15-② 女子会

「…………………………はい?」


そして私は、間抜け顔をさらして首を傾げる羽目になった。文に記されていたのは、可憐ながらも見事な達筆。その文字が記すのは。


「お茶会の、お誘い?」


必ず来るように、と、念押しまでされている。差出人は、鳩に宿る火の氣が示す通り、朱妃様だ。彼女から贈られてきた文が言うには、『改めて姉妃様方とお茶会を開くことになったから、自称寵姫であるお前も必ず参加するように』とのことである。しかも指定された日付は今日、時間帯は……。


「っあと半刻もないじゃない!」


またこんなギリギリでのお呼び出し!? と悲鳴のように私が叫ぶと、肩にとまっていた鳩が驚いたように宙へと舞い上がった。ああごめんなさい、あなたが悪いわけではないのだ。そう、この子が悪いわけではなく…………いや、前例があるのに今日も今日とて薄汚れた作業着を着て顔料にまみれている私が悪いと言うべきだろう。香煙牌こうえんはいで、夜昊やこう様の許しもなく『私こそが寵姫』だなんて名乗りを上げたのだから、常にそれにふさわしい恰好をしておくべきだったのだ。いやだがしかし、とは言うものの。


――どういう風の吹き回し?


どう考えても和やかなお茶会になるとは思えない。先達てのお茶会のように、お妃様方からつるし上げを食らうのが目に見えている。しかも香煙牌こうえんはいでは、私、あまり褒められた勝ち方をしていないし。褒められないどころかむしろ卑怯だと罵られても仕方のないやり口だった自覚はあるし。

ええええ、これ、参加しなくては駄目だろうか。この文、見なかったことにしてしまいたい。そんな私の不埒な考えは、主人の気性通りに賢く苛烈な鳩にしっかり伝わってしまったらしい。髪を思い切り引っ張られて、私は悲鳴を上げる羽目になった。


「いたっ!? 痛たたたたたっ! わかっ、解った、解りましたから、お願い、勘弁してくださいませ!」

――くるるるるっ!!


それでよし、と、鳩は重々しく頷いた。小さななりでなんともまあ態度の大きな……失礼、威厳にあふれた風情である。

これでのこのこ私がお茶会に参加して、お妃様方から総出であれこれでっちあげられて無礼討ちされる、なんてことにはならないことを祈りたい。たぶん、大丈夫だとは、思うけれど。


――梅の花を、添えてくださったんだもの。


厳しい冬を乗り越えて咲き誇る梅の花は、“清廉潔白”の意をその花びらに宿す。それを信じるならば、このお茶会とやらに、私を害する他意はないはずだ。おそらく、たぶん、きっと。


――くるるっ!


急かすように鳩が喉を鳴らした。そのまま宙へと舞い上がり、私を先導するように鳩はゆっくりと黄妃宮から中庭へと向かう回廊へと飛んでいく。どうやら文の配達ばかりではなく、道先案内人の役割もまた、あの子は担っているらしい。

ならばもはやついていくより他はない。またしても着替える時間も汚れを落とす時間もなかったなぁと思いつつ、つかず離れずの位置を保ちながら私を導く鳩の後に続く。

鳩が飛ぶ道程は、おぼろげながらも見覚えのある道だった。何せ広すぎるほど広い後宮だ。その詳細まではっきり覚えているわけがないけれど、どうやら鳩は私を、前回のお茶会の会場となった東屋へと連れて行こうとしているらしい。

そうと気付いたのは、以前陛下が自ら四種の神牌しんはいを扱ってみせてくださった、桟橋へと足を踏み入れたときだった。あのときは彼がいらっしゃったけれど、今は私一人。それが吉と出るか凶と出るか、はたまた鬼が出るか蛇が出るかは、今の私にはさっぱり解らないのだ。

そうしてようやく、鳩が大きく羽ばたいて、それから。


「ご苦労だったわね。謝謝シェイシェイ


まだ幼さを残した、それでいて女としての色香もまたすでに匂い立ち始めている、愛らしい声が耳に届く。彼女、もとい朱妃様は、鳩の精霊を自らの神牌しんはいに収めて、そうしてその鮮やかな赤の瞳をこちらへと向けた。


