キザな死神さまの名前とセバスチャンとの契約
なんだ、両想いじゃん。
ファーストキスをしたもののそれ以降はなにも起こらずで、細谷くんの、まりんに対する本当の気持ちが分からずに時間だけが過ぎていた。
あれから三年後の今日、時間が経つにつれてそれが理解出来た瞬間、まりんは満面の笑みを浮かべて歓喜した。
「細谷くん、私……」
続けとばかりに口を開いたまりんを、相手の体越しから見詰めた細谷くんが静かに制す。
「後で話を聞くよ。今は……こいつをなんとかしないとだから」
細谷くんはそう言うと再び視線を相手に戻し、敵視する。
「君が何者かは知らないが……このまま、放っておくわけにはいかない」
不敵な含み笑いを浮かべた相手はそこで一旦区切ると、細谷くんに迫る。
「彼女を渡してもらおう」
「断る」
凄みを利かせた相手に、細谷くんは毅然と拒否。
「ならば仕方がない。手荒なことは避けたかったが……力尽くで、奪うまでだ」
冷酷に言い放った相手は、念力で以て、銀色の大鎌を出すと、
「命に関わるから、こっから先には、絶対に近づくなよ」
背後にいるまりんに視線を送って釘を刺し、視線を前に戻すと俄然、交戦モードに入った。
相手が発する闘心のオーラに圧倒される。
こうみえて俺、結構強いんですけど。
とでも言うような威圧さえ感じる。死神の相手が放つオーラに当てられ、まりんの全神経がぴりぴりした。
一方、悠然とその場に佇む細谷くんだけは、いたって沈着冷静な雰囲気を漂わせていた。まりんに掛けられた強力な呪いを、簡単に解くくらいだ。交戦モードの死神を面前にしても、落ち着いていられるのだろう。
「言っておくけど、手加減なしだから」
相手は冷やかにそう言うと、携えた大鎌を振りかぶって突進。細谷くんが瞬時に張った結界に接近する大鎌の刃が衝突、高音を轟かせて金色の波文を作る。
「へぇ……死神除けの結界なんて張れるんだ」
「この日のために、日頃から鍛練しているからな」
わざとらしく驚いて見せた相手に細谷くんはそう、人差し指と中指を突き立てて結界を支えつつ、冷やかな口調で応じる。
「そうかい。でも……赤ずきんちゃんを守るにしては、とても脆いよね」
冷笑を浮かべて細谷くんにそう告げた相手が大鎌に力を込めた、次の瞬間。力が増した大鎌の
細谷くんの結界が……それくらい、彼は強い相手なの?
自宅の玄関前で、固唾を呑んで見守るまりんがそう思った時だった。細谷くんを嘲笑う相手の顔が、突如としてむっとした顔つきになり、背後にいるまりんに視線を向けのは。
「前から言おう言おうって、思ってたんだけどさぁ……いい加減、俺のことを『相手』呼ばわりするの、止めてくれない?」
「はぁ? この期に及んで、なに言ってんだおまえ」
これ以上、亀裂が広がらないよう、念力で以て、結界の強度を上げながら、細谷くんが呆れつつも面倒臭そうに言った。
死神と言う名の相手は、まりんから細谷くんの方に視線を向けると話を続ける。
「考えてみろよ。『ワケあり赤ずきんちゃんの恋愛事情』が始まってもう、二章目に入っているのに、俺だけ名前が出てないのおかしくない?」
今はそれどころじゃないと思うのだが……突飛な発言に、まりんは呆れつつも、なんとなく嫌な予感がするのだった。
「この物語における『もうひとりの主人公的存在』と言っても過言じゃないこの俺がまだ『相手』呼ばわり。これはどうみても納得行かないね!」
細谷くんの結界に触れる大鎌を両手で持ちながら相手はそう、腑に落ちない顔でぼやく。
「じゃあなにか? 死神太郎とか、死神花子みたいに呼んでもらいたいと?」
チョー面倒臭くせェ……
今にもそう言いたげな顔で尋ねた細谷くんに、むかっ腹を立てた相手がすかさずつっこみを入れる。
「ナニ、その大事な書類の記入例みたいな名前」
「じゃあアレだ。ある日突然、空からノートが落ちてきて……」
「先に言っとくが、ライトでもねーからな」
細谷くんが面倒臭そうに口にした、とある物語のあらすじの冒頭で遮った相手が、先読みして正解を口にした。その言動が癪に障った細谷くん、チッと舌打ちする。
「きみ、ぜってーやる気ないだろ」
「ぶっちゃけ、どーでもいいもん。おまえの名前なんて」
「それ言っちゃう?! このタイミングで、それ言っちゃう?!」
やる気のなさ、百パーセントの細谷くんの言動でショックを受けた相手は、念力で以て、手にしていた大鎌を消すとすかさず、
「そんなこと言わないでさぁ……君と僕の仲だろぅ?」
ねぇねぇと言葉を付け加え、細谷くんにすり寄ると甘え出した。一瞬のうちに気が散った細谷くんが、自身で結界を解いてしまい、隙を見せる。
「いちいち気色悪いんだよおまえは!」
離れろ!
