第24話 人間じゃないよ、お爺さん!

 明らかに人間離れした動きを見せる用務員のお爺さん。

 その迫力は凄まじく、私は体が動けなくなってしまう。


「見つけたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぅ!」


 用務員のお爺さんは壁を蹴って移動していた。

 肩に掛けたモップを今にも投げ槍のように飛ばして来そうで怖い。

 まさしく殺される勢いだった。


 これは動かない方がいいんじゃないかな?

 もしかしたら話し合いができるかも。

 だけどこのままここに居たら本当に殺されるかもしれない。そう思わせる危機感に苛まれ、私は本棚を背もたれにしていたけれど、すぐさま逃げ出した。


 ズドーン!!


「うわぁ!」


 私の背後でけたたましい騒音が鳴り響く。

 見れば用務員のお爺さんがバケツとモップを使い、廊下に足を付けず着地していた。


 もはや曲芸の領域。良いものが見れた。

 なんて言っている暇はなく、私は振り返るものの、すぐさま走って逃げ出す。


 その様子に腹を立てたらしい。当然だ。絶対に私が悪い。

 けれど逃げないとマズい。忙しない恐怖に駆られると、私は用務員のお爺さんに背中を向けた。


「に、逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 私は書架にぶつかってしまった。

 ゴトン! と魔導書が落っこちると、私は足を捻ってしまう。


「い、痛い」


 私はしゃがみ込んでしまった。

 右の足首を抑え、奥歯を噛んでしまう。

 すると頭の中に二つの声が聴こえた。


「逃げるなぁ! とっとと……」

『ワタシをツカって!』


 私は後ろから追ってくる用務員のお爺さんに気圧されてしまう。

 だから手元に落ちていた魔導書を二冊手に取り、頭の中に聴こえた魔導書の声を具現化する。


「ま、まずは足首を治して、捻挫の魔導書!」


 私が魔導書の名前を唱えると、捻った筈の足が瞬く間に完治する。

 やっぱり捻挫を治すことに特化した魔導書だからか、その効果は絶対。

 原本の写しでもトワイズ魔導図書館にあるおかげで、原本にも勝る力を発揮してくれた。


「凄い。まさかこんなに力が強いなんて」

『ハジめてマホウをツカった! やっとヤクにタてた!』

「うんうん、役に立ったよ。ありがとう、捻挫の魔導書……っと、次はこっちだ!」


 私はもう一冊手にしていた魔導書の名前を唱える。

 このまま逃げても絶対追い付かれる。

 それくらい、決定的にパワーバランスが崩壊していた。


 あの筋肉に勝るには、私も武器を手にするしかない。

 トワイズ魔導図書館の中を駆け巡る力が必要だ。


「だから私に貸して。大翼の魔導書!」


 私が魔導署の名前を唱えた。

 すると私の大翼に魔力が集約され、何だか飛べる気がする。


「って、翼も無いのに飛べるの!? いやいや、無理だって……とか言ったダメ?」

『トべるよ! ボクをシンじて!』

「う、うん。えいっ!」


 私は廊下を走るのを止める。

 代わりに私が向かったのは、柵の向こう側。

 体重の軽さを活かし、軽やかに柵を飛び越えると、そのまま私は無防備にも身を乗り出した。


「な、んあがっ!? な、なにしとるんじゃ!」


 用務員のお爺さんは私の突飛な行動に驚愕する。

 それどころか心配してくれた。

 しかし柵から飛んだ私は戻ることができず、重力に抗うこともできずに落っこちた。はずだったーー


「信じてる。私、信じてるから。来て!」


 私は叫んだ。力の限り信じた。

 すると急に骨が軋み出す。

 ジリジリと響かせると、蝶形骨の辺りから、私の体を浮かせるための魔法が発動した。


「えっ!?」


 私はグッと閉じていた目を開く。

 恐怖心に打ち勝って広がる景色は停滞。


 否、停滞しているのは私の方で、景色が完全に止まっていた。

 しかも自分の足では決して見ることのできない角度。


 体の自由が上手く効かないけれど、間違いなく私の体は宙に投げ出されていた。

 それでも捉えた景色は確かに吹き抜けの中にあって、私は一階と二階の丁度間にある。


「もしかして私、飛んでる? 嘘っ! 本当に飛んでる。いー、やったぞー!」


 私は飛んでいた。運良く飛べる魔導書に巡り会えていた。

 とは言え飛び方がやけに難しい。

 体勢が不安定なままだったけど、それでも私は生きている。手にし力を貸してくれた魔導書に感謝した。


「うっぶぁ!」


 だけど嫌な魔法の反応が出た。

 私はいつもの体の構造と違ったせいで気持ち悪くなる。


「ぐっは! せ、制御ができない……」


 私は体が吹き飛ばされた。

 吹き抜けの中を上下に行ったり来たり。

 全くと言って良い程、体よ自由が効かない。


 如何なっているのと言いたい。

 だけどそんな暇すらない。

 それだけのピンチが舞い込み、私は魔導書に声に耳を傾けた。


『あー、あー、ごめんね。ボクのマホウはアツカいがムズカしいから』


 魔導書の声が弱々しい。明らかに上手くいかないぶっつけ本番のテンション。

 私は苛立ちが湧いてきた。確かに使ったのは私だから、私は自分に対してムカつく。


「どうにかなってよぉ、うぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 私の体は操縦不可能。

 何故飛んでいるのかも分からないまま、体が吹き飛ばされてしまう。


 気が付けば下から上に叩き上げられたみたいな感覚が肺を襲う。

 息もできないくらい絶え絶えになりながら、私の体は遠く四階に吹っ飛ばされるのが分かった。

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