告白③
「────ですから、後宮の美女たちと比べても全く引けをとらない美貌で。まるで人類の理想を具現化した人形のような……」
その後私は紫雲さんに命じられるまま、彼の容姿への誉め言葉をさんざん吐露させられ続けた。
「はい、それで?」
「目にするだけで幸せな気持ちに……」
「へぇ~。私に召喚されて良かったですねぇ、トウコさん」
椅子に片足を組み座る彼は、それをアテに酒を美味しそうに飲んでいた。
その奇妙な営みはそこそこ容量があったはずの私のボキャブラリーが枯渇し、脳が悲鳴を上げるまで続いた。
「こういう言葉、これまで何百何千と言われてきただろうに……よくそんな新鮮な反応できますね。聞き飽きないんですか?」
「褒め言葉は何度聞いても嬉しいですよ。世界中から集めた賛辞を桶に溜めて浸かりたいくらいです」
私が半ば感心しながらたずねると、恍惚とした顔で紫雲さんは酒をあおる。本当に温泉にでも浸かっているような表情だ。
「………」
これはもう天性のスターというか……軽く変態では?
ちなみにハルちゃんと紫雲さん、顔はそっくりだけど性格は似ていない。というかハルちゃんの性格を私はよく知らない。
今でこそ2.5で活躍してる彼だが元々は小劇団出身で演技一筋。SNSは正月にしか更新されないアメブロのみ。いつもパフォーマンスは完璧だし、たぶん寡黙で真面目な人なのだと思う。
少なくとも紫雲さんのような性格ではないはず。
「ちなみに私が
「あ、それはないです」
私がはっきりそう言うと、紫雲さんは唇を一文字にしてこちらを向いた。
「紫雲さん…というかハルちゃんは私の推しなので。独占欲は無いんです」
「その"推し"というのは何なんです?」
「私一人じゃなくて皆で恋慕うというか。応援するんです」
「ほう」
「その方はとっても魅力的だから、同じように恋慕う人が沢山いて。だから自分がその方の唯一の人になれなくても、一目でいいから見てみたいとか思うんです。その人がもっと輝けるように皆で協力して支援しているのです」
「それって────……」
元の世界での推し活の日々を懐かしく思い出していると、紫雲さんの声が急に途切れた。
「……あれ?」
いつの間にか私の視界からも彼の姿が消えている。
……と思ったら円卓に突っ伏していた。
「………トウコさん」
突っ伏したままの紫雲さんから声が漏れ聞こえる。
「はい」
「あなたお酒あまり飲めないって……あれも嘘ですね」
「"飲まない"と言っただけで"飲めない"んじゃありませんよ。飲んでも全く酔わないのであえて飲まないだけです」
そんな、ジュースより割高で苦い飲み物をわざわざ買って飲む趣味は私には無い。
その辺の翻訳うまくいってないんだろうかと考えていると、寝息が聞こえてきた。
ついさっきまで余裕そうだったのに。人が酔いつぶれる時ってこんな一瞬なのだろうか?
何はともあれようやくこの人から解放されて良かった。
既に夜も更けているし、ここら辺でおいとまさせてもらおう。
紫雲さんを起こさないようにそっと歩き、部屋の扉を目前にした時、僧侶さんの言葉を思い出す。
『後宮の門は、入る時の方が厳しいんですよ』
……そうだ。後宮の入門許可証、確か紫雲さんが持ってるんだった。
入門許可証は青藍さんともう一人後宮管理者の印が要るらしく、紫雲さんが帰宅するついでに受け取っておいてくれたのだ。
私は部屋の奥へ戻る。円卓の上に紙は見当たらない。
部屋をぐるりと歩きまわり、戸棚の上の方を開けて探してみる。それらしきものは無かった。
「……紫雲さん、どこですか許可証は?」
背に腹は代えられない。私は紫雲さんの肩をゆすり起こす。
「………」
何も返事がない。
私に渡すものを遠くに隠すはずないし、やはりここだろうか……。
私は
「────んっ、」
私の指がどうやらウィークポイントに触れてしまったらしく、紫雲さんの鼻から声が漏れてきた。
「ひっ!ハルちゃんの顔で変な声漏らさないでよ……」
何気に声も似ているんだよな、この人。
私だけでは
おじさんも許可証の在りかは知らないそう。
「ありゃあ、これ朝まで起きないね」
おじさんは紫雲さんの様子と、円卓に置かれた酒瓶の数を見てそう断言した。
ちなみに紫雲さんは酒好きだが決して強い方ではないらしい。私と逆だ。
「どうしましょう。このままだと私後宮に帰れない……」
「仕方ない。隣に空き部屋あるから今日は泊まっていきな」
「………え」
その後おじさんと協力して何とか紫雲さんを寝台へ運び、私は隣の部屋で夜を明かすことになった。
* * *
翌日の早朝何とか紫雲さんを叩き起こし、許可証を受け取った私は日が昇りきる前に後宮の門をくぐった。
昼ごろ仏殿の執務室に呼び出されると、執務机でこめかみを押さえる紫雲さんと、鬼の形相の青藍さんがいた。
「確かに外出許可は出したが、"外泊"許可は出してない。双方厳罰ものだぞ」
ああ。やっぱり朝を迎えるのはまずかったのか。
「青藍、分かったからもう少し静かに」
紫雲さんは明らかに二日酔いだった。今朝起こした時もほとんど目が開いてなかったもんな。
そんな彼の堕落した様子は青藍さんの怒りにますます火を点けた。
「お前、後宮の女と夜を明かすことがどういうことか分かっているのか!?どれほど罪深いか───」
そう言いながら青藍さんは私を指差す。
「万が一にでもこの女が妊娠していたら、その子は陛下の子となる。つまり、お前たちの子がこの国を背負う可能性だって出てくるんだぞ!」
その場で飛び上がる私。
変わらず頭を押さえる紫雲さん。
「ちょ、どこまで
「────本当だな?」
青藍さんは私の顔を眺めたあと、紫雲さんに向かってたずねた。
「すみません……酔いすぎて何も覚えていないのです」
紫雲さんは終始頭を押さえてうつむき、弱々しく声を漏らすだけ。
「トウコさんにさんざん飲まされて……気づいたら朝でした」
「いやあなたが勝手に飲みまくってたんでしょう?」
自分への賛辞を
それがある意味真実だったとしても、そこまで正直に言わなくてもいいじゃないか。ここは上手く誤魔化すところでしょうが!
そんな言葉を青藍さんの前でかけられるはずもない。
「……なにやら衣の中に手を入れられ、身体をまさぐられていたような気もするのですが」
「なぜそこだけ記憶が!?」
紫雲さんを見下ろしていた青藍さんの視線が私に向く。
ゴミでも見るかのような目だった。
私は顔の前で手を左右にブンブン振る。
「違いますそれは!許可証探していたんです!ほんとに!」
結果私達は3日間の屋敷での謹慎を言い渡されてしまった。
処罰が思いのほか軽いのは、後宮での紫雲さんの仕事があまりにも多いから。
彼が不在では回らない事柄が多いのだという。
今後紫雲さんとどう顔を合わせたらいいのか悩んでいた私にとってはむしろ好都合だった。
ただ────
「ハルちゃん……」
「
謹慎中、私は桃華宮でハルちゃんを思い出しながら何度もため息をついた。
あの顔に会えないのは、やっぱり辛い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます