11-① 白妃戦(前)
私の勝利が宣言され、観客が大きくどよめいた。誰もが「あの朱妃様が負けた……?」「夏家の天才児達を相手に平民風情が?」「いやだがあんな戦い方など」などとあれこれとささやき合ってる。当人達はこっそり話しているつもりかもしれないけれど、それが一人や二人であればともかく、鍛錬場中の観客のほとんどが、私の勝利を信じられないとばかりに好き勝手に話し合っていたら、そりゃあ一つや二つどころでない文句が、私の耳に届いても仕方のない話だ。
――やりすぎたかしら。
今更ながら反省する。朱雀を呼び出すであろう朱妃様に対して、もっとも効果的かつ効率的かと思われる戦法を選んだだけだったのだけれど、終わってみれば、これはあれだ。いたいけな少年少女をいじめる身の程をわきまえない悪女のやり口だ。
いじめ、かっこわるい……と反省しながら、運び出されていく
ううん、やはりやりすぎたか。でも私だって負けるわけにはいかなかったわけで、と、うんうん唸っていると、不意に、ぱちぱちぱち、と澄んだ拍手の音が耳朶を打った。
ぱちくりと瞳を瞬かせてそちらを見遣ると、いつの間にか、自らの白の天幕から出ていらしていた白妃様が、自らの両手を打ち鳴らしながら、鍛錬場の中心へと出ていらっしゃるところだった。
きゃあああっと観客の中の女性陣が黄色い悲鳴を上げる。それを当然のように受け止めつつ、白妃様は、きょとんと眼を見開いている私に、拍手をしながら、にっと快活に笑った。
「見事な戦いだった。なかなか奇抜な戦法だったが、
「お、お褒めにあずかり光栄にございます……?」
「ああ、そう思ってくれるか。ならばついでに謝罪しよう。そのかんばせ、その衣装、戦装束としてこの上なくあなたに似合う見事なものだ。初対面のときに、
洗練された仕草でこちらへと一礼してくださる白妃様の姿に、先ほどとは異なる悲鳴が、女性陣の口からほとばしった。「そんな女なんかに謝らないでくださいませ!」「白妃様に頭を下げさせるなんて、何様のつもりかしら!」「ああ、白妃様、おいたわしいこと……!」と口々にさえずる女性陣の圧といったら、それはもうとんでもなく熱く重くとげとげしい。ひえええ、とおののきつつ「頭を上げてくださいませ!」とほとんど悲鳴のように叫ぶと、頭を持ち上げて姿勢を正した白妃様は、にこりと凛々しくも美しく微笑んだ。
「
「……こちらこそ、心より光栄に存じます。なにとぞお手柔らかに、白妃様」
「はは、尽力はしよう。俺としてはあなたと本気で
さらりと恐ろしいことをおっしゃる白妃様の笑顔は、やはり凛々しく美しいのに、同時に優れた武人としての凄みを確かに感じさせ、ぞくりと背筋に悪寒が走る。
ごく、と息を呑む私と、そんな私を見つめる白妃様の間に、そうして、審判の声が割り込んできた。
「第二戦。白妃、
やはりか。当たり前だけれどこの流れ、二戦目は白妃様であるそうだ。
じゃあん、と
「俺もあなたも、
「はい、さようにございますね」
「ならば、互いに
「……と、おっしゃいますと?」
どういう意味なのか、その真意がくみ取れず首を傾げると、白妃様はいたずらげに笑って肩を軽くすくめた。
「いやなに、恥ずかしながら、私は
「それは……」
少々どころではなく、白妃様に都合がよすぎるお話ではなかろうか。いくら本人が
当然、受け入れられるはずがない。しかしここで彼女の提案を断るのは、それだけで自らの
提示された提案を受け入れることもはねのけることもできず、結果として黙りこくるしかない私に対し、白妃様は凛々しい眉尻を下げ、「ためらいはごもっともだ」と深く頷く。そして彼女は「ならばこうしよう」と自らの人差し指と中指、二本をぴっと立てて私に示した。
「俺が用意する
なるほど、こちらに譲歩してくださるらしい。
悪い条件では、ない。何せ私は朱妃様との一戦で、かなりの量の
とはいえ、白妃様がどんな策を企てていらっしゃるのか解らない状態で、この提案を受け入れるのはいかがなものか。むむ、と眉根を寄せる私に対して、たった二枚の
「陛下の寵姫と名乗りを上げておいて、まさかこの程度の条件で、俺に屈するつもりか?」
それほどまでに取るに足らない安い女なのかと、彼女はその白銀の瞳で私に問いかけてくる。
挑発されているのだとはすぐに気付いた。先ほどの一戦における、朱妃様に対する私の台詞や態度と同じようなものだ。こんなにも解りやすい挑発に乗るつもりはないのだけれど、かと言ってここで私が彼女の提案を断れる理由はない。
――本当に、策士だわ。
そう内心で溜息を吐いて、私は白妃様に頷きを返した。
「かしこまりました。白妃様は二枚。私は五枚。今から互いにそれだけの
「そうこなくては!」
白妃様は破顏され、そして早速絵筆を動かし始める。続けて私もまっさらな
私に与えられた
そうして、しばしの沈黙ののちに、白妃様は二枚、私は五枚の
「覚悟はできたか?」
遠目にもそうと解るほど見事な二枚の
「覚悟など、最初から決めております」
そうだとも。覚悟なんて、この
だからこそ、今更おじけづくような真似など、誰が許してくれたとしても、私自身が許せない。だからこそ無理矢理浮かべてみせた笑顔に、白妃様は満足げに頷き、そして二枚の
「
キィン、と。高らかな金属音が響き渡る。それは決して耳障りなものではなく、涼しげで心地よい、うっとりしてしまいそうな余韻を引きずりながら鍛錬場に広がっていく。
同時に白銀の金属片が数えきれないほど宙に生まれ、それらはぶつかり合いしゃらしゃらと歌うような音を立てながら、巨大な一頭の獣――そう、冬家が象徴、朱雀とともに四神の一角と数えられる神獣、白虎の姿を形作る。
白銀にきらめく白虎はぐるると低く唸ってこちらを見据え、そして自らの主人たる白妃様へとその鼻先を甘えるように寄せる。くつくつと笑って白虎を撫でた白妃様の手にあるのは、一振りの矛だ。やっぱり、と納得するまでもない。彼女が使用したもう一枚の
「さあ、
「かしこまりました。それでは失礼して――――
一枚目の
鎧武者がその手にある、私の身長よりもずっと大きい偃月刀を、ひゅんっと宙を切って構える。三日月型の刃が、陽の光を反射して、ぎらりと輝いた。
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