第35話 私に任された仕事

「あれ、全然いない? ヒノワ館長、マリーナさん、何処ですか!」


 私は隠し通路をひたすら歩いていた。

 真っ直ぐな道なので本当にひたすら歩くしかない。

 しかしながら、なかなかヒノワ館長達と合流できない。


 確かに隠し通路は長い。おまけに狭い。

 人一人分くらいしか幅もないから、部屋に走ることもできない。

 体が小さいおかげか肩を擦らないで良いのだが、それだとこうも出会わないのはおかしい。


 ヒノワ館長もマリーナさんも私よりは随分と大きい。

 多分成人女性よりも背丈がある。

 となればこんな狭い隠し通路を走るなんて真似はできず、いくら足が長いとしても流石に小走りになっている私が追い付けないのはおかしい。


「もしかして私、揶揄われているのかな?」


 首を捻りながら、そこまで考えてしまう。

 新人の研修にちょっとした手を加えて孤立させ、そこから何をするのか試しているのかもしれない。魔導士の試験の中にはたまにそう言った意地悪なものも混じっているからか、やけに慎重肌になってしまう。


「いやいやいや、流石にそんな真似はしないよね? うーん、さっきは煽っちゃったから、その仕返しかな?」


 嫌な予感が沸々と沸き上がる。

 ヒノワ館長を煽ったせいもあってか、私はかなり焦ってしまう。

 どれだけ言っても、ヒノワ館長はSランクマリーナさんもAランクの魔導書士。

 いくら私がAAAランク魔導書士であったとしても、真っ向から内勝てる保証は無く、特に狭い通路で炎とか海とか使われた日にはもうお終いだ。


「き、きっと大丈夫だよね。大丈夫。その内合流もできるはず!」


 私はちょっとだけ怖くなってしまった。

 それもそのはず、こうも合流ができないとなると、本当に揶揄われついでに魔法を使われていると勘違いしてしまう。


 しかしそんな下手な妄想は捨ててしまうことにした。

 首をブンブン横に振ると、私はガッツポーズを作り、隠し通路をひたすら小走りで進んだ。

 そうすれば必ず追い付ける。勝手に思い込んで進んでみたのだが……


「結局誰にも出会わなかったよ」


 隠し通路を抜け、小部屋にまで戻って来た。

 それからしばらく待ってみたのだが誰も戻ってくる気配は無く、再び通路をひたすら進んだ。小走りをより小走りになりながらドンドン進むが、ヒノワ館長もマリーナさんの背中すら見えない。


 酷く焦ってしまい、私はじんわりとした冷や汗が垂れる。

 蟀谷を掬い上げるような不穏に心を惑わされると、血流もやけに速くなってしまう。


 そうしてトワイズ魔導図書館の灯りが見えた時にはホッとした。

 きっと誰かが待ってくれている筈と、淡い期待を抱いてしまう。

 しかしながら待っていたのは誰でもない。

 誰一人として姿を見せることはなく、戻って来た私は唖然としてしまった。


「もしかしてもなにも、このままで良かったのかな? と言うより誰もいないなんて……ちょっと酷くない?」


 私はガクンと肩を落としてしまう。それだけショックだった。

 それに何より誰も戻って来ないとなるとあの隠し通路と部屋のこと、一体誰が制御するのだろうか。

 使い方が分からなかったから放置してしまったけれど、絶対に精霊の魔導書を孤立させたらダメだった。嫌な予感がしてならない。


「精霊の魔導書、どうしよう……」

『ここにいるけど』

「あはは、そんな冗談……ん?」


 すぐ近くから聞き馴染みのない声が聴こえた。

 一体今の声はと思い振り返す。多分真後ろから聴こえた筈だ。


「いやいやまさかね……ぇあ!?」


 私は振り返りざまに腰を抜かしそうになった。

 とは言えこんなことあってはいけなかった。

 踵を返した先に会ったのは一冊の本。しかもそれは古ぼけていて、ここ有っていい物じゃない。精霊の魔導書が宙を飛び回りながら、私の後を追っていたのだ。


「な、な、な、なんで精霊の魔導書がこんなところにいるの。と言うより、なんでついて来ちゃったの!」

『……』

「そこで無言は止めてよ。うわぁ、どうしよう。これ、勝手に魔導書を持ち出したって、後で私が怒られる奴だ」


 私は嫌な予感がしてしまう。

 精霊に魔導書が宙を飛んで、私の後ろに付いて来るなんて真似、普通に考えたら信じて貰えるわけがない。まして相手は精霊の魔導書。いくらヒノワ館長やマリーナさんが魔導書士としてのランクが高いと言っても、流石にこれは大事になってしまう。

 何とかしないと私の沽券に関わると思い、しどろもどろになって狼狽える。


「どうにかしないと。どうにかこうにか……」

「なにをしているの、アルマちゃん」

「ひやっ、ごめんなさい!」


 私は背筋が凍ってしまった。

 すぐ後ろからマリーナさんの声が聞こえた。

 もしかしてバレた? 速攻で怒られる展開が来る? ドクンドクンと心臓の鼓動が跳ね上がると、きっと顔が真っ赤になっていると思いながらゆっくり振り返る。


「ま、マリーナさん。何処に行っていたんですか! 心配して探しに来ちゃいましたよ」

「ごめんなさい、アルマちゃん。ヒノワ館長に言われて隠し通路を進んでいたら、今まで見つからなかった本を一つ目の隠し部屋で見つけて……」

「ああ、ヒノワ館長が運んでいたんですね。それじゃあ修繕と整理に追われて……」

「ずっと存在自体はある筈の魔導書リストが溜まっていたいたから。ところでアルマちゃん、どうして変な姿勢になっているのか教えてくれない?」


 マリーナさんは私の姿勢がおかしなことに疑問を抱いた。

 それもそのはずで、精霊の魔導書を掴んだまま逃げられないように後ろ手で抱え込んでいる。このまま少しでも体の軸を動かせばバレる。絶対に動けない状態で、視線だけが右往左往した。


「なんでもないですよ、マリーナさん」

「そう? なんだか焦っている様子だけど。ほら、今も気色悪い汗が出ていて……」

「絶対になんでもないですよ! それよりマリーナさん、ヒノワ館長は?」

「えっ? ヒノワ館長なら奥にある館長室に戻ったわよ。それよりアルマちゃんは本当に……」

「なんでもないです、お気になさらずに!」


 私は強引なまでのパワープレイで押し切る。

 笑顔を顔に張り付けると、マリーナさんを決して寄せ付けない。

 一歩でも近づかれれば終わりなので、もはや殺気まで飛んでいたかもしれない。


 そんな私のただならぬ様子に気が付いたのか、マリーナさんはそれ以上何も言わなかった。むしろ口数を減らし、喉の奥を鳴らしていた。

 完全にバレた可能性がある。けれどマリーナさんなりの優しさで、コホンと咳き込むとチラッと視線を逸らした。


「それじゃあアルマちゃん、私も少し席を外すからここは任せるよ」

「えっ、任せるって言われてもなにをすれば?」

「具体的には隠し部屋と隠し通路のこと。あまり他言されたくないのよ」

「分かりました。それじゃあ私が監視しておきますね!」

「お願いするね。それじゃあアルマちゃん、私はなにも見ていないから安心して」

「ううっ……ありがとうございます」


 完全にマリーナさんに見破られていた。大きな優しさに包まれると、私は頭が上がらなくなる。

 唇を中心に口角をじんわり上げると、視線を落として肩を窄める。

 私はマリーナさんの背中を流し目で追うと、とりあえず一難は去ったと胸を撫で擦った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る