Sid.27 湯舟が小さな露天風呂で密着したい
強羅公園のバラを見終えると西口から出て、箱根美術館を目指し少し歩く。
箱根は標高が少しだけ高い。だが暑い。昼を過ぎると猛烈な暑さがあり、汗だくになりながら美術館に辿り着く。
「暑い?」
「暑いです」
「苔庭は木陰になってるから、少し涼しいと思うけど」
「期待してます」
暑さゆえか口数が減り汗を拭うタオルは、すでにしっとり濡れて汗を吸い取らない。手に持っていると汗でふやけそうな程だ。
絢佳さんもな、ふんわりしたブラウスに汗が染みてる。しかも薄いカーディガンも羽織っているから、かなり暑いんじゃないかと思う。
「絢佳さん、カーディガンって暑くないんですか?」
「暑いけど日除けしないとね」
年齢的なものなのか、日焼けにはかなり気を使っているようだ。折り畳みの日傘も持参していて、それを差して歩いているからな。
美術館の庭園に入ると、確かに気温は幾らか下がった感じだ。木陰となる苔生した庭は少し空気感が違う。この時期は苔で緑一色だが、秋には真っ赤な紅葉が見事らしい。
傘を畳んでバッグに仕舞う絢佳さんが居て「喉乾いてない?」と聞かれ、まだ大丈夫だと答えておいた。
暫し苔庭の散策をし美術館の展示品も見てみるが。
どうやら退屈そうだったのを見透かされたようで。
「あんまり興味ない?」
ないな。火焔型土器とか埴輪とか壺だの、歴史的な価値はあるかもしれんけど、俺如き、価値を見出せる程に造詣は深くない。
「ちょっと」
「実は私も」
そう言って笑う絢佳さんが可愛い。
絢佳さんも土器や埴輪への関心は低いそうだ。絵画は好きで和洋問わずだとか。
「お気に入りの画家とか居る?」
絢佳さんに問われてもな。誰ひとりとして頭に浮かんでこない。あえて言うのであれば漫画家の絵だろうか。エロい絵を描ける漫画家なら誰でもって感じ。
それこそ絢佳さんに言っても意味が無いな。
「居ないですね」
「今度、美術館巡りでもしようか」
それは俺にとって退屈極まりない可能性が。だったらネズミの国で遊んだ方が、たぶん楽しいと思う。
「ネズミの国は?」
「そこは彼女と一緒がいいと思うな」
「居ないです」
同年齢の女子を見ても何も感じなくなった。年下も話しにならない。年上も二つ三つじゃ同じことだし。
大人の女性じゃないと無理だな。
少し困り顔の絢佳さんだったけど「じゃあ大涌谷に行こうか」となった。
箱根美術館をあとにし、すぐ側にあるケーブルカーの公園
相変わらずの混雑具合で外国人がやたら多い。
臭い。
鼻が曲がりそうだ。でかい図体とでかい声とでか過ぎる態度。挙句臭い。
来るなっての。何しに日本なんかに来てるんだよ。
「混んでるね」
「身動き取れないです」
絢佳さんの正面に立つと、ぐいぐい押し付けられる、ばるんばるんだ。のぼせそうだよ。
早雲山駅に着き混雑から解放されるが、駅構内にも人が溢れ返っていて、次に乗るロープウェイの順番待ちも大行列だな。
長い順番待ちの末にゴンドラに乗り込む。他の外国人も一緒に押し込まれ、実に不愉快な気分のまま大涌谷に。さすがに立ち乗りはないけどな。小さな座席に絢佳さんと並んで腰を下ろすも、全面ガラス張りのゴンドラ内は空気が悪い。景色を楽しむどころではなかった。
こっち見んなよ、クソガイジン。景色を見ようとすると目が合うんだよ。
大涌谷駅に着いて、やっと人心地付いた感じだ。
伸びをして絢佳さんと黒たまごを買いに、駅舎を出て大涌谷くろたまご館に向かった。
中に入ると土産物店だな。黒たまご中心ではあるが。
「じゃあ買うから食べて行こうか」
五個入り。一個からの販売じゃないのか。さすがに一度に何個も食わないけど、消費期限が短いから持って帰ると腐る。ましてやこの暑さだ、明日には腐卵臭が漂うだろう。
結果、無理して俺が三個、絢佳さんは二個食べた。
飲み物は自販機で買って飲みながら、山肌に立ち昇る湯気だか煙を見て移動することに。
