13-② 青妃戦(後)
「――――――――――
想いのすべて、龍氣のすべて、命すらもすべて懸けて、呼ぶ。
どうか応えて、この声に。今この場に必要なのは、あなた以外にはあり得ないから。だからどうか。どうか、どうかと希った先に、聞こえてきたのは呆れたような溜息。
――仕方のない小娘め。
そんな声が、聞こえた気がした。そして続けざまにとどろきたるは。
――――どぉおおおおおおお!
私が掲げた
春の嵐は金のきらめきにかき消され、そうしてようやく、今ひとたびの静寂が、この場に横たわることになる。
誰も何も言わない。誰も彼もが。けれどいつまでもその静寂が続くわけもなく、最初に正気を取り戻し唇をわななかせたのは、誰よりも優れた
「黄龍、ですって……!?」
その言葉に、静寂は一気に混乱へと塗り替えられる。そんなまさか、という声を皮切りにして、ありとあらゆる人々の口から、悲鳴のような疑問が飛び出してきた。
「黄龍だと!?」
「土属性における、最高位の神獣の一角ではないか!」
「待て、あの娘、土の
「信じられない……! 土の
「よ、よりにもよって、陛下の前で、なんという……!」
「おい馬鹿、陛下の耳に聞こえたらどうする!」
あらあらまあまあおやおやおやおや。随分と名が知られていらっしゃいますね、黄龍様。さすが、我が養父たる
そんな場合でもないし、そもそも誰にも褒められていないのに、どうしてだか誇らしくなって、黄龍を見上げる。黄金の瞳が、呆れたようにすがめられ、硬直している青妃様、
忘れてなどいませんし、もちろん理解しておりますとも。木属性の青龍に対し、土属性の黄龍の
――でも。
それでも私は、この四戦目の香煙牌において、たとえ誰が相手になったとしても、黄龍の
土剋水のことわりに倣って、三戦目である黒妃様との香煙牌で呼ぶのがふさわしかったのだろうけれど、先ほど誰かが言った通り、土の
だったらそもそも黄龍なんてとんでもなくめんどくさ……失礼、手に余る
――ねえ、
――どうかご覧ください、あなたをずっとお慕いし続けた、この神獣を。
黄龍のまなざしは、気付けば私のもとにはなく、玉座に座る
――養父様。
――あなたの娘は、ようやく、あなたの悲願まで、辿り着きましたよ。
郷愁歌を歌いながら、黄龍の
「特別なのは当たり前でしょう?」。「最高位の神獣で、しかも土に属する
――どうかいつか、あの方のもとへ届いてほしいんだ。
――我らに一切の後悔はなく、だからこそこの
――
ああ、養父様。今、やっと、あなたの声が思い出せた。
ねえそうでしょう、解るでしょう、解らないはずがないでしょう。そんな思いを込めて
「――――たとえ、禁呪たる土の
そして静かに、今までにない硬い口調で言葉を紡ぐのは、やはり青妃様だ。彼女のかんばせからは笑みが消えていた。けれどすぐにまた彼女は柔らかな笑みを浮かび直して、
「青龍よ!」
そして私は、全力で自らの龍氣を、
「私は、負けません!」
私のすべての龍氣を吸い上げたってかまわない。いくらだって持っていってくださいませ。私の狙いはただ一つ。木剋土のことわりを覆す、土侮木のことわり。より強き土が、木を侮る、ただそれだけ。つまり、黄龍の
「――――――――――ッ!!」
口からほとばしりそうになる悲鳴をこらえ、ただ祈り、ただ願い、そして。
そうして、絡まり合い互いを喰らわんとしていた黄金と青の輝きがひときわ強くまばゆくなり、それから、ようやく。
ようやく、黄金の輝きが、青の輝きをすべて塗り替え、飲み込んだ。
――――ロォウ……!
黄龍が勝利の雄たけびを上げて天へと舞い上がり、反対に青龍の身体がぐらりと傾いで地に伏せる。そして、その青龍を使役していた
「青龍!」
青妃様の口から悲鳴が上がる。
それを正しく理解したらしい青妃様は、やがて、ふう、と吐息をこぼされた。そのたった一つの吐息で、理性を取り戻した彼女は、
「まったく、青妃の名が泣いてしまいますわね。とはいえ、もはや打つ手なし……この香煙牌、私、春
お見事でございました、と、私に笑いかけてくる青妃様の言葉に続いて、銅鑼の音が響き渡る。
は、は、と荒い呼吸を繰り返す私の耳に、続けて届いたのは。
「此度の香煙牌、全四戦。勝者、
審判役の将軍が歩み寄ってきて、私の右手を取って高く掲げた。思わず彼の顔を見上げると、その瞳に当初宿っていたはずの私への侮りは消え、今は純粋は賞賛がある。
――勝、てた……?
――私、勝てた、の、よね……?
そう、四つの勝利を
「土の
「陛下の御前でなんたる不遜な真似を……!」
ああー……はい、こう言ってくる方々が絶対いらっしゃると思ったから、やっぱり黄龍の
彼は、笑った。
あまりにも美しい、美しすぎる笑みに、一瞬で周囲が静まり返る。呆けたように固まる周囲をよそに、彼はゆっくりと立ち上がった。その所作一つ一つから誰もが目を離せない中で、彼は続ける。
「土の
「で、ですが……!」
「誰が発言を許した?」
「っ!」
穏やかながらも有無を言わせない、ともすればその命を刈り取ることすら厭わないような響きをはらんだ
それに鷹揚に頷きを返し、
「
ひゅっと誰かが息を呑んだ。けれど口を挟むものはいない。今の
それがなんともくすぐったくて、私はふふふと思わず笑う。
また誰かが息を呑んだようだったけれど、構うことなく私は口を開いた。
「さあ、何を望みましょう? 皇后なんて安いものに興味はございません。私は、もっともっと、陛下を困らせてしまうくらいの望みを、ご用意させていただきますわ。のちの世ではきっと、私は傾国と罵られることとなりましょう」
心からの笑みとともに、深々と一礼。
何よりも楽しげに、そしてそれ以上に嬉しげに笑う
…………それから先の、私の記憶は、すこーんと抜け落ちている。
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