Sid.20 精神的な存在感が大きい小柄な体格

 精神的な存在感のある絢佳さんだが、ハグされ、してみて分かったのは小柄なのだなと。小柄ではあるが華奢ではない。部分的に肥大化してるからな。

 その感触を堪能しつつ、やはり絢佳さんは俺の心に占める割合が大きい、と実感した。

 好き、なんてレベルではなく親父と同じく、女性として愛してるのかもしれない。

 ハグされることで大学入学と同時に家を出る、なんて気持ちが物凄く揺らいでしまう。

 ずっとこのまま抱き締めていたい。俺の腕の中に居る小柄な存在を、俺のものにしたいといった衝動が激しくなる。


 無理だけどな。

 女性としての絢佳さんは親父のものだ。

 そして俺は子ども。


「あの、翔真君」


 そろそろ離れてもいいかな、と言ってる。

 俺の顎の位置くらいに絢佳さんの頭。まだまだ艶のある髪。そしてほんのり香るのは何だろう? 香水なんて使ってないだろうし、シャンプーとかコンディショナーの香りか?

 少し違う気もする。体臭や頭皮から出る分泌物など、それらの混ざり合った複雑な匂いだと思う。少しむわっとする感じで、嗅いでいると引き摺り込まれそうな。


 目が合った。顔を上げ上目遣いで「あ、あのね、もう充分かなって」と、若干頬を赤らめて言ってる。


「もう少し」


 腕に力が籠る。離したくない。このまま押し倒して自分のものに、なんて気持ちが沸き起こるが、それをしたら関係は終わると理解している。

 決して男女の関係にはなれないからな。


「翔真、君」


 物凄く後ろ髪を引かれるが、腕を離すと「寂しいんだよね」と口にしてる。

 正面に立つ絢佳さんの目は俺を見据え、少しすると「食器片付けて洗濯しないと」と言うと背を向け離れてキッチンへ。

 椅子に腰を下ろし絢佳さんを見るが、目が合うと「あのね、無理に家を出なくてもいいんだからね」だそうだ。俺の気持ちを察したかもしれない。


「そうだ、勉強しなきゃ」

「まだ定期考査中だものね」

「赤点は避けたいんで」

「あとでお菓子とお茶持って行ってあげる」


 気持ちを切り替え自室に向かう。

 絢佳さんも気持ちはすでに切り替えて、主婦モードになったことだろう。


 部屋に入って机に向かい軽く勉強、などと思いはするが、タブレットの画面を見ていても見えてない。

 匂いと感触。俺の頭の中はそれでいっぱいだ。

 あ。


 恐ろしいことに気付いてしまった。

 絢佳さんとハグをしている最中に反応した。悟られたかどうか表情から察することはできないが、頬を赤らめていたということは、バレてる可能性も。

 ヤバいな。

 女性として意識してることまでバレたら、ますます接し辛くなるじゃないか。


 急に恥ずかしくなり机に突っ伏し、暫し悶絶状態。

 忘れろ。一時的でいい。今は勉強に集中しよう。


 悶々としつつテスト範囲の復習をするが、頭に入るわけもないな。雑念だらけで絢佳さんが脳内で微笑んでる。ばるんばるんを揺すり両手を広げ、俺を迎え入れる姿を想像したり。

