ショートショート『赤ずきん』

名古屋大学文芸サークル

第1話 『舞台裏』 作:くいな

「日々を悪事に費やす紳士淑女諸君、お集まりいただきありがとう。今回もそろってこの会を開くことができ、嬉しく思う」

 西洋東洋なんでもござれ、不思議パワーの理不尽な荒らし屋。童話界随一のオールラウンダーヴィランの魔女は、物語ではとても見せないような柔和な笑みを浮かべた。揺れるランタンの炎が照らす。

「辛いからねえ、この仕事。同志と愚痴らなくっちゃ、とても耐えられんね」

 童話界のベテランヒール、「こいつ絶対敵だろ」ランキング不動の一位の継母は、乾杯を済ませないうちに、早くもビールでソーセージを流し込んでいる。紅茶にスコーン、悪だくみの彼女の影はここにはない。

「継母ほど語感に矛盾する存在も珍しいですけどね。ママに母なんですから、これ以上の味方はいないでしょうに」

 悪略謀略張り巡らす冷血の悪魔、インテリヴィランの狐はより一層目を細めて屈託なく笑う。平皿に注いだ赤ワインをぺちゃぺちゃ舐める。

「実際、大半はそうなんだろうけどなあ。ま、舞台装置としては盛り上がるよ」

「流石に多すぎな気もするけど。この前、日本の物語にも出てなかった?」

 『かちかち山』で全世界を震撼させたダークホース、千変万化のオーソリティの狸は、切り株にちょこんと座っている。獣性を秘めているのではなく、素で可愛い。演技力の幅があまりに広いのである。

「いい演技だった。綺麗だったよ」

 ちょっと、と意地悪婆さんが意地悪爺さんにきつい目をする。欲にとりつかれ身を亡ぼすお家芸はもはや芸術の域に達しており、業界では一目置かれている。そんなプロフェッショナルも、浮気性の色男と嫉妬深い美人のおしどり夫婦として出席できるのがこの会合である。

「ふふ、見てくれたんだ。東洋のメイクも奇抜で良いわね。ちょっと赤みが足りないけど」

 足りないと言えば、と鬼が口を開く。強奪、殺人、疫病に災害を形にすれば、作品中の彼になる。今は下戸としてオレンジジュースを片手に、皿の最後の一つを引き受ける役割に徹している。

「オオカミさんはいないようですね」

「ああ、彼は遅刻すると言っていた。なんでも、直前まで撮影だとか」

「悪い、遅れた」

 丁度その時、のしのしとオオカミがやってきた。普段の溌剌とした正義漢の姿はそこにはなく、心身ともに疲弊しているのが見て取れた。ドスン、と石でできた椅子に座ると、反動で食器が少し浮いた。

「手ひどくやられたようだね。まあ赤ワインでも飲みたまえよ」

 ひっ、とオオカミは耳をごつごつした両手でふさいだ。

「ワイン」狐が探る。オオカミは恐る恐る手を耳から離した。

「赤」狸が探る。ひっ、とオオカミは再び耳を塞いだ。

「何があったんだ。相手は少女じゃなかったっけ」魔女は驚いている。

「ああ。おばあさんに扮して、あ…… 赤い女の子を襲う。で、良いところで逆転される。目新しくもない。さっそくおばあさんの家に向かって…… 俺は戦慄した」

 オオカミは目に涙を浮かべている。鼻をかむと、机の上の黄色い花がすべて吹き飛んだ。

「教えられた住所は森の最奥部を示していたんだよ。この意味、分かるか?」

「病院も近くにないし、食べ物を持ってきてくれる人もいないってこと?それって…… 」

「口減らしだね」「そういうこと」オオカミは頷いた。

「で、そんな死の小屋を孫の女の子が訪れるんだぜ」

「その子も可哀そうだね」「追い出されたのかな」「と、思うだろ。俺もそう思ってたんだよ」オオカミが再び鼻をかむと、風圧で狸が吹き飛ばされた。魔女が杖を向けて引き止め、切り株の上にすとんと落とす。オオカミは礼を言って語った。

