第2話

「身体強化発動!」


 筋力と素早さが極限まで上がった。

 思考加速により世界はゆっくり進むようになり、それに肉体が追いつくように身体能力が強化された。

 

 地面を駆け、軌道は予測できないように無作為にする。

 

「グロロロ……」


 こちらに気づいたドラゴンは身を屈め、警戒した。


 これはアレかな。

 ブレスを吐きそうな感じだ。

 今までドラゴンとは戦ったことはないのだが、それでも何故かモーションから分かる。


 レッサ―ドラゴンと動きが似ているから分かるのだろうか。

 

 そして、ドラゴンは灼熱の炎を吐いた。

 

 摂氏1000℃は軽く超えそうな炎であったが、当たらなければどうという事はない。


 地を蹴り、宙に舞い上がることでブレスを回避。

 そのまま天井に斧を突き刺して宙ぶらりんになる。

 因みにダンジョンは閉鎖空間であるため熱が籠って辺りはさながら地獄の様相だ。

 一応、結界は張っているため熱自体は何ともないが……。まあ、それでも凄まじい光景だ。


 しかし考え込んでいる場合ではないので腹筋を駆使して天井になんとかして足を着け、蹴る。


 一直線にドラゴンに向かって跳び、重力も交えた強烈な一撃を横っ腹に叩きこんだ。

 

 衝撃により、ダンジョンの床は抉られ、土埃の様な何かが舞った。


「ギャアアアアァァァアアア!!!」


 耳をつんざめく叫びがダンジョンの中に響いた。

 

 ちゃんと効いているようだ。

 まあ、致命傷にはなっていないようだけど。


 今度は斧に魔力を込める。

 武器に魔力を込めると、様々な効果が得られる。

 一つは耐久性が上がる。もう一つは殺傷能力が上がる。


 まあ、殺傷能力と言っても込める魔力によって千差万別なのだが、今回はありったけの魔力を込める。


 しかし、残念な事に魔力を込めるという行為はメリットだけしかないという訳ではない。

 そう、若干隙が生まれるのだ。


 魔力操作に意識のいくばくかを割かなければならないわけで、当然敵の攻撃への判断能力が下がる。


 そんな俺の隙をドラゴンが見逃す訳もなく、巧みにその尻尾から一撃を繰り出してきた。


 象をはるかに凌ぐその巨体から放たれるその攻撃は一撃必殺の凶悪な技である。

 当たれば死。

 それだけでも十分凶悪なのだが、さらに厄介なのが避けても攻撃がダンジョンに当たることで二次災害的な落石が発生する。


 これはまあ、そこまで脅威ではないのだが、それでもうざいっちゃうざい。

 正直戦っててイライラする。

 本音を言えばドラゴンとは戦いたくない。

 だって、ぶっちゃけめんどくさいだけだからね。

 

 そんなドラゴンの尻尾攻撃なのだが、そのまま避けるとめんどくさいんで斧で叩ききることにした。


「スキル発動【断頭】!」


 俺専用の固有権能ゴミスキルである【断頭】。

 その効果は対象の首を弱点から超弱点にする、という物。

 いや、そもそも他の強つよスキルで首殴れば超弱点にしたところでそこまで火力変わらなくね?と言われているためゴミスキルとなっている。

 というか、言われているだけじゃなくて実際にそうなんだけどね。


 でも、このスキルにはサブ効果がある。

 それは”やや筋力と速度を上げる”という効果だ。

 やや、という文言なのだが実際はバフを含めてそれぞれ1.5倍にするという強力なバフがある。

 それも、バフを含めて、だ。

 

 ぶっちゃけサブ効果がメイン効果なのでは?と疑いそうになるが、誰がなんと言おうと首を超弱点にするって効果がメイン効果なのだってギルドのお姉さんが言ってた。

 

 まあ分からなくもない。

 だって断頭って名前なのだ。それでサブ効果をメイン効果にすればアイデンティティの崩壊も訳ないからね。


 とまあそんなことはさておき、バフを乗せた重撃をドラゴンの尻尾に叩き込んだ。


 すると、綺麗にスパッと切れ、そのまま切れた方が放物線を描きながら明後日の方向に飛んで行った。


 そしてそのまま流れに任せて一回転し、威力を保ったまま地を蹴りドラゴンの首に叩き込む。

 

 先ほどの尻尾とは違い、こちらはクソスキルのメイン効果まで乗っているため豆腐を切るかのようにすっぱりと切れた。

 

 ドラゴンは痛みに咆哮を上げることなく絶命した。


 その巨体は崩れ落ち、あたりに静寂が訪れた。


「あ、やべ、配信してたんだった」


 突然自分が配信していることを思い出し、懐からタブレット形状の配信器を取り出しコメント欄を見る。


《ぶれっぶれでなんも見えねえ》

《死んだ?》

《↑アホナノカ?マダガメンウゴイテルゾ?》

《おーい、大丈夫?》

《ドラゴン倒した?》


 俺がドラゴンを倒している間にどうやら視聴者たちは心配してくれていてくれたようだ。

 あったけえ……。

 なんか変なコメント紛れてるけど、うちの視聴者あったけえよ。 


「あ、はい。大丈夫です。そこまで強くなかったんで」


《今の奴ってA+くらいありそうだったよ》

《うわあ……》

《バーサーカーやん》


 視聴者になんかドン引きされたんだけど。

 

「え?なんかドン引きする要素あった?」


《そういうところ……》

《普通にA+を倒せたら化物なんだよなあ》

《お母さんは悲しいです》


 弾丸のように流れるコメント。

 どうやら多くの視聴者は俺のことをバーサーカーか何かだと認識しているようだ。

 全く持って失礼である。


 と、その時近くに負傷者を見つけた。


「あ、ケガしてる人がいる」


《こんなところに?》

《てことはA級相当の実力があるってことよな》

《なんかの配信者かなんか?》

《wktk》


「うーん、見てみますね」


 近づいてみる。

 すると、負傷者は女性であることが分かった。

 しかしドラゴンのブレスのせいか服は燃え尽きていて全裸だった。


「ちょ!モザイクモザイク!」


《いけませんねえ》

《BAN不可避可避》

《この配信はR-18ですか》

《お前ら負傷者で興奮してるのか?》


 咄嗟にカメラ設定を弄ってモザイクをかけた。

 ダンジョン配信では稀にグロや裸体が映ってしまうことがあるため、ガイドラインでは数秒程度なら許容する、というガイドラインが決まっている……筈。

 だから、きっとBANはされないよね?

 

 と、そんなことを考えながら女性の状態を見てみるが、酷いものだった。


 体の左半分が削れており、大きな空洞が出来ていたのだ。

 俺が来た方向とは逆側だったため気づかなかったがとんでもない大けがだ。

 てか、魔法がなきゃ死んでいたレベルだ。


 早速治癒魔法を展開し、女性の治療を始める。


 右手と左手を空中に開き、魔方陣を展開。


 陣から光の粒子が生成され、肉体へ吸い込まれてゆく。


 吸い込まれた粒子は細胞の再生を極限まで促進し、見る見るうちに再生させる。

 肉体の再生に必要なエネルギーは術者の魔力により肩代わりされる。

 そうしてだんだんと再生されていった女性の体の左半分はやがて完全に再生した。


「うん、これでよし!」

 

 カメラのモザイクを外す。


《え?主って回復魔法使えたの?》

《マジかよ》

《過去のアーカイブ見れば分かる》

《もしかして、主って有能?》


「ククク、気づいてしまったか。そう、俺は有能なのだよ視聴者諸君。分かったかね?」


《それ自分で言うのかあ……》

《自分で言うと痛いんよな》

《ママはそんなこと教えた覚えはありません》


 さっきからママが湧いてきてるけど、まあいっか。

 

 と、その時、女性の隣においてあったカメラに気づいた。


「ん?これはなんだ?」


 手に取ってみる。

 すると、なにやら自分の額に取り付けられているカメラと全く同じものであることに気づいた。

 

 もしかして配信しているのか?

 その考えが浮かんでくるまで殆ど時間を要さなかった。

 となると、俺の顔が今全世界で放送されているという事か?

 いや、全世界ってのは過言だけど、まあ、インターネットだし実質そうか。

 

 俺は今までの配信の中で素顔を晒したことはなかったのだが……。

 どうやら俺はトラブルによって素顔が公開されてしまったようだ。

 つってもまあ、そこまで実生活に影響なさそうだしな。

 何を隠そう俺はニートなのだ。つまり、素顔が公開されてしまったところでなんも失うものはないのである。

 守るものが無ければ失うこともない、というやつと同じだ。

 あれ?なんか目から水が流れてきて……。


 ってそんなことはどうでもいい。

 なんかカメラのレンズの中に俺の知らん奴が写ってるんだが?

 これはそうだな……大体小学5年生の女児くらいの顔か?

 普段からそういう本でお世話になっているからな。判別は簡単に出来るのだよ。

 しかし、何故小学5年生の顔がカメラのレンズに映ってんだ?


 ん?

 あれ?

 もしかして、俺がこいつなのか?


 その瞬間、自分がロリータになったという恐ろしい考えが脳裏に過った。

 そして、そんな考えを払いつつコメント欄を見た。


《え?そっちの配信見たけど主めっちゃ可愛いロリなんだが》

《つまり今までロリが巨斧を振り回していたと?》

《マジかよ、どこの人?》

《未成年ってダンジョン入れないんじゃないの》

《だから視点が低かったのか……》


 弾丸の様にコメント欄が流れているのを見て俺はその最悪の考えが正解であったことを確信した。

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