 繋がりたいなあ。


 ドアがノックされ現実に引き戻された。

 開けるとトレーを手に持つ絢佳さんが居て「勉強、捗ってる?」と聞かれる。


「まあ、それなりです」

「テスト中は家庭教師、呼ばないの?」

「受験対策と学校のテストは少し違うんで」


 机に視線をやり俺を見て「頑張ってね」と言うと、ティーセットを机の空きスペースに置き、背を向けると部屋をあとにした。見事な揺れ方だな。

 ドアを閉じ足音が聞こえなくなると、盛大なため息が漏れ出る。

 目にも毒、体にも毒。存在自体がな。

 互いの気持ちはひとつにならない。見ているものが違うから。


 椅子に腰掛け机に向かいタブレットの画面を見ているだけ。

 勉強どころじゃねえ。刺激が強過ぎた。


 夕飯の時間までだらだら、何をするでもなく妄想絢佳さんと愉しんだ。

 夕飯時にティーセットを持ちキッチンに向かうと、今日は妙に早いじゃねえか。まさかの親父が居て俺を見ると「ひとり暮らしをするのか?」と聞かれる。

 絢佳さんにティーセットを渡したあと、椅子に腰を下ろし軽く親父に視線を向けた。


「その予定」

「大学の近くが楽でいいぞ」

「だよね」

「その時になったら言え」


 手続きは全てやるそうだ。金の心配は要らないから、勉強する上で快適な環境を選んでおくといい、とも。

 繁華街の近辺は騒々しいから避けろとも言っている。

 無駄に周囲の誘惑が多くなり、結果、遊び歩くバカ大学生になるからだそうだ。

 大学での友人も慎重に選べと。とにかく高校生と違い、できることが増える。悪いことに手を出す輩も多いそうで。酒やギャンブルには手を出すな、とも。

 コンパとかありそうだけどな。誘われたら断れないだろうし。

 まあでも法律上二十歳からだし、二年程度は大丈夫だろう。


 俺の隣にうざい存在が間を空けて腰掛けたようだ。

 まあションベンガキだ。こいつのせいで俺はひとり暮らしを選択するしかなくなった。俺さえ排除できればいいんだろうよ。とんだクソガキだな。

 同居となれば警戒するのも理解はする。だが、端っから拒絶され続けるとな、いくら俺でも殴り飛ばしたくなるぞ。

 自分の気持ちだけを押し通し、相手のことなど一切考慮しない。

 将来、とんでもなく横柄な女王様になりそうだ。


 将来どうなろうと知らんけど。


 食事を済ませると自室に戻り、明日に備えて勉強しておこう。

 絢佳さんを見ると動悸が激しくなるから、無理して目を逸らしたりしていたけど。本音では見つめていたかった。

 気持ちが少し落ち着いたことで、本業の勉強に少し向き合うことができたようだ。


 適当なところで勉強を切り上げ風呂に、と思い洗面所に行くと明かりが灯ってる。

 まだ二十二時くらいだから、あれが占拠してるってことか。実に面倒だ。我が物顔で占拠しやがって。なんで俺が気を使わなきゃならん、と理不尽な思いはあるが、どうせ話にならない。

 已む無く一旦部屋に戻り、少し時間を置いて再び洗面所へ。

 今度は暗くなっていて風呂に入れるようだ。

 湯張りは済んでいるようで、絢佳さんがやっておいてくれたのだろう。さっさと入浴を済ませるが、誰かが洗面所に入って来てるようだ。


 浴室の曇りガラス越しに見える姿は、よく分からないがションベンガキではないな。

 すると声が聞こえてきて「翔真君、洗濯物持って行くからね」だそうだ。

 ちょっと恥ずかしいんだよな。

 絢佳さんが来るまでは自分で洗っていた。どんな汚れ方をしようと、洗うのは自分だったから何も気にしなかったが。今は少し違う。何らかの痕跡が残っていたらと思うとな。

 脱いだ時に簡単にチェックだけはする。


 絢佳さんがいちいち気にするとは思わないが、そこは俺が気にするってことで。


 入浴を済ませると自室に戻りベッドに体を横たえる。

 昼間に受けた刺激を思い返すと、無駄に反応を示すんだよな。

 いつか絢佳さんに使える時が来れば、などと妄想しつつ宥めて落ち着くと就寝。


 カーテン越しの光で目覚めるが、今ひとつ寝覚めの悪い状態だ。それでも無理やり起きて着替えると、一階の洗面所に向かい顔を洗う。

 気付いた絢佳さんが「おはよう。上、使ってるの?」と聞いてくる。


「分からないですけど、それも想定してこっちで」

「なんか、翔真君にばっかり気を遣わせちゃって」

「いいですよ。残り一年に満たないうちに家を出ますから」


 よくはない。でも揉め事を起こす気もない。ションベンガキに人の気持ちを理解できる、などとは思っていないからな。そんな奴に言うだけ無駄だし、まじ喧嘩になりかねない。

 そもそも女子なんて他人の気持ちを慮れない。自分最優先かつ感情だけで生きてるに過ぎないからな。

 相手にすると疲れるだけ。

 そこから大人になる人と、そうでないガキのままの人に分かれるのだろう。

 大人になれた人が絢佳さんってことで。

 ションベンガキは一生ションベンガキのままだろう。あれに人としての成長は無い。

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