第6話(3)珍しい言い回し

「はあ……」

 翌日の昼休み、わたしは学食でため息をつく。

「ミス静香、隣、座っても良いかな?」

「どうぞ……」

「失礼」

 わたしの隣の席に浜松功人さんが腰を下ろす。制服ではなく、アメコミ映画から飛び出してきたかのようなスーツを着ている。目立ってしょうがない。案の定、わたしたちの周りの席には誰も座らず、多くの女子生徒たちが遠巻きにこちらを眺めている。昨日と同じような状況だ。恥ずかしい。

「ふう……」

 わたしは再度ため息をつく。

「……何故にこの辺りの席は空いているんだい?」

 功人さんは不思議そうに両手を広げる。

「……なんとなく近寄りがたいんじゃないですか?」

「ああ、スーパーヒーローとしてのオーラが出てしまっているということか。気を付けているつもりなのだけれどね……」

 功人さんが自らの額に手を当てて呟く。オーラと都合よく自己解釈したか。若干イラっとするな。まあ、イケメンではあるけれどね……。

「……女子たちから注目を集めていますね」

「ああ、それは結構なことだね」

「え?」

 わたしは功人さんの意外な返答に戸惑う。そこは照れるところじゃないのか。

「人々からのリスペクトを受けているということだ。私がスーパーヒーローとして、正しい振る舞いが出来ている何よりの証拠だろう」

「むう……」

「違うかな?」

「いいえ、そういう考え方もあると思います……ん?」

「どうかしたのかい?」

「いや、今日は見物人に男子も混ざっているなと思いまして……」

「ははっ、どうやらそのようだね。まあ、彼らの場合はこのパワードスーツへの憧憬ではないかな?」

 そう言って、功人さんは自らの身に纏っているスーツを指し示す。パワードスーツって言うんだそれ。

「……パワードスーツに憧れますかねえ?」

 わたしは率直な思いを口にしてしまう。

「な、何を言うんだい? 男の子なら、一生に一度は着てみたいと思うはずさ」

「男の子のセンスは分かりませんねえ……」

 わたしは首をこれでもかと捻る。

「わ、分からないというのかい?」

「生憎、さっぱり」

「さ、さっぱり⁉」

 功人さんはわたしの言葉に驚く。

「なんか動きづらそうじゃないですか?」

「チッ、チッ、チッ、分かってないなあ……」

 功人さんは舌を鳴らしながら、右手の人差し指をピンと立てて、左右にニ度三度振る。結構イラっとするな、そのジェスチャー。

「……分かってない?」

「見た目で判断するのはデンジャラスだよ」

「危険?」

「こう見えて、このスーツはとても軽いんだ」

「へえ……」

「ビコーズ……」

「何故なら」

「特殊な素材を使っているからね」

「特殊な素材? なんですか?」

「それについては言えないな」

「言えない?」

「機密事項だからね」

 功人さんは右手の人差し指を自らの口元に当てる。

「シークレットってことですか」

 あれ? なんでわたしが英語で言い直してるんだ。ペースに巻き込まれているな……。

「そういうことさ」

「スーツ抜きにして、好意を寄せているんじゃないですか?」

「? あのボーイズが?」

「ええ」

「それもウェルカムだね。時代は多様性さ。波に乗り遅れちゃいけないよ」

 功人さんは片目でウインクしてくる。ちょっと揺さぶってみたが、動じないとは……。

「ま、まあ、今のは冗談のようなものです。気にしないでください」

「OK」

「それじゃあ、お先に失礼します……」

 わたしは席を立とうとする。今日も昼休みの最初の数分間を費やしてしまったからだ。今日はヴィラン撃退だったが。相手は蝙蝠女だった。蝙蝠男は出てこなかったのが幸いだったが、教室に戻って少しでもいいから体を休めたい。

「ああ、ちょっと待ってくれないか」

 功人さんがわたしを呼び止める。

「なにか?」

 功人さんが笑みを浮かべる。

「良いニュースとさらに良いニュースがあるんだ」

「め、珍しい言い回し⁉」

 わたしは面食らう。ハッピーセットじゃないか。

「どちらから聞きたい?」

「と、とりあえず、良いニュースから……」

「ふむ……上層部からの通達でね、私と君のテーマソングを作ろうという話があるんだ」

「は?」

「アメリカではあまりないが、日本のヒーローは主題歌がつきものだというじゃないか。郷に入ってはなんとやらということで日本のアーティストに依頼したいと思っているそうなんだが……希望などはあるかい?」

「……全然ありません」

 わたしは首を横に振る。功人さんが首を傾げる。

「? 何だかリアクションが薄いねえ……モチベーションが上がらないかい?」

「上がりませんよ……」

「では、さらに良いニュースだ。これはモチベーションが上がること間違いなしだぞ?」

「……一応伺いましょう」

 わたしは耳を傾ける。良い予感がまるでしないが。

「なんと、君専用のパワードスーツも製作するということだ!」

「お断りします!」

「Oh……」

 わたしは席を立って、その場を後にする。なにが悲しくて、華のJKがマッシブなパワードスーツを着なければならないんだ。功人さんは大げさに両手を広げていた。

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