第33話 精霊の魔導書
貴重な魔導書だとは思っていた。
しかしそれがまさかの精霊の魔導書なんて話、聞いたこともない。
そもそも如何してそんな貴重な魔導書がトワイズ魔導図書館にあるのか。
その時点で既に怪しく、私は困惑してしまう。
「ヒノワ館長、なにかヤバい取引でも結んだんですか?」
「どうしてそうなるのかな? 流石に話が飛躍しすぎな気もするけど」
「ですよね。ってことは賄賂ですか?」
「だから私をなんだと思っているのかな?」
とことんまでヒノワ館長を疑ってしまった。
それもそのはず精霊の魔導書は、本来トワイズ魔導図書館のような、辺境の魔導図書館にあってはならない代物。それこそ国宝の類で、厳重に魔導省で保管されるのが常識。
もはやその価値はただの魔導書ではない。蔵書することすら烏滸がましく、空気に触れさせることすら既視感を生む。
几帳面で考古学的な側面や精霊魔法に関する研究をしている魔導書士たちにとっては、喉から手が出る程欲しい上に崇め奉られる域に存在している。
そんな代物。私の興奮度合いからも分かる通り、精霊の魔導書をいち魔導図書館の、しかも種族の交流が盛んな辺境の街に置いておくなんて言語道断。
すぐにでももっと安全な場所に保管するべきだと、世論が私の脳裏を飛び交った。
そのせいもあり、やけにヒノワ館長のことを疑ってしまう。
けれどヒノワ館長は弁解することしかなく、興奮気味でテンション爆上げな私を咎めた。
「いいかなアルマ。私はこう見えてSランク魔導書士だよ? それだけの信頼と実績がある」
「それ、自分で言っちゃうんですか?」
「この際そうでも言わないと納得はしないだろう。冷静な思考を持っているアルマなら分かるはずだ。どうしてこの街に精霊の魔導書があるのか。そして何故トワイズ魔導図書館に精霊の魔導書を運んで来たのか。様々な危険を掻い潜ってまでここにある理由。改めて言おう、アルマなら分かるはずだよ。AAAランク魔導書士、アルマ・カルシファー」
ヒノワ館長は自分の便宜を図りつつも、私に問い掛けていた。
テンション爆上げで、もはやパッションで口を回している私に冷静な思考を要求する。
それならば冷静な思考を使ってみよう。
如何して辺境の街であるトワイズ魔導図書館に精霊の魔導書が運ばれてきたのか。
まずはこの街が“辺境”であることに焦点を当てる。
魔導省はこの国に本部がある訳ではない。
しかし精霊の魔導書は国毎に何冊かは保管されている。
一ヵ所に集め、魔力の共鳴で重大な被害を生まないための措置だった。
となれば自然と辺境の街に運ばれた理由も見えて来る。
大きく分けて二つ。一つは一ヵ所に集めないという点だ。
王都のサンベルジュ魔導省支部には数冊の強力な魔導書を保管・調査・研究が日夜されている。しかしサンベルジュ魔導省支部でも問題が無いとされ、研究に著しく期待のできない魔導書はその力による被害を抑えるために、最善の取り組みがなされる。魔導書同士を遠ざけることで、被害のリスクを下げるのだ。
そしてもう一つ、辺境の街はあまりにも都合がいいことが挙げられる。
辺境の街、つまりは人の行き来が王都に比べて随分と少ない。
トワイズと言う街が特殊なだけで、あくまでも辺境の街に置くことはそれだけ認識を妨げ、存在を隠蔽することに繋がる。つまりは魔導書を盗まれたり、悪用されないための手でもあった。
「辺境の街に運ぶ込むことで、様々なリスクヘッジを分散できるんですよね。そのためにはそれ相応の規模感を持つ施設が必要になります。例えば病院、歴史的な遺産、正直なんでもいいですけど、冷静の魔導書クラスとなれば話も変わる。だからこそ、辺境の街の中でも特に歴史的な過去を持つトワイズの魔導図書館に置かれることになった。で、合っていますか?」
