第25話 清掃の日とか知らない!
「い、痛い……背中、痛い……ううっ」
私は背中を書架に強くぶつけた。
痛い。痛すぎる。いつの間にか魔法も解けてしまい、目から涙が零れる。
「ま、まさか、こんな目に遭うなんて……もう絶対使わない。絶対に唱えない」
私にあの魔導書は向いていないと察し、二度と使わないことを固く決心させた。
背中を強く痛めるなんて惨事、普通あり得ない。
扱い切れない魔法を使うより、扱いやすい魔法を完璧に使える方が、魔導士としては絶対に強い。その教えを思い出すと、私は痛みの余り動けなかった。
「ううっ、気持ち悪い。いやいや、ここで止まってたらダメだって。早く動かないと……」
私は魔力も擦り減った体を起こそうとする。
グッと筋肉のバネに力を加えて立ち上がる。
だけど遠くの方から足音が聞こえた。用務員のお爺さんと全く同じ足音に全身が凍り付いてしまい、私は逃げることもできたはずなのにできなかった。そんな態度が取れない程、冷たい殺気がヒリついた。
「逃げられない……ああ、終わったなー」
私はブチ切れられるの覚悟で書架に背中を預ける。
もう逃げない。逃げられない。これは完全に諦めだ。
目を伏せて用務員のお爺さんがやって来るのを待つと、私は声を掛けられた。
「こんな所でなにをしているんですか?」
「えっ?」
用務員のお爺さんの声じゃない。ましてや影にモップもバケツもつなぎも映らない。
それじゃあ一体誰? そう思って声を頼りに頭の中で考える。
だけど実際に見た方が早いと思い視線を上げると、そこに居たのは二人の女性。
「ヒノワ館長とマリーナさん!?」
私の目の前に居たのはヒノワ館長とマリーナさん。
まさかの二人に私は瞬きをするも、如何やら幻覚ではないらしい。
「ど、どうしてここに!?」
「それは私が知りたいですよ。どうして」
「どうしてもなにも、今日は清掃の日ですよ。床を掃除して、ワックスを掛けるんです。ですから入ってはいけないのですが、アルマの姿がいつまで経っても見えないのでもしかすればと思い、こうしてやって来たまでです」
ヒノワ館長は私の疑問に答えてくれた。
如何やら私がいつまで経っても約束の場所にやって来ないから迎えに来てくれたらしい。
確かに私は約束の時間前にやって来ていたけれど、今の言い分だと私が完全に悪いみたいに聞こえる。なんだか嫌だなと思いつつも、私は言葉のあちこちにあった引っ掛かりに食い付いた。
「そうですか。えっと、ごめんなさい……って、清掃の日? えっ、そ、そんな話聞いてないですよっ!」
そんなの知らない。今聞いた。初耳だ。
私は動揺が隠せずヒノワ館長の言葉を目をグルグル回しながら処理する。
今にも口から煙を吐きそうな程、魔力も減ってオーバーヒート寸前。
異様な態度を見られてしまい、ヒノワ館長はマリーナさんに視線を向けた。
「マリーナさん、怒ってはいませんが、やはり伝えていなかったんですね」
「は、はい。私も昨日の帰り道、ヒノワ館長から聞かされたので」
「そ、それは……そうでしたね。では仕方ありませんね」
「「ヒノワ館長……」」
私とマリーナさんはヒノワ館長をジト目で睨んだ。
するとヒノワ館長は凛々しい態度で視線を逸らすと、完全に失態を隠しきれない。
もうこうなった以上、悪いのは私じゃない。責任転嫁したくなったが、そんなことを言っている場合でもましてや暇もなかった。
「ああ、そんなことより大変なんですよ! 魔導図書館の扉が開いていて、用務員のお爺さんを魔導書達が警戒していて、それで逃げ出したら怒られちゃって!」
私はパニックになりながら、ヒノワ館長とマリーナさんに伝えた。
けれど二人には上手く伝わらない。それもそのはず、私が魔導書の声を聴こえるなんて話、一切していない上に、情報が点々としていて繋ぎ合わせるのに一苦労だった。
そのせいか、ヒノワ館長とマリーナさんは表情を顰めてしまった。
「どういうことです?」
「アルマちゃん、もう少し詳しく話してくださいよ」
「もう少し詳しくって言われても……今の話が全部で……うわぁ!」
私は困り顔になりながら、天井を見上げた。
顎に手を当てながら唇を噛むと、視線の先に階段があった。
カタンカタン! 人がゆっくり歩く音がして、私は凝視していると目が合ってしまった。
モップとバケツを手にした用務員のお爺さんがこちらを睨んでいる。
「やっと見つけたぞ。いい加減に……っと、ヒノワ館長!?」
しかし用務員のお爺さんも足を止めた。
そこに居たのが私だけじゃないからだ。
目の前に対峙したのはヒノワ館長。
きっと雇い主であり、このトワイズ魔導図書館を管理する一番の責任者の登場に驚きを隠せないんだ。
「どうしてこんな所にヒノワ館長がおられるのです!?」
「ウェルジさんこそ、殺気を放ってどうしたんです? まさかうちのアルマに暴力をふるって解らせるつもりですか?」
「い、いえ……まさか、そんな気はの……のはははははぁ!」
用務員のお爺さんは慌てた様子だった。
私の姿を見つけると、今にもモップを振り下ろし、今時冷めた武力行使で制裁する気満々に見えた。つまりはこの態度、完全に私を爆裂叱るつもりだったらしい。
私はヒノワ館長が居て良かったと心底胸を撫で下ろすと、何はともあれ助かったと安堵した。
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