「来たわね、かい宝珠ほうじゅ!」


びしぃっ! と人差し指を突き付けてくる彼女の勇ましい姿に、「アレ? お茶会じゃなくてまた香煙牌こうえんはいの申し込みだった?」と一瞬気が遠くなった。あんなとんでもない戦い、もう心の底から遠慮させていただきたいので、ここはやはり黄妃宮に逃げ帰るのが得策な気がする。そう顔を引きつらせる私の耳に続けて届いたのは、くつくつとさも面白いと言わんばかりの、からかうような笑い声だ。


燦麗さんれい殿、いきなりそれでは宝珠ほうじゅ殿も驚くだろう。今日はただの茶会で、神牌しんはいの使用も喧嘩の売買も禁ずると、俺達全員で決めたではないか」


だからまあ落ち着きなさい、と続けるのは白妃様である。そして、その隣で、深く俯き、沈黙を保ち続けているのが黒妃様だ。

そこでおや? とすぐに気付いたのは、青妃様の不在だ。今回のお茶会は四人のお妃様方が全員そろってのものと、文には書いてあったはずなのだけれど。そんな私の疑問は、そのまま顔に出ていたらしい。フンッと息巻いた朱妃様が、得意げに胸を張って勝気に笑った。


「あーら! お優しい淑蕾姉様がいらっしゃらなくて不安なのかしら!? おあいにく様、淑蕾姉様は陛下をお呼びに席を外していらっしゃるの」

「え? 夜昊やこう様もいらっしゃるのですか?」

「当たり前じゃない。あたくし達が一番おもてしなしすべきお方だもの!」


えっそれ嘘か冗談であってほしいのですけれど……はい、本気で本当なんですね失礼いたしました。まさかここで夜昊やこう様と顔を合わせることになるとは思わなかった。例の件……そう、く、口付けの、あの一件以来である。正直なところ気まずいことこの上ないのだけれど、まさかそれをこの場でぶっちゃけるなんて真似ができるわけもなく、「はあ、さようですか……」とかぼそい声で遠い目になるしかない。

その遠くへと現実逃避をしている目で、ゆるりと三人のお妃様方がいらっしゃる東屋を見回して、そこであれ? と気付く。思わず首を傾げると、そこにある私の意図に敏く気付いた白妃様が「ああ」と頷いた。


煉鵬れんほう殿と氷雅ひょうが殿には席を外してもらってる。何せこれは、陛下を囲む女子会だからな」

「じょしかい」

「そう、女子会だ」


重々しく頷く白妃様に、「そういうことよ!」と声を張り上げる朱妃様、そして相変わらず沈黙を保ち続けている黒妃様。このメンツに加えて青妃様と夜昊やこう様、そして私で女子会とはこれ如何に。

ここで戸惑う私が間違っているのだろうかと思いつつ、白妃様が手招いてくださったのをいいことに、礼を保ちつつ近寄ると、ぐいっと彼女に腕を引かれた。


「ひゃっ!?」

「また酷い恰好をしているな。しかもこの顔の傷……香煙牌こうえんはいの時に化粧で隠していたわけではないな? この傷そのものを、化粧でわざわざ描いているのか」

「さ、さようにございます」

「なんだ、もったいない。せっかくの大輪の花の花弁を、自ら散らすような真似など」

「まったくだわ! 夕蓉ゆうよう姉様、もっと言ってやってくださいまし! ああもう信じられない、その作業着も、化粧も、ぜんっぜん陛下にふさわしくないっていうのに!!」


それなのに、と唇を尖らせる朱妃様の愛らしさと言ったらもう天井知らずである。そうだな、とやはり深々と頷き微笑む白妃様の凛々しい美しさもまた同様だ。

そんな二人の間にほとんど無理矢理座らされて、それぞれの手を彼女達に片手で抑えられ、一切の抵抗を封じられる。

え、なに、待って、本当になんですか。まさかここで香煙牌こうえんはいの報復が……!? とおののくと同時に、左右から愛らしい声と凛々しい声が、それぞれ「来来ライライ!」と神牌しんはいを呼ぶ。え、あ、えええ、ええ? 何が起こったのか理解できないままに硬直する私を、二人の神牌しんはいから呼び出された精霊が囲い込む。

