材人

小狸

短編

 人材という言葉がある。


 私はこの言葉がとても気に喰わない。


 人と材という言葉を、まるで同列に語っているようではないか。


 人は材料ではない。素材ではない。


 しばし、社会を中途半端に知ったかぶった者は「社会にとって人は常に代替の利く存在である」「人は社会の歯車である」などと言ってくる者がある。


 騙されてはいけない。


 そういう者は、既に「何者か」になることができている者なのだ。


 名前が与えられ、役職が与えられ、仕事が与えられ、きちんと社会的地位が担保されている人間。


 奇しくも今の世の中は、そういう半端者の声が一番大きく通るようにできている。SNSなどを見てみれば分かるだろう。いつだって上に届くのは、少数派の嘆きでも、苦労人の申告でもなく、多数派かつ力を持った――「持っている」者の言葉なのだ。


 実際、人材という言葉を否定しながら何を言っているのかと思うかもしれないけれど、私はさる会社の人事部に就いている。要するに、「人材を扱う」仕事なのである。履歴書を見、面接をする。


 そんな中で、この人は一次通過、この人は一次不合格、と選別している。


 勿論もちろん最終決定は私の上司が行うのだけれど、決定権の一部は握っている。ましてや一次である、大量の者の履歴書を見ていれば、それだけで、何となく「見えて」来るものがある。


 書類から滲み出る、社会不適合の匂い、というものに。


 私も、別に大学時代にそこまで優良な学生だったわけではないので、弊社を志望する後輩たちに何かを強く求める、ということは無い――のだが。


 時折。


 ほんのわずかに。


 何となく、分かる時がある。


 ああ。


 


 、と。


 やはり書類だけより、実際に相対してみて初めて理解できる。


 今まで何とか小学校、中学校、高校、大学まで――用意されたレールにしがみついて生きてきて、何とか周囲からはみ出さないように生きてきて――そんな中で、次の就職活動という大きな壁で、はじかれる者というのは、いる。


 正直、受験ならばある程度やり直しがきく。


 しかし就職活動は、新卒入社を重視する傾向にある。いや、寧ろ基本的には新卒を一番に確保したいと思うのが、企業の本音だろう。


 やり直しがきかない。


 だからこそ、そこからあふれる者が出て来る。


 今日も、入社試験を突破した者の一次面接が終わった。


 一人、いた。


 一見はきはきと喋っているようだけれど、一見きちんと人間しているようだけれど、しかし薄皮の向こうに潜む非人間性を宿している、人ではない目をして、人のフリをしてそこに存在している、自分以外の人間の生き方に何となく寄生して、就職活動も周りが行っているからやっている――という、人外。


 私は生来、そういうものを見抜くのが得意だ。


 得意と言ったが、決して誇らしいことではない。


 人間の非人間性――人でなし加減を見抜く能力なんて、人事くらいしか役に立たないのだ。


 まあそういう意味では、適職だともいえる。


 こちらとしても会社の利益や将来性を考えねばならないのだ。例えば、潜在的な犯罪者を入社させるわけにはいくまい。内定後に事件でも起こされれば、会社の運営に支障をきたす。だからどこかで、人を材として扱わねばならない瞬間があるのである。


 一人の人権を持った人間ではなく。


 社会の構成要素の一つとして、見る。


 それが、とても歯痒いことがある。

 

 結局、私が面接を担当したその人物は、一次選考を通過することはできなかった。

 

 仕方ない、しょうがない。

 

 そう言い聞かせる。

 

 落ちた就活生にとって、弊社が第何志望だったのかは分からないし、その人の落胆や失望にいちいち共感していては、やっていけない。

 

 まあ、就活の時期に胃が痛くなるのは事実だけれど。

 

 誰かが受かるということは、誰かが落ちるということなのだ。

 

 それは入社面接に留まらない。社員の降級、昇格だって、そうなのだろう。

 

 それも社会ということなのだろうか。

 

 それも生きるということなのだろうか。


 それが本当に、生きていると言えるのだろうか。


 来年度で、私は社会人五年目となる。


 まだそれを掴めぬまま、それでも流される濁流の中で、私は生きる。


 社会の中の、星の数ほどいる自分の代替達と共に。




《材人》――了

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