第40話 土精霊さん発見

 始業式を終えて数日。

 Aクラスの部員たちと昼食中。


 右にクラウス、向かいにラヴィ。斜め向かいにミリー。

 呼び捨てにはまだ違和感があるけど、昨日部室に行ったらそんな話題になっていたのでトライ中。

 あと、ワコウ料理がちょっと流行してるかも。


「……ミリーは、嫌いな食べ物ないの?」


 この子、俺のメニューを真似していると思われる。

 トンカツ美味しい。


「な、なんでも、美味しいです」


 ぽやっとしていて、食べるのもいちばん遅い。けど、成績はとうとう聖属性クラス2位になった。俺の後ろの席だ。

 理由は、魔力が増えたからだけではないと思う。


 俺はミリーに再生を教えているんだけど、ミリーは休み時間のたびに人体の図が入った本を熱心に読んでいる。


 あらかた食べ終わるころ、ラヴィさんがぐるりとあたりを見回した。


「ユイエル、爵位を継げば陞爵は確定のようですわね。おめでとうございます」

「……ありがとう? そんな情報どこから?」


 俺はフヨフヨからの知らせで知った。眷属が聞きかじったみたい。

『賢者』を治した功績で内定ってことだ。


「叔父から聞きました。ここの理事ですわ」


 始業式で挨拶をしたおっさんか。ヴァイス家は親族が多い。


「……そうなんだ。まあ、うちは領地ないし、あんまり関係ないかも?」


 爵位が上がると領地が広がる。けど、そもそもうちは領地お断りしちゃってる。


「領地は、うけませんの?」

「うん。経営できないし、興味もないからね」


 島をゲットしたし。

 領地は不要だ。


 なんだかクラウスがあきれ顔でこっちを見てる。向上心がないわけじゃないよ?

 ほかにやりたいことがたくさんある。


 ラヴィは笑顔でうなずく。


「王都を離れないのであれば、たしかに不要かもしれませんわね」


 うなずいておく。

 こっそり王都を離れる予定はある。すでにアストラルボディで離れまくっているし。


 またあたりをゆっくりと見回すラヴィ。

 なんか不穏。


「それで……その、以前正妻にとお願いしたのですが、訂正いたします。私とミリーを側室にしていただけませんか?」


 ……なんか外堀埋められてない?

 誰とは言わないけど暗躍している人たちに言われたんでしょ。

 あ……まずい。シェキアに断らないでと言われ、わかったと頷いたままだ。


「や、えーと……側室?」

「はい。3女ですし……実はヴァイス家では、火属性があまり好まれないのです」


 まるで、だから安心してくださいと言っているみたい。


「……正直に言うけど、血筋ってそこまで重要じゃないと思うんだよね。マックスやシェキアを見ていて思わない?」

「それはユイエルが特別なのですわ」


 クラウスもうなずいた。

 そうきたかー……。

 俺は『剣聖』の息子だ。血筋関係ないとか言っても説得力皆無。


 事実は、血筋まったく関係ない。でも、アストラルボディで宇宙へ行ったら魔力プレゼント能力のあるフヨフヨと仲良くなりました。だから部員の魔力を増やせるんです。なんて言っても信じてもらえないでしょ。


 なんだか、ラヴィもミリーも、とても不安そうに俺を見ている。


 おそらく俺は、側室の話をどうしても断りたいわけでは、なくなってきている。

 もう流されちゃおっかな、と思い始めている。


 けど、血筋推しの価値観は合わない。これだ。これがきっともやもやする原因のひとつだ。


 あとは、どこかでアンナさんをギャフンと言わせられれば満足。


「ごめん、えーと、血筋とか家柄とか? その……上手く受け入れられないというか……」

「……やはりシェキアひとりを正妻にしたいのですか?」


 あ、ヤバい。

 ミリーが泣きそう。

 ラヴィは少し眉を寄せているだけだけど、ミリーの琥珀色の瞳はみるみる潤んでいく。


「そ、そうじゃなくてっ……」


 ちょ、こんな修羅場は40年生きて1度もなかったのに、なぜ11歳でこんなことに。


 優柔不断な俺がいちばん悪い。けど、絶対にギャフンと言わせる。絶対だ。


「俺が爵位を返上したり、もし子どもができなくても、それでもいい?」

「えっ」


 声をもらしたのはラヴィ。

 ミリーは大きく頷いた。一瞬の躊躇もなく。


「……ミリー、シェキアと仲良くできる?」


 コクコクと何度も頷くミリー。

 いま好かれていることだけは、わかった。


 ……なにも11歳で決めることはないのにな。でもこれはここの価値観じゃない。たぶん11歳の感覚でもない。


 もし、ミリーの好意が子どもの初恋みたいなものなら、4年後には気が変わっているかも。


 少なくとも俺の初恋は、見ているだけで終わった。クラス替えかなにかであっという間に通り過ぎた古い記憶だ。


 ミリーにもし、ほかに好きな子ができたら、お別れして送り出そう。


「……ミリー、これからは婚約者として、よろしくお願いします」


 ミリーはキョトンとしている。涙が止まったようでなにより。

 そしてぱぁっと笑顔になり、頷いた。


 どちらかというと妹みたいな、ふたり目の婚約者ができた。不思議な気分。


 それからクラウスにうながされ、俺たちは急いで部室へ向かう。

 ラヴィは心ここにあらず。考え込んでいる様子。


 俺はもう爵位を返上するつもりはない。『聖者』を受けいれたのだから。セットだと思っている。


 けど、ラヴィが血筋や家柄だけを考えているなら、俺でなくてもいいはず。なんなら俺ではない方がいい。あんまり女性との接し方とかわかってない自覚があるし。


 いつも通り、始業式後の部活は軽めで済ませた。今日はまっすぐ帰る。


 2年生になって驚いたことのひとつに、副担任が変わっていたことがある。金髪の年配女性になった。


 カレン先生は?