次は桃源台駅で降りて、少し歩くと宿泊予定のホテルがある。
ガイジンで埋まるゴンドラ内で、不快な思いをしながら桃源台に着き、解放されるといよいよ期待値が高まるわけで。とは言え、何かあるとは思ってない。絢佳さんから見れば俺は手の掛かる息子程度だ。毛も生え揃わないガキ、ではないが、恋愛対象にはならないし男としても見ないだろうから。
駅前のバス停を抜け道路に出ると、暑い中を暫し歩き続ける。
「まじで暑い」
「そうね。昔はもう少し涼しかったけど」
二十代前半に訪れた時は、ここまで暑くはなかったそうだ。
昨今、急激な気温上昇で日本中が暑くなってる。しかも夏でもない時期なのに。
湖畔に沿って歩き途中、駐車場があり少しショートカットできそうな。
「ここを通れば」
「人の敷地だと思うけど」
「でも、通ってますよ」
ガイジンは遠慮なく通ってるし、中には日本人も居て同じように通り抜けてるし。
開き直って通り抜けると、多少は短縮できたようだ。そのまま道なりに上り坂を歩くと、左手にホテルがあった。
「ここですか?」
「そう」
「やっと着いた」
「汗だくになっちゃったね」
ホテルの敷地に入ってチェックインを済ませる。
部屋は露天風呂付きデラックスルームとかで、和洋室にプラスして露天風呂が付く。
「宿泊費って高くないですか?」
「大祐さんの好意だから」
絢佳さんには、粗末な部屋に泊まって欲しくないらしい。
「あとね、大浴場だと」
気になるそうだ。同性からの視線であっても、やはり大きいことで視線が集まるとか。それでもすぐ目を逸らしてくれはするそうだが、他人の視線に敏感になっていて、肌を晒すのに抵抗があるらしい。
肌じゃなくて、ばるんばるんだよな。親父の前ではフルオープンだろうけど。
俺にも、と思う。
予約した部屋に入ると廊下があり、右側にベッドルームと奥にリビングがあるようだ。
「普通の家みたいですね」
「セミスイートって感じかな」
リビングルームに行き荷物を下ろすと、真っ先に露天風呂を見てみることに。
リビングに扉を隔て洗面所兼脱衣所があり、その先に丸い湯舟の露天風呂があった。
「見晴らしがいいし湯舟も思ったより大きいです」
「これならゆったり入れそうね」
二人で、とはならないか。
残念。
リビングに戻ると夕飯までに、一度汗を流したいってことで、露天風呂に入ることに。
「絢佳さんが先でいいですよ」
「翔真君が先で」
なぜか俺が先になる。あれか、やっぱり何かしら気にする面もあるのか。
まあいいや。脱衣所に入ってドアを閉じて、服を脱ぎ洗い場で体を洗い、ベランダにある湯舟にダイブして景色を楽しむ。
これ、湖畔側だけど向こう側からは丸見えだよな。船からは。距離があるから高倍率の双眼鏡が必要かもしれんけど。
風呂から上がり浴衣を羽織って、リビングに戻り絢佳さんに入ってもらう。
「お湯どうだった?」
「快適でした」
「じゃあ入るから」
そう言って、いそいそと脱衣所へ向かい、ドアはしっかり閉じられた。
覗きたい気持ちはあるが、関係が壊れるし変態扱いされるだろうし。俺への信頼も無くなるだろうからな。ここは耐えるしかない。
ただ、リビングから出ると露天風呂が丸見え。ベランダからな、さりげなくなんて思ったりも。
出ないけどな。
くっそ。凄く見たいぞ。
元気だなあ。想像しただけで。
小一時間もしない内に絢佳さんが、浴衣を羽織って風呂から上がったようだ。
「いいお湯でした」
すっかり寛いだ感じになってるな。しかも色っぽいし。少し紅潮した感じの頬がまた、何とも言えない雰囲気を醸し出してる。
リビングのソファに腰を下ろし、湯上がりの茶を飲んでひと息吐いたようだ。
その浴衣の下に凄まじい、ばるんばるんがあると思うとな。
そして一緒の部屋。堪らん。
今夜は素直に眠れるのだろうか。
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