第28話 研修も慣れてきて

  私がトワイズ魔導図書館に足を運ぶようになってから、多分二週間くらい経った。

 その間にヒノワさんが顔を出してくれることはなかったけど、マリーナさんとは随分仲良くなれた気がする。


 けれど用務員のウェルジさんとはあまり馬が合わない。

 と言うのも、私の中でモヤっとするものがあった。

 そのせいだろうか。お互いに微妙な敵意みたいなものを向けると、次第に顔も合わせなくなり、今に至ってしまった。


「よーし、この調子で今日も頑張るぞ!」


 私は書架を前にして不安を吐露する。

 今日もトワイズ魔導図書館に通い、来月に向けての業務確認だ。


 正直この二週間で、トワイズ魔導図書館の構造は概ね把握できた気がする。

 後は何処にどんな本が仕舞ってあるのかも、ある程度は記憶済み。

 本の貸出に返却、本の整理と、できそうなことは大体学校で習ったことがほとんどだった。


 だけど私は考えてみる。

 ここにあるのは魔導書だけじゃない。

 もちろん私は魔導書は大好きだけど、図鑑を見たり小説を読むのも好き。

 だから、きっとなんとかなると思った。それに、たくさんの人に本の良さを知って欲しかった。


「それじゃあ、みんな頑張るよ!」


 私は書架に向かって一人叫ぶ。

 もちろん誰にも聴こえていない。きっと聞かれていたら、私なんてバカな人だ。


 しかし私の声はちゃんと聴こえていた。

 本棚に収まった魔導書達が私の声に呼応してくれる。


『はーい!』

『シカタないか』

『ワタシタチにできるかな?』

『マドウショ、コワくないのかな?』


 私は握り拳を作った。

 魔導書達も私を応援してくれている。

 だから一生懸命魔導書を始めとした本達を書架から取り出して、丁寧に確認を取る。解れている所はない。汚れも見られない。

 私はにこっと笑みを浮かべ、本棚の中にスッと戻した。


「うん。とりあえずここまでは補修しなくていいね。それじゃあ次はこっちの棚を見よっと」


 私は隣の棚を見た。

 そこにはたくさんの本が収まっている。


 もちろん書架の中に収まっているのは魔導書だけじゃない。

 ここには人気の……じゃないけど、かなり古いファンタジー小説が収まっている。


「へぇー。結構絶版しちゃった小説も置いてあるんだ。って、ほとんど埃被っちゃってる」


 私は眉根を寄せてしまう。

 まさかこんなに小説が詰まっているのに、誰も読んでいないなんて勿体無い。


 上部には大量の埃。

 指先でなぞると、大量の埃が付着する。


 正直汚い。それにこのまま埃に埋まるなんて、小説に使っている紙にも悪い。

 このまま破けたり滲んだりして読めなくなるのは真っ平なので、私は取り出してみた。


「うわぁ、この小説好き。メルビムの焔だよね、しかも初版だ! 私が読んだのって、確か7刷版だったよね。しかも所々が改変されてて今風になってたけど、初版はどんな感じなのかな?」


 私が手にしたのは、メルビムの焔と言うファンタジー小説。

 作者は既に亡くなっているとの噂もある程で、実に初版が出たのは五十年も昔のこと。

 初版はあまり売れなかったらしいけど、突然人気に火がついて、まさにメルビムの焔。そう言われるくらい伝説的な小説で、刷る度に内容が改変されている。

 だから私が読んだ時と、昔とでは内容もきっと違う筈なのだ。


「読んでもいいのかな? 読みたいなー。読んじゃおっかなー」


 私は好奇心に身を任せ、本の整理も忘れて読者に耽ろうとする。

 すると私は聴こえてしまった。さぼろうとする私のことを魔導書達が咎めるのだ。


『サボるなー!』

『オコられるよ!』

『マリーナ、ああミえてコワいよ』

『アトでヨめばイいでしょ!』


 魔導書達がチクチクと私のことを殴った。

 グサリグサリと本の角が当たるみたいに、私は心にダメージを負う。


 ここは読書は辞めよう。

 それで真面目に頑張ろう。

 私は当初の気持ちを思い出し、腰を落として書架の整理に戻った。


「えーっと、この本は大丈夫。こっちの本は、少し傷んでる。後で補修しよっと」


 私は魔導書だけではなく、他の本にも目を向ける。

 どれもこれも状態はかなり良い。

 けれど埃が溜まっていて、しばらく放置されていたみたいだ。


「誰か呼んでくれる人いないのかな?」


 私はポツリと呟いた。

 魔導書じゃなくても、本には意思があるから、読まれないと悲しくなる。私は魔導書達から日々聴かされている苦痛の声を思い出した。


「でも仕方ないのかな。図書館だもん」


 私はふと気を緩めて書架に本を戻した。

 するもトコットコッ! と足音が聞こえる。

 誰かやって来たのだろうか?


「あっ、こんな所に居た」


 すると書架の向こうから声が聞こえた。

 私はハッとなって顔を上げると、廊下に見えたのは長い髪。青いインナーカラーが見えたから体を反らせると、そこに居たのはマリーナさんだ。


「マリーナさん?」


 私が声を掛けると、マリーナは駆け寄ってくれた。

 何かなと思い首を捻ると、私もマリーナさんの元に向かう。


「どうしたんですか、マリーナさん?」

「アルマちゃん。ちょっと来て」

「えっ?」

「ビッグニュースよ。だから、早く来て!」


 私はマリーナさんに腕を掴まれる。

 そのまま無理やり引っ張られた。

 マリーナさんの方が力が強いので、私は研修の合間にもかかわらず、全く抵抗できずに連れ出されてしまうのだった。

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