「仕事は仕事だし、どうせ死ぬんなら俺が食ったって変わらねえ。そう考えて、おばあさんに成りすまして待ち構えた」

「女の子が実は腕利きの戦闘狂だったり?」

 狸がオオカミの眉間の弾痕と縫合した腹の傷を見て聞く。

「いや、そういう訳でもなくてな。無事に女の子を腹に収めて、ひと眠りしようと横になったところで…… 銃声が響いた」

「それがこの額の傷か。しかし、銃を撃ちそうな人物なんて今のところ出てきたかな?」

「俺を撃ったのは猟師だった。おかしいだろ。ぽっと出の猟師が偶然森の最奥部を通りがかってオオカミを見つけ、腹の中の少女とおばあさんに気づき、助ける。こんな偶然あるか?つまり」

 ごくり、とヴィラン一派は固唾をのんで次の言葉を待つ。

「あの猟師は依頼されてあの場所を訪れた」

「…… 少し前にオオカミ宛に仕事の依頼があったよね。あれの標的は誰だった?」

「覚えちゃいねえ。気に食わなくて受けなかったからな。ということは逆に考えれば……老人だったんじゃないか。俺は若い肉の方が嬉しい」

「依頼書、探してもいいかい?」「いいけど…… 何だってんだ」

 魔女が杖で空中に円を描くと、その中に折れ曲がった手紙が映った。

「標的は…… 件の女の子の祖母。おばあさんだったようだね」

 この会議はどこに向かっているんだろうか?という空気が机を包む。

「…… 口減らしに俺が利用されているってことか?」

「いや。どうやらおばあさんを食べるよう依頼されていた日、猟師があの小屋を訪れていたようだ」魔女は二つ目の円を空中に出して答える。

「おばあさんを出汁にオオカミ、きみをおびき寄せて駆除しようとした。しかしきみの偏食により失敗。今度は少女を使っておびき寄せた。そんなところじゃないかな」


 オオカミは明かされた謎にがたがた震えている。狩る側のヒールは、あくまで正当防衛される立場のヒールは、能動的に計画的に襲ってくる人間に恐怖したのだ。

「もういやだ。たくさんだ。化けの皮被ってたのはむしろ人間じゃねえか。しばらく次の仕事は受けねえ」

 ヴィランたちは、すっかり変わってしまった友人を見るに堪えなかった。膂力にものをいわせ破壊の限りを尽くす野生、その変貌を悲しく思うのであった。

「…… オオカミさんはどうしてそんなに耳が大きいの?」継母が聞く。

「…… 外敵に早く気付くためさ」

「どうしてそんなに立派な牙があるんですか?」狐が聞く。

「…… 襲おうなんて気を起こさせないためさ」

「どうして今日の眼はぎらついていないんですか?」鬼が聞く。

「…… 話、聞いてただろ」

「かっこいいオオカミさんが見たいよ」狸が零す。

「…… 」

「次の依頼がきているようだね」魔女がお手製の双眼鏡を覗いて言う。

「勝手に俺のポストを覗くんじゃねえよ…… 」

「相手はヒトじゃない。三匹の子豚のようだ」

「いいじゃないか、オオカミくん。ボーナスステージだ」「ここからまた慣らしていきましょうよ」

「恐怖を知っちまった俺は…… 悪役で居続けられるかな」オオカミはぴくりとも動かない。

「正義のためには悪が必要だ。それに私たちは、きみの悪役っぷりが大好きなんだ」

 魔女の言葉に、オオカミは顔を上げた。

「騙されて死ぬのなんて慣れっこじゃない。次の議題もできたわね」

「負けることを前提に話すなんてひどいですよ、継母さん」

「必殺技なんて編み出したらどうかな。そしたら無敵!」

「また馬鹿な事言って、この狸は」「いや、案外ありかもしれんぞ婆さん。さっきの肺活量なんてすごかったじゃないか」

「とにかく、私たちは待ってますから。オオカミさん、あなたが再び悪役として恐怖をふりまくその日を」ヴィランズはそろって熱を帯びた目を向ける。

「オオカミ。どうしてきみの口はそんなに大きいのかな」魔女が尋ねる。

「それは…… 」オオカミはあきらめたように笑った。

「この集まりで、たっぷり食うためさ!ぐわっ!」

「よく言った!飲め飲め!」「明日からまた忙しくなるわね!」「無理はしないでくださいね」「必殺技の練習、手伝わせてよ」「馬鹿馬鹿しい。けど…… 馬鹿は酒の肴にはなるわね」「僕が三匹の動物を相手取った時はですね…… 」

 既に夜は黒よりも深く塗られている。しかし彼らの机を、暖かなランタンの光は煌々と包んでいた。

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