任務:賢妃に御簾を上げさせよ③

────翌日


私は何度目かになる東櫻宮を訪れた。今日は紫雲さんも一緒だ。


私1人の時は尚子様も顔を見せてくれるのだが、今日の寝台にはやはり薄絹の帳が下りていた。


寝台に向かって最前に私、後方に紫雲さんが控えている。


帳の奥にちょこんと座る尚子様は、緊張でいつもより体を固くしているのが見てとれた。


「本日は陛下からお手紙をたまわりましたので、代読させていただきます」


私的な手紙とはいえ、国王陛下からの言葉。

私たちの周りには屋敷中の侍女が集まり、その様子を固唾をのんで見守っていた。



「読み上げます────」


自分で書いた手紙を自分で読み上げるのはちょっと恥ずかしい。


けれどこれは全て陛下のお言葉だ。

一晩かけて陛下をこってり絞り、絞りに絞って絞り出たお言葉だ。

そう自分に言い聞かせ、背筋を伸ばす。



「“橘賢妃ジーけんひ

翻訳者のトウコから、貴女あなたの話をうかがいました。

失礼かもしれませんが、恥ずかしがっておられるあなたを想像すると、私はとても………自分のことのように感じます。"」


帳の向こうで、伏せられていた尚子様の顔が上がった。

侍女さんたちも大きく瞬きしながら顔を見合わせる。


「"私も昔から、屈強な兄弟や側近たちと比べ体が小さいのが悩みです。話しも上手くない。

会えば貴女をガッカリさせてしまうでしょう。

ですがそうならないように努力しています。よく食べ、苦手な運動も。

そして今はトウコに叱られながらこの手紙を書いています。"」


寝台の側で通訳の道子さんがふふふと笑った。

それを合図に部屋には朗らかな笑い声が広がる。


「"手紙は何度でも書きます。突き返されても、叱られてもあきらめません。

いつか私の努力が実を結んだら、どうか目の前の御簾をほんの少し上げてくださいませんか。

すぐに顔を見せる必要はありません。

いま私の顔は、トウコに叩かれ赤く腫れていますので。”」


今度は紫雲さんがくすりと笑う声がした。

きっと陛下の顔を思い出しているのだろう。



「────以上です」



帳の中から声は聞こえなかった。


私は手紙を丁寧に折りたたむ。


「この手紙、お渡ししてもよろしいですか」


問いかければ尚子様はこくりとうなずいた。


私は帳をそっと開き、手紙を差し入れる。



「………わたしも」


「はい?」


「私も、手紙を書くわ。代筆をお願いできる?」


「……はい」



隙間から見えた尚子様の顔は、この国の女官から施されたという覇葉国風の化粧をしていた。


眉は細長く整い、目の周りは鮮やかな紅色で肌の白さがいっそう際立つ。

額には白い梅の花钿かでんが描かれ、花弁の真ん中には真珠があしらわれている。


以前よりずっとつややかな女性になっていた。


視線を落とし、寝台の上に置いた手紙を見つめる尚子様。


その陶器のように滑らかな頬は、ほんのり上気し桃色に染まっていた。



*  *  *



東櫻宮を出る頃にはすっかり日が暮れていて、肌寒さに私たちの足は自然と早くなる。


「何ともまあ。陛下らしい、悪くない手紙でしたよ」


紫雲さんの「陛下らしい」という言葉には、「アイツらしい」とでも言うような温かみがあった。


私はあの手紙を書いた夜を思い出しながら歩く。


「……こういう場合、『恥ずかしがる貴女を可愛らしく思います』というのが決まり文句なので、初めはその方向に持っていこうとしてたんです。けれど陛下と話しているうちに、それじゃあないなと気づいて」


横を歩く紫雲さんが、驚いたように足を止め私の顔を見た。


つられて私も立ち止まった。


「陛下の魅力はそこじゃない。体裁ていさいの良い言葉で相手を褒めるよりも、その人の痛みに寄り添える方なのだと思いました。……あと、意外とユニークですよね」


「……そこに気づけるとは、なかなか」


そう笑いながら再び歩き出した彼を私は追う。


2人の距離は少しずつ、確実に近づいている。

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