 と、思っていたら、しれっと部活にやってきて、顧問は続けるとのこと。

 副担任を辞めてできた時間で、なにするんでしょうか?


 下剋上部に入部希望者がいないのも、ちょっと不思議に思っている。『聖者』になったから増えるだろうと思っていたのに、カレン先生は「入部希望者はいません」のひとことだった。


 2年生になったら、クラスの人数は15人になっていた。

 Aクラスの基準は、学期をすすむごとに厳しくなっているみたい。


 部屋に戻ると鍵をかけ、マイボディから飛び出す。


『フヨフヨー!』


 カバッと抱きついた。やわらかー。

 歓喜の波動がくる。


『あー癒やされるー』

『なんじゃ、情けないのう』


 フェネカに笑われている。でも、慈しむような波動が。

 フヨフヨから離れ、フェネカに抱きつく。

 モッフモフ。


『女の子はよくわからないよ』

『ユイエルがわからぬのは、己の心もではないかの?』

『ユイエル、シェキアにひとめぼれ』


 ……ん!?


『フヨフヨ? 俺はひとめぼれしてないよ?』

『黒い目が好き』


『……それはたぶん懐かしかったんだと思う。あんまり黒い目の人いないし』

『それでひとめぼれしたんじゃろ』


 ……いやいや、ロリコンじゃないし。

 勘違いでしょ。ふたりはそもそも人じゃない。フヨフヨには性別もない。


『気のせいだよ』

『そうかのう?』

『ユイエル、ミリーにフラレても泣かない。シェキアにフラレたら泣く』


『いやいや泣かないから。それより……』


 フヨフヨの分析が怖すぎる。この話はやめよう。

 だいたい婚約とか結婚とか早すぎるのだ。しかもいきなりだし。前世で結婚したいと思ったのは30歳を過ぎてからだった気がする。それまでは彼女欲しいなーくらい。


『……えーと、まずはヒタチのところに雨を降らせに行こう!』

『雨なの! 待ってるの!』


 ヒタチから歓喜の波動。癒やされる。

 少し元砂漠の手入れもして帰り、夕飯と風呂を済ませる。それからまたアストラルボディででかける。


 まずは宝物庫遺跡とダンジョンをつなげよう。

 シリュウのお引越し、実はまだなのだ。先に宝を移動させたいみたい。


 もう半分以上進んでいる。その続きからだ。

 宝物庫側からダンジョンに向かっている。


 筒状の穴を、ギュッとまわりに土を固めて進む。光魔法も併用。


 穴は、まだかなり狭い。

 振り向くとフェネカの顔ドアップ。体は土の中。

 横にいるはずのフヨフヨは触手がチラチラくらい。

 位置とか高さとか、決まったら広げる予定。


 ときどき地上に飛び出して位置を確認しながらどんどん進む。岩も気にせずまっすぐ。

 ひとまずマジックバッグが通ればいいし、気楽に土をかき分けていく。モグラ気分。


 やがて空洞に到着。ふう。狭かった。

 眼下にアリみたいなモンスターが1匹。


『あれ、ここもう倒した高さだよね? わいた?』

『そうじゃろうの?』

『モンスターじゃないのもいる』


 フヨフヨの触手が指す先を見る。


『……え!?』


 子どもが倒れているように見え、びっくりしてぴゅんと近づく。擦り傷だらけだ。やたらとくたびれて見える。


回復ヒール!』


 ぼんやりとこちらを見ている。

 サイズは全長40センチくらい。子どもではない。小人?


『……ヒタチ? ちょっときて?』

『はいなのー!』


 ヒタチは、いまだ木箱のどんでん返しで遊んでいた。


『土の精霊なのー!』

『やっぱり。なんか目が合ってる気がした』

『うむ。見えとるの』


『なんで起き上がらないんだろう?』


 フヨフヨの触手が土精霊にタッチ。

 ベージュっぽいショートカットの男の子に見えるな。小人らしい服装の小人さんだ。


『魔力切れ』


 フヨフヨに魔力をもらったらしき小人さんは、ゆっくりと土下座した。

 両手を前に投げ出し「ははあ」とか言いそうな動き。


『なんで土下座したの?』

『ありがたいって思ってる』


『……俺が名付けていい?』

『うん』


 ヒタチからも肯定の波動。正直、嬉しい。期待感マシマシ。ずっと土属性の使い手が増えて欲しかったから。

 手伝ってくれるだろうか?


 名前……ノームだとそのまますぎるか。男の子だし、男の子らしい名前がいいかな。

 そっと指で髪を撫でる。土下座のまま動かないな。


『ノーマン』


 繋がった。

 ガバッと身を起こすノーマン。

 茶色の瞳がキラキラ輝いている。

 歓喜と感謝の波動。


『ぷむゆ! ぷゅ! thank you very much ぷゆ!』


 ……まじか。なにを言っているかはなんとなく伝わってくるけど、日本語無理?

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