飼い犬の如く、自身の体にすり寄る相手に眉をひそめ、細谷くんは怒鳴ると嫌がったのだった。
いいなぁ……楽しそう。
ふたりのやりとりを見ていたまりんは内心、心細そうに羨ましがった。
「それにしても……死神の彼は一体、どんな名前なのかしら」
ふとその事が気になり、まりんが思わず疑問を口に出してしまった時だった。
「気になりますか?」
突如として、爽やかな青年の声がしたのは。すぐ近くから聞こえたその声にはっとしたまりんは、条件反射で声がした方向に顔を向ける。
耳にかかるくらいの、ゆるふわにウェーブした銀髪。色白で、瑠璃色の目をした、優しい顔の青年がにこやかに佇んでいた。
「あそこにいる、私にとっては実にどうでもいいことにこだわっている死神の名前を」
容姿端麗なくせして、割と毒舌っ……! でもこの人……なんだか、不思議な感じがする。
両手を後ろに組み、にこやかに話しかけるその人に、まりんは何故か、
「その前に……あなた、誰?」
「申し遅れました。私はセバスチャンと申す者。以後、お見知りおきを」
セバスチャンは片手を胸に添えると、恭しく頭を下げた。
白く細長い十字架のロゴが入った、瑠璃色のスカーフをネクタイ状に結わいている白シャツと黒ベスト、そして灰色の燕尾服に身を包んだ容姿端麗の青年。
やんわりと微笑むセバスチャンはまるで、『なんでも出来る上質な執事』のように見えた。
「セバスチャン……さんは、ご存じなんですね。あそこにいる、彼の名前を」
「ええ、彼とはなにかと、ご一緒することがありますので」
「それなら、教えてください。あそこにいる彼は、なんと言う名前なんですか?」
「それは……」
不意に、真剣な表情になったまりんの問い。
「ガクト・シロヤマ。これが、彼の名前です」
意外にかっこいい名前っ……!
精悍な顔つきの細谷くんと対峙する死神のフルネームを知ったまりんは、それ相応の名前に拍子抜けしつつも衝撃を受ける。
でも待って、その名前って……
相手の名前に聞き覚えのあるまりん。しばし考えた後、はっとした顔で思い出したように「あぁぁぁ!!」と叫んだのだった。
「あの時と全然……雰囲気が違っていたから、なかなか気付かなかったわ。もう……それならそうと、早く言ってくれればいいのに」
誰に言うでもなく、顔をやや下に傾けたまりんはそう、もどかしい気持ちで呟いた。
「ただ単に、名乗るタイミングを逃していたのだと思いますよ」
優しく微笑みながらも、セバスチャンは言った。
「彼にも、悪気はなかった筈です。そして私も……」と。
意味ありげに、そこで言葉を区切ったセバスチャン。徐にまりんに近づき、ぐっとその体を引き寄せた。
「まりん。あなたには、ありとあらゆる世界を揺るがす、強大な力がある。故に私は、その力を最大限引き出せるようにするため、あなたを育てていきたい」
怪しく光るセバスチャンの目が、にわかに動揺したまりんの目を捉えていた。
セバスチャン。あなたは、気付いているのね。私が……堕天の力の使い手であることを。
平静を装い、ポーカーフェースでセバスチャンの目を見詰め返すまりんはそう思わずにはいられなかった。
「……あなた、何者なの?」
心の中を見透かしているような、なんとも言えない不気味な雰囲気を纏っているセバスチャンを不審に思い、凜然と睨め付けたまりんはそう、警戒するように尋ねる。
まりんの問いに、ミステリアスな雰囲気を漂わせて含み笑いを浮かべたセバスチャンは、やおら応じた。
「あなたには、知る必要のないこと。とだけ、お伝えしておきましょう」
なによ、意地悪。
まりんは不愉快な目つきでセバスチャンを見上げた。
「それはそうと……いい加減、離してくれません?」
むっとした表情でそう、まりんは刺々しく掛け合う。
「申し訳ございません。ですが今は、これがちょうどいいのでございます」
これがちょうどいいなんて。セバスチャンは一体、なにを考えているの?
得体が知れない男性に抱きしめられたままと言うのは、どうもいい気がしない。寧ろ、気分が悪くなって来る。
事実、セバスチャンに体を抱き寄せられた時から、まりんは気分が悪くなっていた。頭痛やめまい、全身のだるさに気持ち悪さがプラスされ、風邪で高熱を出している状態に近い。
一刻も早く、彼から離れなければ、命に係わる。
そう思った矢先、高熱が頂点に達したのか、急速に体が楽になった。
「存外、脆い力だったようですね」
意識が朦朧とする最中、冷めた口調で呟く、セバスチャンの声がまりんの耳に届く。
「ただ今をもって、細谷健悟くんとの契約を解除。代わってわたくし、セバスチャン・パティンソンとの契約が完了いたしました」
契約完了……? それも、セバスチャンとの??
徐々に意識がはっきりとしてきたまりんは、包み込むように抱きしめるセバスチャンの腕の中ではっとした。
たった今、セバスチャンはまりんとの間で結ばれていた細谷くんとの契約を解除したのだ。
そして、強引なやり方でまりんは、セバスチャンと契約させられた。
まりんは、恐怖に駆られた。セバスチャンの正体が掴めていない今、そんな状態で契約を結んでしまったがために、なにをされるか分からないからだ。
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