朱妃様の神牌しんはいから生まれたのは、見事な黄色の絹地と、縫い針を掲げる少女達だ。

彼女達は絹地で私を包み込んだかと思うとすぐさまその縫い針を躍らせて、あっという間に、お妃様方に負けず劣らずのそれはそれは立派な貴人のための衣装を作り上げてしまう。

次の瞬間、ひえ、と思う間もなく、私の作業着はひっぺがされた。いくらお妃様方以外に人目がないとはいえこれはあんまりでは!? と涙目になって硬直する私を、少女達は鼻歌交じりに、自らが作り上げた黄色の衣装で包み込んでしまう。お見事すぎる手腕であるが、わりと私の心の傷は大きい。朱妃様は「こんなところね。謝謝シェイシェイ」と冷静に頷いているけれど、私はちっとも『こんなところ』でも『そんなところ』でもない。

何がどうなっているのかまったく解らない。それなのに続けざまに私を襲ったのは、白妃様の神牌しんはいから呼ばれた、それぞれ化粧筆を掲げた貴婦人達だ。

彼女達は身にまとう羽衣でふわりと舞い上がったかと思うと、その化粧筆でぱたぱたぱぱたぱたっ! とそれはもう遠慮も会釈もなく私の顔をときにはたき、ときに撫で、ときに滑らせて、そうして最後に唇に濡れた感触を乗せてきたかと思うと、にっこりと満足げに頷き合い、こちらの顔をじいっと見つめていた白妃様のもとへとはべる。彼女達にうむ、と頷きを返した白妃様は「上出来だ。謝謝シェイシェイ」とまた彼女達を神牌しんはいへと送還し、そして残されたのは、何が何だか解らないままに、朱妃様と白妃様によって好き勝手に仕立て上げられて呆然とすることしかできない私である。


「あ、あの、これはいったい……」

「ほら見なさい!」

「は、はい?」

「ちゃんとまともな衣装を着て、まともな化粧をすれば、誰にも文句が言えないくらいの見目になれるくせに! その上、創牌師そうはいしとしての腕も、このあたくしを降すほどのもの! 何よ、何よ! 陛下の寵姫を名乗るなら、これくらいの努力はしなさいよね!!」


もうもうもう! と、ぷりぷりと朱妃様は顔を赤らめて怒りをあらわにしている。これは、褒められている、のだろうか。そのわりにはあまりにも朱妃様の様子が怒髪天をつきすぎているものだから、いまいち素直に褒められているようには思えない。

これは困った。なんと返せばいいのやら。思わず助けを求めて白妃様へと視線を向けると、癇癪を起こしている朱妃様を微笑ましげに見つめていた白妃様は、そのまなざしをこちらへと向け、にやりとその唇に弧を描いた。その迫力にひえ、と思う間もなく、彼女の手が、私のあごへと寄せられて、くいっと持ち上げられ、さらにじっくりと顔を観察される。


「うむ、繰り返すが上出来だ。ほら、自分でも鏡を見るといい」

「はあ……」


白妃様が懐から取り出した手鏡を受け取って、その鏡面を覗き込む。そこに映る私の顔に、私が描いたはずの大きな傷痕なんてどこにもなくて、代わりに、それなりに見栄えのする化粧をほどこされ、本来であれば決して袖を通すことなど叶わないような黄の上等すぎる衣装に身を包んだ私がいる。


「……ええと、私などを、他人様に見られても恥ずかしくはない感じに仕上げていただきまして、心より御礼申し上げま……」

「はあ!? もっと自信持ちなさいよ!」

「まったくだ。陛下の寵姫を名乗るならばなおさらだな。今のあなたは、寵姫の名にふさわしく誰よりも美しいというのに……すぎた謙遜は嫌味だと学ばなかったのか?」

「えええ、ええと、それは申し訳ございません……?」


褒められているのだろうけれど、それ以上にものすごく責められている。若干呆れられている感じもある。

とは言われましても、どれだけ化粧しようが着飾ろうが、結局は見慣れた自分の顔であるわけで、美しいと褒められても「随分お世辞がお上手なご接待だなぁ」としか思えない。しかも相手が、この国でも指折りの美貌を誇る朱妃様と白妃様だ。黒妃様も同様だけれど、相変わらず彼女は無言で俯いていて、それが気がかりではないと言えばまったくの嘘になるけれども、だからと言って私が下手に声をかけることもできず、申し訳ないが放置するより他はない。

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