園散策でもいいらしい。


「レンタサイクルあるんです」

「ああ、そう言えばあるな」

「自転車で走れば気分爽快なんです」

「それもいいな」


 まだまだ日中はクソ暑いが、公園内は樹木も多く街ブラより、多少は涼しさもあるだろう。

 明日の予定は決まったが、明後日はどうしようか。


「明後日だけどな」

「家でまったりがいいです」

「じゃあ、そうするか」

「します?」


 それは状況次第ってことで。

 あ、そう言えば。


「あれとはどうなった?」

「あれ?」

「しょ、妹」

「仲直りしたんです」


 そうか。まあいいんじゃないのか。


「なんで翔真先輩がいいのって聞かれました」


 俺と付き合う女子を異常者と思ったんだろ。真っ当な思考ができる存在じゃないとか。だからなぜ、となった。

 俺も不思議ではある。なぜ心愛はここまで俺に入れ込んでるのか。学校の全女子からシカトされてるのに、心愛だけが気にして近寄ってきて。


「病気と思われたか?」

「ニュアンスは近いです」

「で、なんで俺?」

「同じぼっち臭がしたからです」


 最初に聞いたぞ。


「それだけで?」

「違うんです」

「じゃあ、なんだよ」

「内緒ですぅ」


 くそ、こいつ。へらへら笑いやがって。

 べったり張り付くと「翔真先輩じゃなきゃ駄目なんです」とか言ってるし。意味分からん。

 ただ、ひと言。さっき言った中にヒントはあると。

 もしかして心の有無か。人を愛する心。学校の生徒にそんなものは無いな。愛してるなんて言っても、所詮は打算が働く連中だろ。真剣に恋に悩むとかあり得ないだろうからな。

 成績命な連中だし。それしかないんだよ。下らねえ。


 家に帰ると心愛も当たり前に家に上がり込む。

 一応、文化祭は休むと言っておかないと。言い辛いけどな。

 キッチンで作業する絢佳さんに言うのだが、心愛も張り付いてるし、笑顔で「お世話になりますぅ」なんて言ってるし。ちょっと困り顔の絢佳さんだな。


「明日と明後日なんですけど」


 俺を見るなり「休むの?」と聞いてくる。

 理由を問われ蚊帳の外だったことを伝えると「学校に抗議しないと」なんて言う。やめて。ただでさえ教員から良く思われてないし、むしろ居なくなれって雰囲気だし。学校の偏差値を下げる原因と思われてるからな。

 だが無駄だった。


「明日、休むことを伝えるのと、学校教育に問題があるってことをね」


 親父にも言ってもらうそうだ。金の出所が親父。そして寄付もしている。それなのに扱いの酷さは看過し得ない。


「そこはね、大祐さんの威光を拝借するから」


 今まで学校にすら関与しなさ過ぎたから、親父に言って少しでも改めさせるそうだ。

 無理だと思うけどな。俺の成績がトップクラスなら、校長も頭を下げるかもしれんけど、生憎、最下位に等しいレベルだし。


「大丈夫。理不尽なクレーマーになる気は無いからね」


 平等に見ろ、なんてことまでは言わない。それでも生徒も教師も存在を無視する状態が、真っ当な教育機関の在り方なのか、それを問うそうだ。


「でもね、学校は変わらないから」

「分かってます」

「でも言わないと駄目なこともあるからね」


 幾ら言っても学校なんて変わらない。変えようがない。変化に乏しく前例踏襲で新しいことができない。私立の進学校ともなると、単純に目の前の成績だけを重視する。

 成績が良ければ目を掛けるし、悪ければ尻を叩くが基本は放置。本人次第の面が強いからだそうで。結局は自助努力のみ。落ち零れたら手を差し伸べることはしない。


「人を育てる教育は日本じゃ無理だから」


 抗議はするけど期待はしないでね、だそうだ。

 今と何ら変わりがないだろうけど、俺のガス抜きにはなると考えるらしい。


「学校って日本社会の縮図でもあるの」


 日本が抱える、あらゆる問題の根源が学校には詰まってると。

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