「正解だよ。半分はね」
「は、半分だけ?」
結構な自信が合って答えた筈だが、如何やらヒノワ館長曰く半分しか合っていないらしい。一体何が足りないのか。私なりにかなり考えて出した結論だった。
しかしながら考えを疎かにした部分も大きい。
例えばヒノワ館長が自分のランクを自慢したこと。今までの成果を棚に上げたこと。少しは鼻には付いたけれど、きっと何か意味がある筈だ。
否、重要なのはヒノワ館長自身に箔があることだ。
「もしかして、ヒノワ館長だからですか?」
「ふふっ。そう言って貰えると照れるな」
何故か煽てられていると勘違いをされてしまった。
私は幻滅した表情を浮かべると、ヒノワ館長を引き気味な目で覗き込んだ。
「ヒノワ館長……マジですか?」
「アルマ、私だから許すけど、その態度は如何なものかな?」
「正直ヒノワ館長が強くて凄い魔導書士なのは知ってますよ。ですがここ最近の……」
「それは忘れて欲しいね。だけど、汚点はすぐに払拭させて貰うよ」
「本当ですかー?」
ヒノワ館長は私を注意し始める。流石に生意気な態度が気に食わなかったらしい。
面子や沽券にも掛かる話だからか、ヒノワ館長も真剣。
加えて今までのダメダメな汚点を払拭してくれるらしい。
本当にそんな機会がやって来るのかは分からないけれど、とりあえず流し目で信じた。
「でもね、いくら私がSランク魔導書士だからと言っても、精霊の魔導書が確実に任されるほどでは無いんだよ」
「そうなんですか?」
「もちろん。精霊の魔導書がここにあるのは……」
ヒノワ館長は口を噤んだ。
きっと言い辛い話なんだろうが、私は何となく想像できてしまう。
きっと精霊の魔導書がここにある本当の理由。
それは私の叔母さん、グリモア・ライブラリーの口添え、もしくは指示が入っている。
理由は私に見せるため。私に精霊の魔導書に触れさせるためだ。
それはそう。あれだけ駄々をこねた以上、グリモア叔母さんも手を打つ必要がある。
そう判断したからこそ、こうして私は精霊の魔導書を見ることができた。
しかもこの距離。これって完全に対面だ。
「でも初めて見ました、精霊の魔導書。カッコいい」
「……アルマは本当に魔導書が好きなんだね」
「大好きです! いいなー、話してみたいなー」
精霊の魔導書に近付くと、私はジーッと眺めてしまう。
凝視した瞳と柔らかい口調で、精霊の魔導書に話しかけてしまう。
今のところ声は聴こえないけれど、きっと私達のことを見ている。
もしかすると窘めているのかも。お眼鏡に叶うためにも、もう少しお話がしたくて仕方がない。
「アルマ、少し私もマリーは席を外すよ」
「えっ、な、なんでですか!?」
それって職務放棄って奴じゃないのかな?
私はヒノワ館長の言葉の意味に頭を悩まされるが、多分だけどこれは私への配慮だと気が付かされる。魔導書が好きな私にとって、精霊の魔導書はとても魅力的なのだ。
「マリーナもそれでいいよね?」
「はい。アルマちゃん、精霊の魔導書のことお願いするよ」
「あっ、ちょっと! ……行っちゃった」
ヒノワ館長とマリーナさんはそう言い残すと、隠し部屋から出て行ってしまう。
踵を返すこともなく、無駄な言葉を掛けることもしない。
私と精霊の魔導書を残して通路を去って行く。
「よし! 私は私のできることをしてみよう!」
こうなった以上、ヒノワ館長とマリーナさんの気持ちを汲む。
せっかくの機会を無駄にしないためにも、私はこの貴重な体験を重々承知で受け取った。
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