本編

いっそ死なせて



「『これが最後の手紙になるでしょう、バオ族の忠誠心を侮らないでください。』と、書いてありますね」


私が手紙を読み上げると、目の前の青年3人はそろって落胆した顔を見せた。


「そう……ですか」


あわれみの混じった声を漏らしたのは、3人のうち右端に立つ青年。長身だが女性と見紛うほど美しく物腰柔らかな紫雲シウンさん。


仕方なく私は答える。


「はい」


「……」



一同沈黙。


制作・著作

━━━━━

 ⓃⒽⓀ



「……」


「……どういう意味か、分かるのか?」


沈黙に耐えかねたのだろう。今度は左端にいる丸眼鏡をかけた青藍セイランさんが私にたずねる。

こちらは紫雲さんとは違い、声色には少しの同情も期待もにじまない。


「分かりません」


そんなの分かるわけがない。


だって私はやってきたばかりのこの国で、赤の他人が書いた手紙を読み上げただけなのだ。

しかも手紙の差出人も受取人も、もうこの世にはいないという。



私は3日前、令和の日本からこの……いつの時代か分からないがテレビもねえラジオもねえ、中国っぽい【覇葉国はようこく】の後宮へ召喚された。

ちなみに後宮というのは王様のお妃様や側室たちが住むところ。日本でいう大奥だ。


ただ残念ながら私は聖女でも何でもなかった。魔法は使えないし、国王に見初められる絶世の美女でもない。


私の持つ唯一の能力は、異世界転移者にありがちな「言語能力」。

この国の言語はもちろん、古語も外国語も「なぜだか読めるし、書ける。話も通じる」ってやつだ。


でもそれって本来、転移者がスムーズに活動するための初期設定では?能力では無くないか?


こんなことならいっそスライムか自動販売機にでもなりたかった……。

せっかく召喚されたのに私は地味な喪女のまま。


ちなみにさっきから目の前には非常に顔の良い青年が3人いるが、そのうち一人は奥さん数百人と子供が1人いる。

あとの2人は、妻子はいないけどアレも無くて。何というか……玉無し?棒無し?つまり男性であって男性でない。


これまで男性とは無縁だった私に対してあまりにも極端である。中間はいないのか中間は。


はあ、と私は大きくため息をつきながら心の中で叫ぶ。


────私は一体何のためにこんな……後宮なんかに転生してきたんだ!?



*  *  *



────3日前にさかのぼる。


日曜夜の9時すぎ、推しの出演舞台の帰りだった。舞台は人気漫画の実写化で公演時間は休憩とカテコ含め3時間10分。推しの出演時間はトータル約10分。うん、ラスボス役だもんね。見られる時間は少なくても、登場するだけで会場を飲み込まんばかりの迫力でめちゃくちゃカッコよかった。あの黒いボンテージ風衣装を着こなせる30代男性がこの国に何人いるだろうか。のびやかな歌声も聴けたし満足満足。


そんな感じで会場前のバス停で最寄り駅行のバスを待っていた。

並んでスマホを見てるうち私は「忘れ物」に気づいた。ハンカチや何かの置き忘れではない。「入れ忘れ」だ。出演者宛のプレゼントボックスに推しへのファンレターを入れ忘れたのだ。

私は迷った。会場は目の前、だけどバスはもうすぐ来る。手紙なんて後から郵送すればいいじゃない。あーでも切手代かかるしポスト投函って地味に面倒だ。しかも郵送だと本人の手に届くの1か月くらい先じゃないか。今日千秋楽を迎えたこの舞台の感想は、新鮮なうちに伝えたいし、欲を言えばもうすぐ始まる次の舞台稽古にも生かしてほしい。


悩んだ挙げ句、私は背後に並ぶお姉さんに「すみません」と目配せし、待機列を出た。


会場前は大きな楕円形のロータリーになっており、タクシーやバスが行き来している。そこを突っ切れば早く会場に戻れる。急がないと会場が閉まってしまう。

ちょうど反対方向のバスが出たばかりで道は空いている。私は左右に注意し、駆け出した。


「あぶない!!」


さっき目配せした、大きなキャリーケースを引いたお姉さんの声が響く。

バス停の陰に隠れたタクシーが発車したのに私は気付かなかった。


「────っ!!」


私はタクシーのボンネットに激突した。

腰に鈍い痛みが広がり、タクシーはぶつかってすぐ停車した。ライトが眩しかった。

当たり前だが、ロータリーで発車したばかりのタクシーがそこまでの速度で走っているわけがない。殺傷能力ゼロのタクシーだ。


私は地面にへたり込む形で倒れた。

膝とスネと掌を擦りむいた。膝から血が出ているが痛みはさほど感じない。

痛いといえばその場にいた大勢の同志たちの視線だった。


────は、恥ずかしいーーー!!


追い討ちをかけるように、転んだ弾みで放り投げられた私のカバンからは推しへのファンレターが飛び出す。


パンパンだった封筒の封が開き、中から十枚ほどの便箋がこぼれ落ちる。


ああまずい。このままだとあのファンレターが……


世界でたった一人の推しだけの為に書いた手紙が、大衆の面前に晒される。今まさに晒されようとしている……


死ぬほど恥ずかしい!いや死んだ方がマシ!


ていうか死にたい。


ああ、いっそここで死なせて────

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