ナニモノかにはナレタ?

よくたべるぶた

第1話

ナニモノかにはナレタ?


そう問いかける声は、声変わり前の男の子の声をしていた。長男なのか、次男なのか、それとも自分自身の声なのか。

誰の声なのかは定かでない。誰の声かを判断できない程に朦朧としている意識の中でも、ハッキリと聞こえるその声には不思議な清涼感と、僅かに残った意識をただその声にだけ傾けていたい、抗いがたい魅力を感じた。


ナニモノかにはナレタ?


体を蝕む痛みとフェンタニルが拮抗しているためか、鳴り止まないナースコールがBGMを、どこからか問いかける声がより清明に頭に響かける。私は結局、何者なんだろうね。


ナニモノかにはナレタ?


白いベッドと白い天井、白衣に包まれて忙しくなく医師と看護師が現実感がないように視界に映り込む一方で、あの日喜界島で見た白い砂浜がくっきりと思い浮かぶ。走馬灯にはもっと家族との顔や思い出が登場するのかと思っていたが、なるほど、実に自分らしいエンドロールではないか。


ナニモノかには、ナレタ?


現世ではあと数刻もしないうちに、肉体が意識を手放すことがよく理解できる。レスキュードーズされたモルヒネによって得たこのボーナスタイムで、さぁ、何を語ろうか?いつも書きかけで、起承転結の転で終わっていた物語ノートも、今なら筆が進みそうだ。抗がん剤の副作用でもう掠れ声も出ず、元々見えずらかった目は灯を失いかけている今こそ、大好きで大嫌いだった執筆作業に、頭の中でで向き合えるのだろう。


さぁ、開演、開演!これはナニモノにもなれず、でもナニモノかにはなろうとした、一人の男の物語でございます−自分の声があの甲高い声にかさ鳴ったのと共に、舞台は暗転してあの夏の日に移り変わっていった。暑くて狭くて、路地を歩けば野良猫がひょこっと餌をねだりに寄ってくる、福岡の片田舎の夏に。


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