108歳 つむぎ婆の怖い話
popurinn
第1話 十歳 魂(たま)の木
つむぎ婆、十歳‐昭和元年(一九二六年)のこと。
老人施設内のロビーの椅子に、つむぎ婆は座っている。小さな身体は椅子に埋もれて置物か何かのようだ。
つむぎ婆はぽつりぽつりと話出す。
「学校へ行くのは難儀じゃったなあ」
ーー学校はすぐ近くにあったんですか
「遠かったな。四キロぐらいはあった。うちは山ん中にあったから、猟師しか通らないような細い道を通ってな。雨の日なんか、そりゃ歩きにくくて。昭和のはじめ頃のことじゃから、バスも通ってなかったしな」
ーー大変ですね
「でもな、同じ集落のけん坊といっしょじゃったけん。楽しかったわな。テレビもない頃じゃろ? ラジオだって、まだ山ん中では聞けんかったから、二人でいろんな遊びを考えてな。道草しながら通ったもんじゃ」
ーーいなくなったのは、そのけん坊ですか?
つむぎ婆は、遠い目になった。
それからしばらく口をつぐむ。目も閉じてしまった。
ーーおばあさん、眠っちゃった?
つむぎ婆が目を開けた。
「けん坊が叫んどる」
ーー何か、聞こえるんですか?
「聞こえる、聞こえる。あんたには聞こえんかの」
けん坊というからには、子どもの声だろう。
そんな声は聞こえない。ロビーに置かれたテレビのニュースの音声が流れてくるだけだ。
「ここだぁー! ここだぁー!」
突然、大きな声で叫んだつむぎ婆に、驚かされてしまった。
どうしましたと、介護職員が飛んできた。
「おばあちゃん、どうかしたの?」
つむぎ婆は、呆けた目で職員を見ると、うっすら笑った。
安心した職員が、元の仕事へ戻っていく。
ーーここだぁーってけん坊が叫んでるんですね
つむぎ婆が深くうなずく。
ーーけん坊はどこで呼んでるんですか?
つむぎ婆は、恐ろしい顔になった。皺だらけの頬を歪め、唇を震わせる。
「峠にさしかかるところに、魂(たま)の木があってな」
ーーたまの木?
「村でいなくなった者は、魂の木に宿ると言われておったから」
どうやら、つむぎ婆が育った村では、そんな言い伝えがあったようだ。
昭和元年。山深い村には、まだ電気も通っていなかっただろう。不思議な話があっても信じられる気がする。
「けん坊が川で溺れて死んだあとに」
つむぎ婆は、悲しげに言う。
「おらはさびしくってな、魂の木を探して山を歩いた。日が暮れかかる頃まで歩き続けた」
ーー見つかったんですか、その木は
つむぎ婆がうなずく。
「ここだぁーっ、ここだぁーって、上から声がしたから」
つむぎ婆が、歩き疲れて、大きな木の根元にしゃがんでしまったときだったという。
上を見上げると、けん坊がいた。
けん坊だけじゃない。たくさんの顔が、顔だけが、まるで枝についた葉のように、さわさわと風に揺られていたという。
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